今日からデビュー
よい大型連休を! 旧サイトからご愛顧いただいている読者様に捧げます。
ハッテン場に行こうと思う。
そう真面目な顔で言われ、俺はその言葉を理解すると同時にその決心を覆すよう発言した。
「危なすぎる」
まずはそれだ。
田舎から出てきた――若い男がそんな所に行ってみろ。いいように扱われて、散々な体験になるぞ。
元々俺は心配性だった。
だが高校から大学進学を機に東京に一緒に出てきて、仲が良い友人に、俺はとりわけ心配した。
「危ないよ」
「でも色々調べてさ。こことかどうかな。初めてでも大丈夫ですって書いてあるし」
「初めてNGって書いてあるところの方が少ないだろ、それ。いやちょっと見せてみろ」
俺は友人からスマホを奪い、暫くそのハッテン場のサイトを見た。
それはクラブのようで、男性限定、そして曜日によって破廉恥なイベントを実施している空間だった。
掲示板を見れば、はしたない言葉で煽っているメッセージが並ぶ。
俺はますます心配になった。
「危ないって。お前――初めてだろ? こういうのは何度も経験して、トラブルも回避できるテクを持った人間が行くところだって」
「じゃあ一緒に行こうよ」
ヤツも心細くはあったのだろう。
だがその言葉を俺は瞬時に却下した。
「俺はゲイじゃない」
友人にカミングアウトされたのは、大学1年の夏だった。
男が好きなのだと言われた。
俺はどうしていいか分からず、「気のせいじゃないのか?」と尋ねた。友人はその時、悲しそうな顔をして、首を左右に小さく動かした。泣くかと思った。
だが、その仕草を見て、俺は一生こいつの味方でいてやろうと思ったのだ。
「お前初めてだろ? こんな――遊ぶような場所でいいのか?」
「そりゃ俺だって」
友人は言った。
冷たくも見える涼しげな顔だが、実はおっとりしていて、あまり変わらない表情の下で、少女漫画のような恋を夢見ているのを俺は知っていた。
「でも無理だし」
「ンな事ないだろ?」
友人は格好いい。ゲイとしてモテるかは分からないが、女子にはモテる顔だ。
「……東京に来れば出会いがあるかと思った。仲間も多いかもって。でもやっぱり俺は俺のままで、踏み出せないし、人と仲良くもなれない。だったらいっそ――」
確かに友人は人とはしゃぐタイプではない。
俺と仲良くなったのも、受験で同じ東京に出るメンツだったからというのがきっかけだ。
「お前はそのままでいいじゃん」
俺は友人が好きだった。出来れば変わらずにいて欲しい。
俺が彼女にふられた時に静かに慰めてくれ、合格すれば騒がずとも嬉しそうに笑い、真面目にレポートや課題をこなし、俺が誕生日に奢れば、やすいファーストフードでも嬉しそうにお礼を言う、そんな友人のままでいて欲しいのだ。
「でもこのままじゃ」
友人が焦った口調で言うので、俺は重ねた。無理しなくても。
「無理しないと」
友人は俺が思った以上に煮詰まって苦しんでいたようだ。
もっと話を聞いてやればと思ったが、今からでも遅くない。俺は大丈夫だよ、と無根拠に言った。
「俺、俺だって」
「ん、」
「俺だって、セックスしてみたい」
――それは男なら誰もが思うであろう願いだった。
そうだ、友人はゲイというだけで、性欲がないわけではない。
淡々としているのでなさそうに見えるが、普通の男なのだ。
俺は改めて新鮮な思いに駆られた。そうだ、こいつも男なのだと。
性欲もあるし、性への興味もあるだろう。当然だ。
ただこいつは、自分がゲイで、俺とは――普通とは違うからと言う理由で、それを言わなかったにすぎないのだ。
「……」
でも、と思う。やはり大事な友人がハッテン場で、名前も知らない男とセックスをするのが初体験と言うのはなかなか受け入れがたいものだった。
幸せになってほしいのだ。
夢見がちな彼の理想通りに、出来れば付き合った、初めての彼氏とセックスをして愛情を交し合って欲しいのだ。
ベッドの上で、ハッテン場のトイレや廊下などではなく。
「そうか!」
俺はしばらくして友人の両肩をたたいた。
「え? 何?」
驚いて目を丸くする友人。
「俺と付き合おう! いや、大基。俺と付き合ってくれ」
「――は?」
眉間にしわを寄せ、低い声で言われ、俺は正直たじろいだ。だがここで怯むわけにはいかなかった。
コイツの身体を知らないおっさん(脂ぎっている。小手先三寸で初心な大基を手玉にとるのは朝飯前。甘い言葉を吐くが中身はない)に触られるが、俺が愛情を持って触るかの瀬戸際なのだ。
「タナカはホモじゃないだろ?」
「ホモじゃなくてゲイな。そう、ゲイじゃない。ゲイじゃないけど、お前は好きだよ」
「はっ!?」
大基の事を学びたくて、同性愛に関して調べた時、ホモではなくゲイというのが正しいと知った。
それ以来俺はゲイときちんと呼ぶことにしている。
「待てよ。だってタナカは俺なんて抱けないだろ?」
「んー。想像したらいけそうだよ」
「俺、つ、ついてるし!」
「俺もね。男だしね」
大基がかなりテンパっている。
それを目にして、逆に俺はどんどん冷静になった。
俺が大基と付き合う。
俺は幸せだし、大基は――幸せかどうかはわからないが、幸せにしたい。
「大基の好みじゃないかも知れないけどさ、俺にしときなよ。俺は浮気しないし、気心も知れてるし。あとは――」
俺は自分の持っているどうでもいいような事まで、大きな利点であるかのように話した。
大基はおろおろして、テンパりながら「だって」「でも」を繰り返している。
俺はタイプではなく、今まで微塵も考えたことがないのかも知れない。
確かに俺だっていきなり全く考えた事がない女子から告白されたら焦るだろう。「なんで?」と思うだろう。
だが、知らないおっさんに俺の大切な友人を無体にされたくない。
「ずっと大事にするよ。セックスも――男はしたことないけど、一緒に勉強する。絶対きもちよくさせ――られるかは分からないけど、頑張るし」
俺は頑張った。心配性のせいで、「絶対」とは言えなかった。でもこんなに熱心に口説いたことなどないくらいに頑張った。
「これからもそばにいるよ」
「本当?」
かすれた声で、大基が言った。
泣きそうな顔で、真っ赤な顔で震えていた。
「俺、お前しかマトモに友人いないし。お前、が、恋人になったら、で、もし駄目だったら、全部なくしちゃうし」
「ならない。大丈夫。根拠ないけど、そんな気がする」
絶対、とは言えない俺。
「俺、おれ、男なのに、夢見がちで面倒かも」
「知ってる。大丈夫。バイト代出たらみなとみらいのホテルに泊まろう。そこで山下公園を見ながら愛を語るつもりだ」
「馬鹿か」
お前元カノの誕生日もファミレスだっただろ、と大基は泣きながら笑った。
「それで振られたからな。失敗はしない。むしろあれは」
大基がファーストフードでも嬉しそうで喜んで食べていたから、それでいいのかと錯覚していたのだ。
「俺は結構、お前好みだと思う。顔は治せないけど、それ以外は」
「こっちのセリフだ」
「いやお前は結構イケメンだから」
ばか、と泣きながら笑う顔が可愛いと思った。
「うん、俺は間違えていない」
言った。間違えていないか心配だったのだ。だがこの笑顔を見れば、間違っていないことが明確だった。
大基は藁って「俺も夢みたいだ」と言った。