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死に候え不思議の国〜モータル・ワンダーランド〜  作者: 飴玉鉛
第二部「抹消される“コールマン”」
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牙を研ぐ、ただ静かに







 おい聞いたか? なんでもイルダーナハの倅が、あの【ルベドの脊髄】を討ち取ったんだとよ。そんで今度帰って来るらしいぜ。


 なんだって? イルダーナハの倅っていやぁ確か……キュクレインだったか。


 おう、そのキュクレインだ。あの腕白小僧、テスラん所の娘っ子に惚れただの腫れただのと騒いでたろ? テスラの野郎、娘をよそにやりたくねぇってんで、娘が嫁に欲しけりゃ誰が聞いても驚く武勲を挙げろって無茶振りしたじゃねぇか。んなもんでキュクレインの奴は【魔境】にまで出向いて、今まで散々国軍を脅かしてきた化物をぶっ殺して来たんだと。


 ほぉ! 大した小僧じゃねぇか! いや小僧ってもう呼べねぇな。立派な戦士だぜ。こうなりゃテスラの奴を絞め上げてよ、子離れさせてやんねぇとならねぇな。命張ってデケェこと成し遂げたんだ、報われねぇなんて嘘だろ。


 だな。娘さんの意志も大事だが……そっちは問題ねぇからな。


 お? なんで言い切れるんだ?


 へへへ、まあ聞けよ。テスラの娘はエウェルってんだが、その娘っ子は今もキュクレインが武勲を挙げて帰って来るのを待ってるらしいぜ。


 そりゃすげぇ! 相思相愛ってことか! いいねぇ、まるでドラマみてぇだよ。いや案外ホントにドラマ化するかもな? 美談大好きな連中のこった、こんなウマイ話ほっとかねぇだろ。


 おれもそう思うぜ。けどま、暫くは別の話題で持ち切りだろうけどな。


 っと、そういやそうか。確か近い内に此処へ来るんだったか? 帝国大公爵家のアレクシア公女殿下が。





 ――ピタリ、と。口元に運んでいたジョッキを止めた。





 この日の鍛冶仕事を終え、明日に備えて鋭気を養うべく幾人もの男達が、安さと量の合致した居酒屋に大挙して押し寄せている。

 ビールを呷る者、ひたすらに飯を貪る者、仕事仲間と雑談に興じる者で、この平凡な居酒屋は賑わっていた。


 その中に、赤い外套を羽織った男がいる。


 身長二メートルを優に越す巨漢である。体重は百五十キログラムはあるだろう。

 岩盤のように盛り上がった胸板、丸太のように太い腕、樹皮の如く分厚い手、神殿の柱にも似た強靭な足腰。太ましい首に支えられた精悍な顔には、武人然とした峻厳な内面が滲んでいる。

 健康的に日焼けしたその男は、ざんばらに伸びた赤毛を後ろに撫で付けた。

 男は呟く。「アレクシア……?」ゾッとするほど酷薄な声音は、周囲の喧騒に掻き消される。ジョッキに満たされていた、キンキンに冷えたビールを一気に飲み干した。 

 男は無造作にジョッキを置いて立ち上がり、会計に向かい若い女性店員が応対するのに対して問い掛ける。


「お支払いはカードですか? それとも現金――」

「おい」

「あ、はい、なんでしょう」

「俺はなんに見える?」

「……? 何に、って……」


 困惑する女性に男は小さく笑みを口元に浮かべた。その反応だけで十分だ。元より此処にいて、何も言われず、何もされていない時点で答えは出ている。


「いや、悪かった。釣りはいらん、とっておけ」

「え? あっ、こ、困りますお客様!」


 ゼロが四つ並んだ札を一枚会計台に置き、彼は女性店員の制止も聞かずに店を出た。


 発掘闘技都市グラスゴーフ。エディンバーフ領の領都にして、福音王国の第二の心臓とも言える機関。夜間でも検問は厳格、警備は厳重、警戒意識の高さが見て取れる。

 堅牢無比な三重の外壁に守られた、広大な都市部を歩いていると、至る所に監視カメラが設置されているのが目に付いた。肉眼では捉えられない人工精霊の端末も、あちらこちらに浮遊して厳戒態勢を常時取っている。男は感心していた。前線より離れた地であっても、一片たりとも油断や慢心が見られない。

