僕は独演し、無心を心掛ける
母国の諺に曰く、知識のない情熱は光のない火である。
何を目的に何を成さんとし、何を行うか。そのやる気は正しくても、それを裏付ける根拠がないままであれば、それは目標に到達するまでの道を照らしてはくれない。
先人の言葉は後進の人々へ教訓を伝えてくれる。しかし今を生きる人は、えてしてそれを忘れがちだ。人間は痛くなければ覚えない――自身で体験して、はじめて教訓を身に付けられる。
愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ。それが真実であるなら、僕はどうしようもない愚者だった。
† † † † † † † †
『ねえアーサー。私達、違う学校になっちゃったわね』
少女が寂しそうに微笑んでいる。少年もまた、どこか寂寥としたものを感じていた。
学舎は違えることになったが、会えなくなる距離ではない。そんなことは分かっていても、子供にとって通う学校が別々になれば、それは計り知れない離別の衝撃となる。
故に少女は寂しいのだろう。仲の良い同性の友達はいても、話の合う異性の友達は得難い。そんな少女に、少年はできる限り優しく言った。
『気にすることはないよ。僕らは確かに違う学校になったけど、会えなくなるわけじゃない。だからそんなに落ち込まなくてもいいんだ』
『……』
正直に言えば、少年は少女ほど熱心に音楽に打ち込んでいたわけではない。少女はピアノが好きで、しかし少年は習い事の一貫としてヴァイオリンをしていただけなのだ。
故に少女と話す時、話を合わせるのにはそれなりに苦労した。ヴァイオリンの習い事も終わる。それから解放されるのだ、多少は荷が下ろせる気持ちがある。……しかしそれでも親しみを感じていたのは確かで、寂しいという気持ちは嘘ではない。だから黙り込む少女に告げた。
『マリア。これ上げるよ。僕の連絡先』
『……え?』
『今まで、なんだかんだ学校でしか話さなかったし、連絡先も交換してなかったよね。これからは会えない時も連絡してよ。僕からもするからさ』
『……いいの?』
『いいよ。僕達、友達じゃないか』
『ありがとう』
そうして、少年達は別れる。
少女は照れながら、しかし希望を乗せて少年に告げた。
『アーサー』
『なに?』
『また……一緒に演奏できたらいいわね』
頬に桜色を散らし、可憐な少女は微笑んだ。
「――」
目が覚める。
夢を見ていた。今はもう遠い、遠すぎるほど遠い――別世界の出来事を、夢に。
茫洋とした眼差しで、無機的なまでに白い天井を見上げる。
眠気の毒が頭から抜けるまで、ずっとそうしていて。コールマンは朝が訪れたのをなんとなく感じた。
おかしな話だ。ここに収容されてからは、一度も太陽を拝んでいないのに、そんな感覚が残っているなんて。
ベッドから抜け出て、体を伸ばす。時計を探すも、そういえばなかったんだと思い出した。何故だか無性に時間が気になって、コールマンは声を発する。
「……アビー、おはよう。今は何時だい?」
『おはようございます、コールマン。現在午前七時となります』
ぼぅ、と淡い光を伴い人魂が――人工精霊百十一号室担当端末アビーが現れ応答する。
少しだけ驚いた。昨夜は午後の七時に眠った。ということは、コールマンは十二時間も眠っていたということだ。
それほど精神が疲労していたのだろう。腕を見て、腹部を触る。別人のように堅く、盛り上がった筋肉の厚さに苦笑も漏れてこない。
僅か数時間の肉体錬成を受けただけで、こうまで様変わりしてしまった自分の――【アルトリウス】の体。違和感しかない。しかしふと、コールマンは疑問を感じる。今更といえば今更だが本来の【アルトリウス】はどうなったのだろう、と。
この体は自分のものではない。この世界の自分のもので、コールマン本来の体ではないのだ。そんなことは、最初から分かっていたことである。なのに当然すぎる疑問すら今まで湧いてこなかった。
