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死に候え不思議の国〜モータル・ワンダーランド〜  作者: 飴玉鉛
第一部「弱音は全て捨てていけ」
17/74

少女と少年の関係は変化し、状況も変化する





 積み上げるのに一ヶ月。

 その積み木が崩れるのは一瞬。







  †  †  †  †  †  †  †  †







 共通認識として、この世界で最も必要なものは才能だ。

 無論それだけでは足りない。才能を備え、その上で必須とされるのが努力を苦としない精神――研鑽を続けるための意志の強さが備わっているか否かである。


 須臾にして失われていく人命。それに伴い尽きんとしていく人類の命運。才能と努力、そのどちらかを欠かす者を有為の人材であるとは認められない。価値があるとは見られない。

 実力主義の極まった世の中だ。才があれば例え幼子だろうと軍の要職を与えられる。生まれが貧民であろうが王族であろうが、力があるのなら戦塵に塗れた生を送るのが定めだ。王国と帝国が国の垣根を超えて総力を結集し、団結するとはそういうことなのである。


 その形の一つが、この発掘闘技都市グラスゴーフだ。


 恐るべき魔族、憎むべき悪魔。それとの絶滅戦争の最前線に位置する国の一つ、福音王国が持つ合理性を突き詰めた都市機構。そこを統治する貴人もまた合理の怪物である。

 その貴人の名前はアルドヘルム・ハルドストーン。その名も高きユーヴァンリッヒ伯爵。――私の父親。彼は情け深く、他者の痛みに共感できる人間性の持ち主だ。でも父はそれら全ての感情を理性から切り離して思考し、判断を下して行動できる人間だった。

 彼は努力を継続できる精神性も才能の一つと捉え、この闘技場のシステムをより克明に、人間性を詳らかにするものへと転じた。それによって多くの優れた人的資源を育て戦線に送り出し、魔族に打撃を与え一時的に空白期間を打ち込む遠因を作ったのだ。

 父は才能を持ち、尚且つ努力を行える人間を何よりも重要視している。その動機がなんであってもいい。自分が憎まれることで優秀な人間を育てられるならそれすら良しとしていて――その実例が、私の目の前にいた。


 アルトリウスだ。コールマンという登録名を持つ、私と同い年である少年。


 アルトリウスの異質特性の詳細は、私が途中経過の研究資料を纏めて防衛省魔導技術研究本部――防衛省へ提出している。

 以後、彼の異質特性は【天稟増幅グロウス・ブーステッド】と呼称するようにと通達された。相変わらず首を傾げてしまう謎の命名センスだが、それはいい。アルトリウスは辺鄙な……しかし国家百年の計とも言える、人間の土地を魔族から取り戻すための村の出身だ。決して軽んじられる村ではなかったが、伯爵によって焼き払われ、今はもうその村はない。難儀な背景を持つ少年は、けれどその魔力や肉体経験の蓄積量二乗化という異能を持つ以外は、能力面で言えば平凡であると言えた。


 百を最大値として数学的に見れば、彼の総計学習能力は約七十。凡庸な人の学習能力は八から九だ。つまり素質を二乗化しても、百の学習能力を持つ天才には及ばないということである。

 評価すれば、秀才といったところか。長じれば頼れる存在になるだろうが、短期的に見れば極めて脆弱な存在でしかない。このままいけば、ピンからキリまである能力差を勘案すると、一流の兵士になるのに二年。戦線を支える歯車になれるまでに五年で、歯車を回す側の存在になるまでに十年だろう。私と同じ魔道第四位階に至るには更に十年掛かると見ていい。今と同じペースで研鑽を、生きたまま続けられたらの話になるが。

 総評して異質特性【天稟増幅グロウス・ブーステッド】を有していても、彼の才覚は常識の範疇を出ないものである。現時点の私やアレクシア――アリクスの領域には生涯を掛けて研鑽を積み、壮年期に辿り着けるかどうかといったところだ。彼の異質特性を魔導技術に落とし込めたら、彼自身は凡庸な人に埋もれる程度でしかない。

 しかしその理性は強く、行動力に富み高い知性もある。クレバーな思考形態を持っていることから戦士としても、魔導師としても大成できるだけの資質はあった。末は私と同じ魔導騎士だろう。だが……私は思うのである。そもそも彼は、戦いに向いているとは言えないのではないか、と。


 自身の父親と年相応の表情で話すアルトリウスは、ユーサーのリクエストでヴァイオリンを弾いていた。

 聴くのはこれで二回目になる。私自身、ヴァイオリンはおろか、音楽自体に造詣が深いわけではない。けれどその独奏が、天才的なものであるのだけはなんとなく分かる。


 一分の乱れもなく、軽快に、されど品格を持ち、奏でられる旋律は鼓膜を心地よく打ち続けていた。それはただの弦楽器に過ぎないはずで、そんな機能はない物なのに、どうしてか奏者の心情が音を通じて心に響いてくる。

 沈静に保ち続けようとする魂が震えるような、平常心を乱され本能的に感動させられる音の波を感じさせられ、どうにもおかしな心境になってしまった。この胸の内に生じた気持ちは……羨望? 私は……彼を羨んでいる……?