 前線の精鋭ほどの練度は望めなくとも、よく鍛えられた衛兵の警邏ルートは緻密に計算され、不審者や不審物の探索に余念がなかった。

 しかしそう簡単に脅威を未然に発見できる道理はない。初見の技術を、推察してはいても容易く対処できるものか。二度は通じなくとも、一度なら裏を掻けるはずだと考えていたが、その考えは当たりだろう。万事滞りなく目的を果たせる公算は高かった。


 だが。


 その計算を狂わすやもしれぬ、新たな懸念が生まれてしまっている。


「間の悪さは相変わらずか、野蛮人め」


 一体何をしに来る。帝国が誇る航空戦力の一翼を担い、大公爵家の長女である身で。

 軍属でありながらフットワークが軽すぎるのではないか? それともなんらかの密命を帯びているのか? しかしそのような動きがあるとは同胞から伝えられていない。

 まあいい、と男は呟く。彼は迷いのない歩調で大通りを歩く。日中であれぱ年中無休で発されている工房の熱気も今はない。昼の騒がしさが嘘のような静謐さの横たわる街を進む彼の目は、グラスゴーフの中心地、白亜のダンジョンへと向けられていた。


 そこに在る【アルベドの褥】こそ、巨大な魔物の骸である。


 憎々しげにダンジョン上に築かれた闘技場を睨んだ。その眼差しに籠もる心境は、純粋な義憤に満ちている。


(ふん、まあいい。元より戦力の多寡など、俺には関係のない話だ。精々上手くやることだ、クーラー・クーラー)

(――貴様には関係がない? よく言ったものだ、クラウ・クラウ。我らは一蓮托生、上手くやらねばならないのはそちらもだろう。しくじるなよ? 二百年温めてきた計画だ、失敗は赦されんのだからな)


 魔力無線通信(マギア・ナーエ)、通称【念話】による思念通信には、発生元を隠蔽し傍受を阻止する、高度なノイズエフェクトが掛かっている。それ故に赤毛の巨漢、クラウ・クラウに届いた思念は、生身の声帯が発したものとは異なる機械のそれだった。クラウ・クラウはそれに鼻を鳴らし、間近に迫った白亜の壁に手を触れる。

 今は【迷宮(ダンジョン)】となっている【アルベドの褥】は、まるで親しい友を迎え入れるように純白の外壁を開放する。深部に通じる道は、本来は存在しないものだ。そこへ踏み入っていった巨漢は、さもくだらない冗談を聞かされ機嫌を損ねたふうに吐き捨てた。


(誰に物を言っている? 口の利き方には気をつけろ、男爵(・・)


(偉ぶるな、伯爵(・・)。我らは同胞、何より同じ父から産まれた者同士。仲良くしろと公爵(・・)閣下の仰せだ)


 その返事に、クラウ・クラウは心底呆れ果てたように呟いた。


「小娘が……平等であっても対等ではない、その程度の物の分別もつかんのか……」


 例え家門の潰えた落伍者とて、その矜持を忘れたことなど片時もない。

 一代限りとはいえお家復興を成した以上、後はさらなる功を挙げて、一代限りという文言を取り消させなければならないのだ。故にクラウ・クラウは気を引き締める。

 腹違いの妹は能力だけは本物だが、上位者と認めた者以外を見下す傾向のあるその性根を、早い内に叩き直さねばならない。油断や慢心が赦されるのは、絶対的な超越者だけなのだから。







  †  †  †  †  †  †  †  †







 光だ。


 光が瞬いている。


 赤々と熱された鉄に、鎚を打ち込み錬磨しているような。果て無く続く研磨の光。


 美々しく散る刃鳴りの(かね)に――しかし見惚れる暇など寸毟たりとも存在しない。鈍く響く衝撃の重みに手首が軋んだ。刃が打ち合わされる度に瞬く鉄火の花が、鮮烈な光の粒となって目に焼き付いていく。


「ギゲェッ!」


 幾度もの交錯を経て、鉄剣を突き込んでくる緑の体色をした獣を見据えた。

 体軸をブレさせず、素早く右前方に体を滑り込ませる。甲冑の上を鉄剣が掠め、虚空を掻いたことで体を泳がせた獣の脚を蹴り払った。くるりと手の中で剣を廻し逆手に持ち換えながら、無様に転倒した緑色の獣――ゴブリンの背中に長剣を突き刺す。