考えつく余裕がなかったとも言えるが、間抜けな話である。本来のこの体の主は……ふとした時に、自分のものではない感情を噴出することがあるから、まだ深層意識のどこかに潜んでいたりするのだろうか。
「………」
下らない。どうでもいい。そう感じる自分は冷酷なのだろう。
嘗てはどうあれ、今は自分がこの体を使っている。故意に彼の体を乗っ取ったのではないのだから、誰に文句を言われたとしてもどうしようもない。だから僕は僕だとコールマンは思う。
もうこのことについて考えるのはやめよう。不毛だ。
そう思うのに、悪夢めいた妄想をしてしまう。……この世界の出来事が、何もかも夢幻のものだったらどれだけ救われるだろう、と。
今頃コールマンは日本に留学していて、日本語を勉強して……好きなアニメやゲームなどで語り合える友人を作って……本当はそういうことをしていて。ホームステイ先の調月という人の家で目を覚まして、ああ夢だったんだ良かったと胸を撫で下ろせたら――わかっている。それこそ下らない妄想だ。不毛とはこういう妄想のことだなんて、誰かに言われるまでもなく理解していた。
嘆息する。自分自身でも、不気味なほど冷静だった。頭の芯が冷えていて、自身を冷徹に客観視している。寝起きだから頭が働いていないだけとも取れる心地だが――いや、それも分かってる。諦めているのだ、コールマンは。
今日、闘技場で試合をする。眠らされる寸前に、マーリエルに伝えられたことを少年は覚えていた。
勝てるのか、と思う。腕立て伏せを百回、上体起こし、剣の素振り、槍の素振りを千回ずつ。それから一時間余りマーリエルに投げられ続けて、受け身の取り方を体に教え込まれただけ。ろくな訓練なんて積んでいない素人が、簡単な魔法を三つ使えるだけのコールマンが、試合で勝てるのか――いや、死なないで済むのか。
ルール次第だ。殺さなくてもいい、命の奪い合いではないというルールがあれば、ひとまずは安心できる。この発掘闘技都市の主な目標通り、ただの訓練目的の試合であれば、死ななくて済むだろう。
しかしそれは、あくまで相手次第でもあった。事故死は有り得る、死なないにしても死ぬほど痛い目を見るかもしれない。コールマンより相手が弱いということはほぼ有り得ないのだから、コールマンの生殺与奪権は相手側にあることになる。
生きるか死ぬか、選択肢が自分にはない。その悟りが、コールマンを無気力にしていた。いや……恐怖を押し隠すために、無気力を装っているだけだ。
手足が震えている。歯がカチカチと鳴っていた。ぐ、と唇を噛む。体を掻き抱いて、目を閉じた。落ち着け、落ち着け、落ち着け……自分にそう言い聞かせる。クールになれ、男だろう。腹を据えて、心に余裕を持つんだ。諦めるには早すぎる。自分が弱いのは分かっているんだ、なら弱いなら弱いなりに遣り方はあるはずだろう。落ち着いて、冷静に、考えるべきだ。自暴自棄になるには、早い。まだ何もしていない。人事を尽くして天命を待つ、そうするしかない。自分にできることはなんだ、訓練をする? 今更だ、付け焼き刃にもならない。下手に体力と気力を損なうのは危険だ。なら、思考するにあたって必要な材料を集めないといけない。それはつまり、情報だ。
「アビー、私の質問に答えてください」
そこで、苦笑が漏れた。咄嗟に敬語が出たことに。簡単に刷り込まれてしまう自身の軽さに呆れてしまった。
頭を振って、常の口調を心がける。敬語、丁寧語の方が通りが良いのだろうが、必要に迫られない限り敬語の類いは使いたくないと感じていた。幼稚な反抗心だという自覚はある。
不意に、はたと思い至る。そういえば自分に敬語を仕込んだマーリエルはどこにいるのだろう。監視者のくせして外出中なのか? まあ今はいい。四六時中一緒だったら気疲れしてしまう。
「――私の今日の予定はなんだい?」
『回答いたします。本日午後一時より表層第三階闘技場にて、コールマンの試合日程が組まれてあります』
「……後六時間あるね」
