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虹色葬送  作者: タカミチ
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「あなたは気象学が専門でしたね。研究対象は虹ですか」

「きみは…虹について詳しいかね」


 意外にもすんなりと食いついてきたことに、虹浦は瞠目しかけて、なんとか堪えた。

 もっと警戒され、はぐらかされるのではないかと身構えていただけに、若干の拍子抜けは否めない。


「いいえ。一般常識程度しか知りません。それがどうかしましたか? 事件と関係が――」

「ぼくは子供のころから虹が大好きでね。自然現象なのに、不自然ともとれるあの七色に、強烈に引き寄せられる力を感じるんだ」


 取り調べ対象が急に語り出してしまったので、虹浦はその真意をはかりかねるも、曖昧に頷いた。

 とにかくやっと話をする気になったのだ。しばらくは付き合ってやるのもいいだろう。


「塗り絵とか美術の課題とか、とにかく絵を描くときは色を全部七色に塗りたくった。先生には散々怒られたものだ」


 昔を懐かしむように笑みを刷く容疑者の顔は、とても穏やかでやさしげだった。

 好奇心に逆らえず、たまらず虹浦は前のめりになる。


「全部? 建物も植物も人物も?」

「ええ。全部」

「それはまた…随分とファンタジーな絵づらですね」

「ふふ。だから坂本をもね、きれいにしてやったんだ。味気ないただの死体じゃかわいそうからね」

「…え?」


 SF風にたとえるなら、昔話から本題へ脈略もなく唐突にワープしたようなものだ。

 虹談義がもう少し続くと思っていただけに、不意打ちだった。

 虹浦は不覚にも容疑者に、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をさらしてしまった。


「その資料にも書いてあるでしょう。私と坂本とは高校の同級生だと。彼はクラスでもおとなしい少年でね、いわゆる不良グループから目をつけられ、いじめられていたんだ。いじめなんて、今と昔だと質が違うかもしれないけど、根本は同じだ。坂本は相当苦しんでた。もともと痩せ型だったのに、どんどんやつれていってね。あのみすぼらしさ、惨めさ…今でも覚えてる」


 古ぼけた換気扇がときどき不規則な回転音をさせて、冷たく回り続けている。

 その耳障りな音は、今の虹浦の耳にはまったく届いていない。

 篠田が被害者との関係を語るのは逮捕後初めてのことだ。いよいよこれは事件の核心に迫れる。そんな興奮を抑えきれず、無意識に身を乗り出した。

 青年の若さにか、篠田はますます笑みを深くする。久しく忘れていた教壇の空気をでも思い出したのだろう。言葉を噛み砕くように、丁寧に講義を続けた。


「ぼくはね、刑事さん。そんな彼を見てると、とてつもなく愉快な気分になったんだ。そして得も言われぬ恍惚感に浸ることができた。平たく言えば…エクスタシーさ」

「は?」

「彼を見ているのが好きだった。今思えば、彼のもがき苦しんでいる姿は、あの頃のぼくにとって最上級の甘露だったんだね。彼が惨めであればあるほど、ぼくは無関心の陰で、誰もいない暗闇で、心の中で、彼を介して無数の虹を描いた。わかるかい? 虹だよ。とてもとても美しい七色の奇跡だ」

「残念ながらさっぱりわからない」

「だろうね。坂本は優秀な媒体だった。おまけに彼自身も、やがては虹になれる美しい卵でもあった」

「…私には…理解できかねます…」

「当然だ。ぼく以外に理解されたくはない」


 きっぱりと拒絶の言葉を投げつけられ、虹浦は軽く打ちのめされた。


「篠田さん。あなたはいったい何を言っているのです」

「きみたち警察が知りたがってる殺人の『動機』ないし『理由』というやつだよ。知りたいんでしょう、刑事さん」


 諦観の中に楽しさを踊らせる――いや、ひょっとして逆かもしれないが――容疑者の態度は、虹浦を一層落ち込ませていく。非常に情けないことだが、主導権は自分の手から零れ落ちたことを認めざるを得なかった。

 しかし、犯行動機は明らかにしなければならない。若い刑事は自分の感情を腹の底に抑え込み、 素直に肯定してみせた。

 それに篠田は一瞬真顔になり、頷く。


「よろしい。では続きを」


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