(――綺麗な音)


 内心で、ぽつりと独白する。

 どうしようもなく惹きつけられていく。彼の奏でる音の羅列が、色のついた音の敷布のように感じた。『音で楽しませる』と書いて『音楽』と読む言葉の意味を、私は体感させられている。

 じんわりと心に滲む、拭い難い音色の残響。やがて彼が演奏を終えても私はその余韻に浸り続けてしまう。胸が暖かくなるような、口舌によって表現するのが憚られる昂ぶりが私を支配した。

 幼い頃は音楽家に憧れていたというのは本当らしい。感極まったユーサーが自身の子へ涙ながらに感想を伝えて。私は照れている様子の少年の背中をぼんやりと眺めた。三十分が経ったのだろう。また話そうとユーサーが言ったのを最後に通信が切れて、アルトリウスは微かに肩を落とす。


 確か、こういう時は拍手でもすればいいのだろうか。逡巡しながら手を打ち鳴らした。未だ嘗て体験したことのない心の動きに、私自身、戸惑ってはいたけど。僅かでも奏者に感動したことを伝えたかったのだ。

 ぱち、ぱち、ぱち。その柏手に、ギョッとしてアルトリウスが振り返った。抑える必要のない感情を無意識に押し隠しながら、努めて平静な顔で私は言う。


「凄かったわ」

「……あ、ありがとう」


 彼は彼で、演奏している内にすっかり私の存在を失念していたらしい。内心の動揺が透けて見えた。肩を竦めてみせる。


「貴方、他の能力は凡庸だけど、ヴァイオリンの才能はあるのね。【天稟増幅グロウス・ブーステッド】がそれにも作用するとしたら、きっと歴史に名前が残るかもしれないわよ?」

「グロウス・ブーステッド? 意味は成長強化……でいいのかな」

「天稟増幅と書くらしいわ。防衛省魔導技術研究本部がつけた名前よ。ちなみに天稟っていうのは、生まれつき持っている才能のことを言うわ」


 天稟増幅と指先で虚空に描く。知らない文字かもしれないから。彼は聡明だが、知識のバランスが悪い。だから時々こうして教えてあげないといけない。

 そうして補足すると、アルトリウスは胡乱な表情になる。私にはその気持ちが分かった。ネーミングセンスが一般的ではないと言いたいのだろう。もし口にしてきたら同意するしかない。

 しかしアルトリウスは、防衛省のセンスにツッコミを入れたりはしなかった。気にするだけ無駄だという諦めだろう。彼は物憂げに呟いた。


「私自身はヴァイオリンにさしたる思い入れもないのだけどね」

「そうなの? だったらどうしてそこまで上手なのかしら」

「さあね。君の言う【天稟増幅グロウス・ブーステッド】というものの恩恵なんじゃないかな」


 あからさまなまでに手抜きな誤魔化し方だ。

 詮索してくれるな、ということだろう。研究対象との関係を険悪にするつもりもない私は、あまり重要な話でもないと判断して誤魔化されてあげることにした。

 ヴァイオリンをテーブルの上に置いた少年は、いつかのようにどかりとベッドに腰掛ける。やや前傾になって両肘を太腿に乗せ、身を乗り出すような姿勢になると立ったままの私を見上げた。


「次に私が、父さんと話せるとしたら……それはいつになりそうなんだい?」

「期待しないで、基本は無いと思っていた方がいいわよ。今回のは貴方の心的負荷を軽減するための措置って口実があったから、私からの申請が通っただけなんだから」

「……フン、分かっていたけどね。この状況にストレスを感じているのは誰だっては同じだろうに、私だけ特別扱いをしている。朝起きて訓練、日が昇って訓練、日が沈んで訓練、そして就寝、起床。以下延々と同じルーチンの繰り返しだと誰であろうとストレスを感じもするさ」