『正確には五時間三十分となります。試合開始三十分前には、東方の待合室で待機していなければなりません。なお移動の際にはこの部屋に案内人がやって参りますので、それまで寛いでおいたとしても何も問題はございません。お好きなようにお過ごしください』
「なるほどね。……一応訊いておくけど、対戦相手は誰かな」
『回答できません。コールマンのみならず、対戦相手の情報を開示することは誰であっても禁じられております。今後も試合相手について伝えられることはありませんが、ご了承ください』
融通の利かない……。
感情があるらしい人工精霊の端末だ、情に訴えれば或いは、とも思ったが。それができれば苦労はしないと放棄する。
コールマンの境遇は客観的に見て同情されて然るべきものだ。なのにアビーには微塵も同情してくれている様子はない。情に訴えるのは無駄だろう。
舌打ちする。試合までそれなりに時間があるのは分かった。
場所も、いつも訓練する時に展開する仮想空間のもの。まだ確かめないといけないことがある。
「ルールは?」
『ルール、とはなんでしょう。質問は具体的にお願いします』
「……だから、ルールだよ。試合のルール。あれをしてはダメ、こうすれば勝利、敗北……そうした条件さ」
『回答いたします。勝利条件は相手を戦闘不能にすること。敗北条件は戦闘不能に陥ること。禁則事項は戦闘不能に陥った相手登録者へ追撃することがまず一点、勝敗が決定して以降相手に危害を加えることが二点。闘技場由来の武器防具以外の使用の禁止が三点。故意であれ事故であれ観客席に危害を加える行為の禁止が四点。以上となります』
「……相手を殺害するのは禁止、ではない? 魔法の使用も禁止なのかい?」
『いいえ、魔法や魔術の使用は許可されております。また相手登録者の殺傷に関しましては、通常の試合であれば原則として禁止されております。しかし故意ではないなら、仮に死亡事故が発生したとしても不問とされます。登録者がダンジョン以外で死亡しないよう、医療設備の改善に努めておりますので、もしもの場合でもご安心ください』
「………」
よく分かった。全く安心できないことが。
恐怖がぶり返してくるのを、懸命に押し隠す。隠す意味なんてないのに、それでも隠した。
見栄、というよりは意地。負けん気の強さが、コールマン自身に情けない姿を取らせない。――アビーという、潜在的な敵とも言えるモノの目もある。人工精霊だろうがなんだろうが、都市側の存在ならコールマンが心を開く対象とはならない。むしろ憎むべき存在だ。
相手が士道や魔道の位階に至っていないことを祈ろう。
格上であれば、勝ち目はない。漫画やアニメ、ゲームではないのだ。格上相手においそれと勝機を狙えるわけがない。あんなご都合主義は、現実には早々起き得ないものだ。
ならどうする。決まってる、偶然の産物として勝利できないなら、必然として勝利するしかない。コールマンの手札として機能する技能を、フルに活用して勝利を掴むのである。
今の自分は何ができる? 魔法は三つ会得している。魔力形質レッドカラーの得意な属性は、炎と雷の魔法、身体強化の魔法だ。その他にあるのは、肉体錬成で作られた多少筋肉質な体。それから――剣の素振り、槍の素振りで獲得した素人なりの基本的な剣筋、槍の突き方。
それのみ、だ。
「……」
沈思黙考。沈黙して思考し、黙して考える。
相手の性別、年齢、身長や体重、保有する技能から何もかもに至るまでが不明。対策は立てられない。現場で臨機応変に対処するしかないが、そこへ至るまでにできるのは自身の行動パターンを幾つか立て、状況に応じて使い分けること。できることは少ない、ならせめて冷静で在り続ける。混乱したり、錯乱したりしてはダメだ。
よく言うだろう、喧嘩は度胸だ。コールマンより格上の存在が相手ならもうどうしようもないから、相手がコールマンと同様の素人か、素人に毛が生えた程度であるとすると、これは一流同士の試合ではなく素人同士の喧嘩にしかならない。喧嘩という例えは程度が低いが、実際そのレベルだろう。喧嘩の極意は怯まないこと、負けん気を強く発揮すること。とにかく殴り続けること。――何かの漫画でそう言っていた。