 青い血が噴き出た。びくりと末期の痙攣を遺して、断末魔もなく獣は息絶える。獣の骸から剣を引き抜き、その骸の傷から露出した魔石を回収するために屈むと、その傷口へ手刀を突き込んだ。

 肉を掻き分ける指先の感触、噴き出る青い血の熱さ。蒸気のような煙を噴いて、肉の地面に消えていく骸から視線を切る。浴びた返り血もまた夢幻のように蒸発していた。


「………」


 兜のバイザーを上げる。腰に吊るした布袋に詰め込まれた魔石は三つだ。水を生む水色石が二つ、高純度の魔力を精製するためのエネルギー資源である、透明な無色石が一つ。そこにたった今採取した水色石を一つ追加して四つになった。

 これで百万円相当の価値がある。四つの命で、百万。思うことはあれど、さしたる感慨もない。小粒のものばかりならそんなものだろう、なんて乾いた感想があるぐらいで。もっと大物なら稼ぎになるなと計算する程度だ。


 肉の地面が蠢き、足を取ろうとしてくるのを振り払うと、少年はちらりと左方を一瞥する。そこには亜麻色の髪の少年がいた。


「あ、アーサー! てつっ、手伝ってくれ! やばい、やばい死ぬっ! 死ぬって! 終わったんなら助けてくれよ!?」

「………」


 体の上に伸し掛かられ、鋭利な剣の切っ先を向けられたその少年は、必死の形相で緑の獣ゴブリンの腕を押さえていた。喉元に突き刺さろうとしている刃物は、今にその命を奪い取ろうとしている。少年――ディビットの悲鳴に、フリューテッドアーマーに身を包んだコールマンは目を細める。

 軽く地面を蹴り跳躍すると、一足飛びにゴブリンの元へ向かい、そのまま薄い腹へ足の爪先を抉り込む。ゴブリンの(ストマック)をピンポイントに蹴り穿ったのだ。吐瀉を吐き出してディビットの上から転がり落ちた獣へ、コールマンは長剣を構えたまま背中にディビットを庇う。


「た、助かった……」


 安堵の吐息を溢す少年を無視し、コールマンは慎重にゴブリンの出方を窺う。痛みに醜悪な顔を歪める獣だが、剣を手放してはいない。迂闊に飛び込めば逆撃が待っているだろう。

 ゴブリン。異世界のファンタジー作品を題材にしたものに、高頻度で登場する定番モンスター。それは最も序盤に登場する有象無象、端的に言ってしまえば雑魚である。しかしその雑魚も、この世界では油断のならない存在だった。


 古代であれば、それこそただの雑魚でしかない。繁殖能力だけは異様に高いが、非力で知能も低く、魔法も使えなかったという。しかし現代に近づくにつれ、原因不明ながらも急激にその危険性が増大しているらしい。

 概念位階に至っている魔導師、戦士には脅威足り得ずとも、その膂力は小柄な子供並みの体躯でありながら、鍛えた成人男性を大幅に上回る。魔法で強化した身体能力で、やっと太刀打ちできるのだ。知能も高まり、言語は話せずとも平均的な人間のそれに匹敵しているという。下手をしなくとも、油断すれば殺されるのはこちらだ。


 ゴブリンがちらりと、コールマンと戦っていたはずのゴブリン四体がいた場所へ目を向けた。


 しかしそこには何もいない。コールマンに殺されたのだと理解して、そのゴブリンは憎しみに染まった赤い目でコールマンを睨んだ。仲間を殺された怨みである。しかし、その瞳には恐怖もあった。四体掛かりで一人を相手にして負け、殺されているというのは、なるほど確かに恐ろしいものを感じるだろう。

 ゴブリンはコールマンの背後にいるディビットを見る。そして――その更に後ろで、なんの手出しもしてこない少女、マリアを見た。


 じり、とゴブリンが後ずさる。数の不利を悟り逃げる気だ。追撃するべきかコールマンは一瞬思案するも、ディビットがいる故に安易に追えば深追いになると判断して剣を下ろす。手振りで逃げろと示すと、ゴブリンは目を見開き、悔しげに吼えた。そして自身の腕に剣で一文字の傷をつけ、それをコールマンに見せつけてくる。

 そのまま、そのゴブリンはじりじりとゆっくりと下がり、一定の距離を確保すると勢いよく背を向けて走り去っていった。


「お、おい! 逃がしちゃうのかよ!?」


 ディビットの抗議を聞き流し、コールマンは視線を落として長剣の刀身を見た。

 刃毀れが酷い。今すぐに折れることはないだろうが、長期戦はもう無理だ。【アルトリウス】の村が焼かれ、目の前で母を殺された時に見た、兵士の剣の劣化を回復する鞘があれば話は変わってる。