「有益な存在は特別扱いするものよ? なんでみんなを均等に扱わないといけないのよ。能力や姿勢に見合った待遇の差はあって然るべきだと思うわ。それと私に師事したいって言ったのは貴方なんだから、訓練に関しての文句は受け付けないからそのつもりでいて。訓練するのもしないのも、貴方の自由なの。やるならやればいい、やりたくないならそう言えばいいだけよ」

「それも分かっているさ。でも気晴らしにするのが肉親との会話だけというのも、些か無味乾燥としちゃあいないかね」


 手を開閉させて、約一ヶ月前よりさらに分厚くなった掌を少年は見詰める。もはや以前の面影を感じられない、アスリートのような肉体に鍛えられているのに苦笑いしている。

 しかしふと、自身の発言で何かに思い至ったのか、アルトリウスは私に訊ねてきた。


「そういえばマーリエル。君は何か趣味はないのかい? 四六時中私の側にいたのでは、君も気が滅入るだろう? 気晴らしが必要なのは私だけではないだろうから、したいことがあったら遠慮しないでもいいよ」

「趣味? ……私の?」


 言われて、ふと考える。しかし咄嗟に思い至るものは何もなかった。少年は嘆息する。そんなことだろうと思った、と。


「ないならないで構わないけど、なんだったら私に付き合わないかい?」

「つ、付き合う……?」

「ああ。他に娯楽と言えるものもないのだから……そうだね。マーリエルはピアノが似合うと思う。きっとすぐ上達するから、それを趣味にしたらどうかな」

「私がピアノ……無理よそんなの。今まで触ったこともないのに」

「最初は誰だってそうさ。私のヴァイオリンを凄いと君は言った、普通は音の善し悪しなんて、ろくに音楽を知りもしない人に分かりはしない。それが分かるということはいい耳があるということ。耳は音楽家の命なんだ、マーリエルには才能があると思うよ」

「私が……ピアノを?」


 予想だにしなかった提案に戸惑ってしまう。

 才能がある、そう言われて悪い気はしない。戦闘技能に関する才覚なら、褒められ慣れているけど、それ以外に関しては初めて言われた。

 本当に、悪い気はしない。どう返していいか分からず、私が返答に窮していると、彼は話に乗りやすいように梯子を掛けてくれた。


「教わってばかりでは釣り合いが取れないからね。君は私に戦闘技能を教え、私は君に音楽を教える。いい加減私も、君の手を煩わせてばかりでは申し訳ない。私を助けると思って付き合ってほしい」

「……そう、ね。なら――うん、仕方ないわ。教わってあげる」

「良かった。ありがとう」


 朗らかに微笑む少年にマーリエルは虚を突かれる。

 それはこれまで、片時も緩まなかった緊張がほつれたような、平素の笑顔だった。ユーサーと話したことで、ある程度気が緩んだのかもしれない。

 こんな顔で笑うのね、と思う。お礼を言うのはこちらのはずなのに、先に言われるとどうにも口にし辛い。もごもごと喉元まで出かかっていた言葉を持て余していると、不意に気になって質問してみた。


「教わるのはいいけど、アルトリウスはピアノも弾けるの?」

「ん、触ったことはないよ。でも昔、散々弾いているのを横で見ていたから、やってやれないことはないさ」

「……」


 なんでもないように言ってのけるアルトリウスは、心の底から普通のことでも言っているようだった。

 だがマーリエルはその言葉に少なからず衝撃を受ける。そんな馬鹿な理屈が本気で通ると思っているのか。見ていたからやれる? 有り得ない。それは他人の魔術を見て、その仕組みを看破して即座に模倣するのと同じである。

 嘘だと思うのが普通だ。強がり、見栄、思い込み。そう判断するのが常識的なのに、彼なら本当にできてしまいそうだと感じてしまう。この少年は音楽に関して本物の天才なのだ、と感じさせる雰囲気が先程の演奏を見ていたら伝わってきてしまった。


(生まれる場所を間違えたわね。貴族だったら宮廷に勤められたでしょうに)


 つくづく、勿体ない。【天稟増幅グロウス・ブーステッド】という異質特性まで持ってしまっているから、その道に進むことすらできないだろう。

 あまつさえ本人は、音楽の才能に関しては本気でなんともないと感じているらしい。宝の持ち腐れという奴だ。私が微妙な気分で見ていると、早速アルトリウスは魔力波長を発してアビーを起動し注文している。