「は、はは……」
この期に及んで頼りとする知識が日本の漫画にあった言葉である。それがばかみたいで、底の浅さを自ら露呈させたみたいで、可笑しい。笑うしかない。
まあそれはいい。実際底が浅いのは事実なのだ。乾いた笑いはすぐに消え、無表情で淡々と思考を纏めた。すると、思い出す。
(――そういえば、僕は魔力量が二乗化してあるんだった)
平均的な魔力量が五。成人している、訓練した者の平均が二十。しかしコールマンの魔力量は訓練初日の時点で二十五だ。この時点で多少の有利はある。魔法を主軸に置いて立ち回るべきだろう。……マーリエルの魔力量は六百以上だと言うが、それは考えないことにした。
――肉体錬成効率も二乗化しているわ。常人の筋力トレーニング効率が十としたら、貴方は百。このままいけば、半月もしない内に立派な戦士になれるわね。肉体的には、という注釈がつくけれど。
マーリエルが昨日、そんなことをトレーニング中に言っていたのを漠然と思い出す。
「アビー、今の私の魔力量はどうなっている?」
『アビーより発問。先日の例えを使用してもよいでしょうか?』
「それで頼むよ。分かりやすいから」
『回答いたします。驚異的な成長率です。コールマンの基本魔力量は七に成長しております。二乗化してありますので、現在は四十九となっている模様。この数値は古代の魔法使いの中でも大魔法使いと呼称されるに足るものかと』
「……ところで、その平均というのはどこから導き出されたものなんだい?」
『魔道の位階に到達していない者達です』
そんなことだろうと思った。
士道の位階に至ったら肉体強度が向上するのだ、なら魔道でも似たような現象があるのだろう。そんなことなら古代の魔法使いなんてものと一緒にされても、嬉しくもなんともない。
しかし確証を得た。肉体錬成効率のみならず、魔力の成長率も二乗化しているらしい。
なら長じれば、コールマンが凡庸な才覚しか持たないのだとしても、一流の領域に踏み込める可能性はある。
まあ、未来のことは今はいい。事の要訣は、魔力量だけなら立派なものだということ。これをどう活かすか……。
考える。ずっと考える。しかし手札が少ないためか、執り得る戦法は極僅かだ。ものの三十分程度の思考で、考え付くものがなくなってしまう。コールマンは嘆息した。
もう後は、コンディションを整えるしかない。朝食を食べて、昼飯は食べない。適度に休み、ウォーミングアップをする。素人ながら考え付くのはそれだけだ。
「――頼みがある」
『なんでしょうか』
「楽器を。ヴァイオリンをくれないかい?」
『ヴァイオリン……ですね。畏まりました。しかし、演奏できるのですか?』
「? 珍しいね、反駁をしてくるなんて。ああ、できなくはないよ。それよりヴァイオリンがあるのか……駄目元で訊いたんだけど。アイテムボックスの中には楽器まであるんだね……」
『いえ、この都市の無限収納空間の中に楽器の類いはございません。ですので手配に時間が掛かります。こちらに転送されてくるまで、およそ一時間かかるかと』
「へえ、それでもかなり早いよ」
コールマンはゆっくりと、アビーに頼んで朝食を転送してもらい、食事をする。その後に歯を磨き、シャワーを浴びた。
デスクに座って、空いた時間で魔力炉心の中に魔力を編んで、身体強化の魔法【誕生】の工程を復習する。そうしていると、アビーが言った。
『コールマンの注文通り、ヴァイオリンを転送します。到着まで後、五、四、三――』
「もう一時間経ったのか」
『――転送完了』
コールマンの腰掛けていた椅子の前、机の上にヴァイオリンが転送されてくる。青白い光が弾け、そこから弦楽器が現れたのだ。
いつ見ても、ファンタジックだ。慣れたくないなと思いつつ、その楽器を手に取る。
「ああ、オールドヴァイオリンかい……凄いね、なんだってこんな、八十万円は下らないだろう物をポンと出せるんだか……」
驚くより呆れ、苦笑する。