 だがそれは現状、無い物ねだりにしかならない。潮時だなと判断して鞘に収める。それより気になることがあった。最後に自分の腕を切り、その傷をコールマンに見せつけてきた理由はなんだろう。

 マリアに視線を向けると、彼女は肩を竦めた。


「今の? ゴブリンはそれなりに賢いわ。だから人間がゴブリンの顔の区別がつかないことも理解してる。あれは『顔の代わりにこの傷を覚えてろ』ってことなんじゃない? いつか貴方に復讐してやるっていう意思表示だと思うわ」

「………」


 嫌なことを聞いた。最低の気分にさせられる。眉根を寄せてゴブリンの去っていった方角へ視線を向け……すぐに逸らした。殺しているのだ、当然殺そうとしてくるモノも現れるだろう。怨まれて然るべきで……しかし殺されてやるわけにはいかない。

 それはそうだとコールマンは苦笑した。自分が殺そうと誓った輩も、復讐されたから殺されてやろう、なんて殊勝な態度を取るわけがない。絶対に抵抗してくる。魔術を使えるあの男を殺すとなれば、もっと強くなる必要があった。つまり、あのゴブリンも強くなろうとするか、策を練ってくるだろう。同じ復讐者というわけで、ある意味これは競争だなと思う。互いに強くなろうとすれば、どちらがより早く、より強くなるかが勝敗を別ける。死にたくなければ戦わねばならない。戦わなければ勝てず、勝てなければ死ぬのだ。なるほど手強い……あのゴブリンのことを覚えておこう。

 

 コールマンはディビットに手を差し出した。バツが悪そうにしながら、少年はその手を掴んでくる。一息に引き起こしてやり、コールマンは元来た道を指し示した。


「帰るのか?」

「………」

「おい何か言えって!」

「………」


 嘆息する。さっきも言っただろう。いや、言ったのはマリアだが。そのマリアが呆れたようにディビットへコールマンの状態を教えてやった。


「アーサーは変声期よ。声が枯れて出ないの。無理に喋らせないで」


 そういうわけだ。さっさと帰ろうと身振りで促す。ディビットは露骨に舌打ちし、マリアを忌々しげに睨んだ。


「……はあ? 気安いんだよ、クソ女。なにアーサーに対して馴れ馴れしくしてんだ。ぶっ殺すぞ」


 ディビットは毒を吐く。敵愾心の強い目に、しかしマリアは肩を竦めるだけだ。彼女からしたら、牙の生え揃っていない子犬に威嚇されたようなもので、何も恐ろしくないのだ。

 しかし良い気はしない。さっくりとディビットを無視し、マリアは呟いた。私だけでいいのに、なんで彼も連れてきたの? と。コールマンはそれを聞き拾うと、仕方なさそうに苦笑した。


 彼はコールマンと同郷の少年だ。一歳年下である。故に都市側の人間を憎んでいる。この都市に連れてこられて二ヶ月が経つが、今一才能に乏しく、剣も魔法も技能は低いもので。彼を一人でダンジョンに出せば、すぐにでも死んでしまいそうだった故に、こうしてコールマンと共に行動させているのだ。

 何せコールマンにはマリアが付いている。早々死ぬことはない。尤もそのマリアは、後何回かしか付いて来てくれないらしいがらその数回は安全である。その間になんとか最低限の立ち回りを覚えなくてはならない。


 自身の後ろについて、マリアを威嚇するディビットにコールマンは苦笑いをしたままバイザーを上げる。マリアと目が合うと苦笑を交わした。


 その裏でコールマンは思う。


(ディビットは、運が良いな)


 特別試合を組まれていたのは、ディビットも同じだ。しかしその対戦相手となるはずだった父親は、その前日にダンジョンに入って、そのまま帰らぬ人となったのだ。

 結果として彼は父親と戦わずに済んでいる。そして彼は父が死んだことをまだ知らない。純粋に己の境遇を嘆いていられる。

 同郷の(よしみ)だ。暫くは面倒を見てやるさ、と口の中で囁く。


 肉の地面が蠢き、周囲ごと押し潰そうと天井が落ちてくるのを、コールマンは(Tonitrus)で薙ぎ払った。










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