「アビー、聞いていたかい? ピアノを頼むよ」

『了解。しかし無限収納空間にピアノはありません。手配するのに時間が掛かります。推定時刻、二時間です』

「む、時間が空くね……」

「空いてる時間は訓練に宛てたらいいわ。近々貴方には特別試合があるはずだから、それに向けて少しでも技能を底上げしないと」

「ああ……そうだったね」


 嫌なことを思い出させられた、と。折角のいい気分に水を差されたように彼は顔を顰める。しかしそこで愚図るような真似はせずに嘆息して、アルトリウスはアビーを促した。


「そういうわけだからアビー、テクスチャを貼ってくれよ。場所は広ければ何でもいいさ」

『了解。ではいつものように表層第三階闘技場にいたします』

「観客の再現は要らないわよ。無人でお願い」


 私が付け足す。もう彼には必要ないだろう。観客達の生む喧騒で気が散ることがなくなる程度にはアルトリウスも慣れている。

 アビーが仮想空間を展開する。肌の上に一枚余分な布を掛けられたような感覚が走った。拡張される空間、作り物の世界。私が力を出すと、それだけで破裂してしまいそうな脆い風船。その只中に自分がいる。


 私は上着を脱いで、タンクトップ姿になる。名目上はアルトリウスの監視・研究の任務中だが、軍服ではいらぬ心的負担を対象に掛けかねないので私服でいるべきだと配慮したが、生憎と私物の中に服の類いは少ない。動き易さも考えて、タンクトップとジーンズという組み合わせにしている。

 アルトリウスの視線が一瞬、なんとも形容しがたい微妙なものになる。物言いたげな表情もいつものことだ。(スルー)して少年に促す。


「昨日の続きよ。格闘術の基礎は仕込んだから、今日はその応用。防御の仕方を体に教え込んであげる」

「……状況設定は?」

「徒手空拳同士ね。いきなり武装してる相手に素手でどうにかしろとは言わないわよ」


 アリクスではあるまいし、素手で同格の戦士に勝るようなことはできない。武器を持った敵を、無手でどうにかできるようになるには、その相手よりも遥かに優れた技量が不可欠である。

 両手にオープンフィンガーグローブを嵌める。アルトリウスもそれに倣って同じ物を嵌めた。私は腰を落とし、重心を下げながら彼に伝える。


「反撃は無し。ただ私の攻撃を防ぎ続けて。まあ反撃の暇は与えないけど」

「えぇ……?」

「嫌な顔しない。安心して、手加減はもちろんするわ。攻撃パターンはたったの三つに絞るし、危ない攻撃をする時は一拍前に教えてあげる」

「………」


 羽織っていた上着を脱ぎ、魔導十一式バトル・スーツのみを纏った姿でアルトリウスが腰を落とす。じわりと赤い魔力が彼を包む。身体強化魔法【誕生(ortus)】だ。両手を半分握った形で顔の位置まで上げ、肘を閉じ、真っ直ぐに私を見た。

 身構えた彼は、既に訓練兵の上位陣に食い込む練度がある。私は頷き、彼ににじり寄っていく。

 私はアルトリウスに比べたら小柄だ。成長期にある彼はこれから身長も伸びていくだろう。手足のリーチも差が出てくる。しかし魔術を使える私と使えない彼とでは、身体性能に大きな差があるからハンデにはならない。その気になれば一撃で沈められる。


「一発目はお腹」

「っ、」


 彼の間合いに左足で踏み込み、体を左側に沈ませながら腰と肩を回して左腕を捻る。力を流動させ撓らせた腕を振り上げ、インパクトの瞬間に拳を握る。アルトリウスは体幹を揺らさず右肘で私の拳を受け、顔を顰めた。衝撃の強さが予想外だったのだろう。

 私が魔力を使っていないと感じているらしい。これまでは敢えてイエローカラーの黄色い魔力を発していたが今回は隠蔽している。魔族も馬鹿じゃない、人間に魔力形質があるのは知られている。得意な属性を知られないために、外部に魔力を発さない術は開発されていた。


 彼から【相手は魔力を使っているようには見えないから】という油断を拭うための一撃目。一拍を空けて今の一撃の意味を咀嚼する間を与える。彼は聡明だ、意味は伝わっただろう。私は今度は警告しないで彼に連撃を叩き込む。

 アクションはあくまでコンパクトに。大振りな一撃は無用だ。秒間十発とスローに、守りの上を叩くだけの連打。私は上体を揺らし彼の腕を殴打し続け、少年の顔が苦悶に歪むのを見るなり更に距離を詰めて強めに彼の右腕へ左肘を打ち込む。跳ね上げて破った守りの隙間に、左の正拳を捩じ込んで鳩尾を打撃した。