一通りヴァイオリンの弓と楽器の調弦の具合を確かめると、感心したように呟いた。チューニングは文句なしだと。最近のヴァイオリンと比べてオールドヴァイオリンは個性的だが、これはなんとかコールマンの手に馴染んだ。
両足を肩幅に広げ、右足を外側にやや向ける。左足に重心を少しだけ預け、ヴァイオリンを左肩甲骨の少し下の部分と左顎の間に軽く挟む。弦に弓を当てて、引いた。音が鳴る。上品で優雅な音色。いいねと呟いて、コールマンは元の世界を思い出すために目を閉じて、演奏した。
曲はフリッツ・クライスラーの、ピアノとヴァイオリンのための小作品。『愛の喜び』と『愛の悲しみ』である。マーリエルにせがまれて、よく一緒に演奏したものだ。
明るく華やかな、品のある音色を奏で。コールマンは溜め込んでいた情感を乗せる。
汚い音色だ。混沌とした怒りと焦り、理不尽への憎しみ。そのせいで余分な音色を滲ませている。
コールマンは、しかしそれをよしとした。誰かに聞かせるための演奏ではない。自分自身の中にある、望郷の念と現状への不服を発散する術を求めただけなのだから。
自らの心の澱みを吐き出し続ける。演奏にコールマンは没頭した。二流がいい所の、所詮は手習い程度の技量。下手くそだなと自嘲する。そんな自嘲も音色に乗せて、弓を引いた。紡がれる旋律が室内に席巻して、鳴り響く音の波が海となってコールマンの耳を満たしていく。
無心になれ、何もかも忘れろ。今だけは全て忘れて、綺麗になれ。そう自分に言い聞かせる。そうして、演奏を終えた。
無心になれたか、無になれたか、忘れられたか。タオルで汗を拭う。久し振りの演奏だったが、なんとかなった。人様には聞かせられない程度の物だが、一人でやる分には満足できた。
すると、不意に手を叩く音が聞こえる。拍手だ。驚いて振り向くと、そこにはマーリエルが立っているではないか。
「――マーリエル? いつの間に……」
「演奏がはじまってすぐ、戻ってきていたわよ。気づかなかった?」
「………」
「上手なのね。それが弾けるのも特殊な事情? なんでもいいけど、天才的な演奏を聴けたのは良かったわ」
「やめてくれ」
見え透いたお世辞なんて聞きたくもない。拒絶すると、マーリエルは夢見るように目を細める。
「……音楽って、いいわね」
「……?」
「なんでもないわ。それより、良いものを手に入れてきたから貴方に上げる」
マーリエルが歩み寄ってくる。手に何かを持っていた。机の上にヴァイオリンを置いて、それを受け取る。
渡されたのは玉だった。真円を描く大きな宝石である。紐を通されていて、首に掛けられるようになっていた。
「これは?」
「約束したでしょ? アルトリウスに演算補助宝珠が支給されるよう、手配するって」
「………」
言っていたかな、と内心首を捻る。
少し考えるも、まあいいかと記憶を探るのをやめた。
なんであれ、これはいいものだ。魔法なり魔術なり、それを補助してくれるなら、コールマンとしては有りがたい話である。素直にマーリエルへ感謝できた。
マーリエルは言う。
「贔屓かもしれないけど……私としては貴方に無事でいてほしいの。研究対象だから」
「……最後の一言は要らなかったかな」
曖昧な表情でコールマンが溢すと、マーリエルははじめて明確に微笑みを浮かべた。その表情に、一瞬目を奪われる。
「ふふ。そう? じゃあもう一言付け足して上げる。無事でいて、アルトリウス。そしてまた貴方の演奏を聞かせてほしいわ。なんだか、胸が満たされるみたいで、凄く素敵だったから」
「――」
コールマンは虚を突かれた。
その、言葉は。その賛辞は、元の世界で――
「……えっと。そう、話を変えるけど、その演算補助宝珠にも名前があるわ。覚えておいて」
――友達の誕生パーティーで共演した時にも、あの少女に言われた。『胸が満たされるみたいで、凄く素敵だったわ』と。
やっぱりこの少女も、マリアなんだ。呆然とするコールマンに、マーリエルは照れ臭そうにそっぽを向いて言った。
「その子の名前は【ダーム・デュ・ラック・マーリン】よ」