「グッ」

「今のがパターンAね。とにかく連打で隙を作るの」


 よろめいて膝をつき、腹を抱えて悶絶する彼に伝える。


「立ちなさい。五秒後に再開するわ」


 腹を抱えながら立ち上がった彼に、私は頷くと拳を構える。そして一気に接近すると告げた。


「右脇」


 咄嗟に腕を盾にしたアルトリウスへ、飛び上がって回転した勢いを乗せた蹴撃を見舞う。上半身の捻り、腰の回転、太腿から脹脛に至るまでの撓り。右脚を鞭のように打ち込む。彼の腕が軋んだのが伝わる。そのまま少年の体が宙に浮き、二メートル吹き飛んだ。

 踏ん張っている。足で地面を削り態勢を崩さないで構え、しかし腕の痺れからか動きが鈍い。魔力を噴射して一気に着地すると、一瞬で接近する。目を見開くアルトリウスに注意する。


「遅い」


 対応が、だ。腕の痺れを顔と体に出して、隠し切れないようでは駄目だ。痺れた腕にハンマーのように右フックで強打した。

 左腕がだらりと下がった彼に私は教示する。


「顎」


 アッパーカットで顎を下から掬い上げる。防禦が間に合わずまともに受け、首から上が弾け飛んだように仰け反った少年へ、私は軽く平手で胸を叩く。


「今のがパターンBよ。強振を中心にしてるわ。そして、これがパターンC。上に注意して」


 たたらを踏んでいる彼に追撃する。素早く足払いを掛けて転倒させると下段踵落としを少年の顔に落とす。必死の形相で転がって避けられたのに、機敏に駆け寄ってこめかみを蹴り抜いた。

 といっても間に風のクッションを置いていたから危なくはない。結果としてダメージがなく、転がされただけのアルトリウスへ私は立ち上がるように身振りで示した。彼が立ってくるのを待って蹴りを放つ。下段足刀を見せて寸止め、釣られて視線と意識が足元に向いた彼の目の前でくるりと回って、下段足刀を放った足を起点に反対の脚へ遠心力を乗せる。彼の首を刈るハイキック。前もって警告していたのに見事に首へ直撃を受けたアルトリウスは昏倒した。


 電池の切れた人形のように地面に倒れ、白目を剥いている彼を見下ろし、腰に手を当てて嘆息する。脳にある魔力炉心の中に術式を構築し、回復魔術を使用した。霧状の光の粒子が少年を包み込む。

 ダメージはこれで癒えた。傍に屈んで、アルトリウスを揺すって起こす。呻き声を上げて目を開けた少年に、私は屈んだまま彼の顔を覗き込んだ。


「パターンCは足技を中心にしてるわ。AからCを織り交ぜて攻めるから、なんとか防いで」

「……あの、今私は……気絶していたのですが……?」

「だいじょーぶ。ええ、だいじょーぶよ。だって死んでないもの。私の受けた訓練よりずっと優しいから」

「やさ、しい……? どこが?」


 むしろ何が? そう懐疑する彼の手を取り、無理矢理立たせると彼は複雑そうだった。

 男なのに膂力で女の私に負けているのが悔しいのだろう。そんな悔しがらないでも、士道位階の恩恵を抜きにした素の身体能力なら彼の方が上だ。魔力と魔導関連の技術、武力の技量で私が上回っているだけで。


「十分間守り続けられたら合格よ。合格するまで続けるから頑張ってね」

「……鬼ですか?」


 敬語になって顔を引き攣らせるアルトリウスを見詰める。私が極めて本気で言ってるのを悟ると、少年は絶句して。

 そんな時に、不意に人工精霊の端末が私とアルトリウスの間に現れた。淡い光の球体が告げる。


『お取り込み中申し訳ございません。ただいま本部より通達が参りました』

「……何?」


 訓練はこれからだというのに。

 半眼で睨むと、アビーは明滅する。どうやら私は怖がられているらしい。


『……コールマンの特別試合の日程が決定されました』


 その通達に、アルトリウスが息を呑む。ぎゅ、と拳を握った彼を尻目に続きを促した。

 アビーは言う。


『明日の午後一時より、表層第三階闘技場で行います。特別ルールが採用されておりますのでご注意ください』

「特別ルール? 何それ、私はそんなの聞いてないのだけど……説明してくれるの?」


 訊ねる。すると人工精霊は、異例の決定をアルトリウスへ伝達した。

 それは本来、有り得てはならないものだった。


『――ルールは簡単です。なんでもありのデスマッチとなります。勝利条件は相手登録者の死亡、敗北条件はコールマンの死亡です』







更新遅れてすみません。忙しさにかまけておりました。

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