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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
第五章 俺、今、女子リア重
89/332

俺、今、コミケ中(二日目)

 そしてついにコミケ当日であった。今日は出店者のスタッフとして参加なので、長蛇の列に並ぶことなくスムーズに会場(ビッグサイト)に入場。下北沢花奈以外の斎藤フラメンコの面々とは少しぶりの再開となった俺であった。

 いや、少しぶりと言っても本の二週間かそこらのはなしである。俺が、ちょうど萌夏さん(パリポ)と入れ替わっていたぐらいの間である。でも、そんなわずかの間にまったく違った雰囲気になっていた、代々木と赤坂のお姉さま二人であった。

 俺は、そのほんのちょっと前のことを思い出す。

 けっして嫌いあっていたとかではないのだが、どうにも微妙な感じであることはいなめなかった三人。共同で始めた斎藤フラメンコというペンネーム——サークルだったが、圧倒的な才能の差を見せつけられていつの間にか描くのをやめてしまったお姉さまがた。

 正直、二人には、下北沢花奈にねたみややっかみのような感情もあったと思う。

自分たちがマンガを描けなくなった原因である圧倒的な才能が身近に居続ける。それは自らの卑小さを常に感じ続けるということなのだ。

 それが、少なくとも楽しいことのはずはない。そして、それを察した下北沢花奈側の妙な遠慮や気遣いも、三人の関係をどんどんと微妙なものにしていったのだったろう。

 しかし、決して離れることだけはしなかった三人は、俺が入れ替わった時の様々な事件もあって、新たな関係をつくりだした。

 もやもやした感情も昇華して、より強く本当の気持ちをぶつけ合える強さを得た新生斎藤フラメンコの面々。

 そして、二週間。三人はまるで変わって見えた。いや、一見ここが変わったと指摘できるようなところはない。下北沢花奈は、相変わらず控えめなおどおどした様子だし、代々木さんは色っぽく包容力があるお姉さまに見えてどこか挙動不審だし、赤坂さんはハツラツ爽やか美人に見えるがちょっと心が弱そうな感じ。

 そういう意味では元のままであった。ほんと、何か俺が明確に言える様な三人の変化はない。

 ——でも変わった。

 それが本当の変化なんだと思う。三人は変わって見えない、そのままの三人なのに、変わった。自分のままで変わった、それが本当の意味での「自分」が変わることなんではないかと俺は思うのだった。

 俺は、そんな三人の姿を感慨深げにじっとみつめてしまうのだったが、


「あの? どなたですか?」

「——!」


 コミケ会場前、斎藤フラメンコのブースの前で立ち止まり、じろじろと眺めていた俺。

 あ、そういえば今は生田緑だったんだ。

 入れ替わりの事情を知る下北沢花奈には事前に一昨日あっているが、残りのふたりには事情説明するわけにもいかず、今日初対面なのであった。

 そんな俺ーー今は生田緑ーーがブースの前で斎藤フラメンコの面々を注視していたならば、いったい何者なのかと思われてもしょうがないだろう。

「あ、俺……じゃなくて私は」

 慌てて代々木のお姉さんに名乗ろうとしたところ、

「この人が言ってた生田さんだよ」

 下北沢花奈の助け舟が入る。

「え、この人? 隠れガチオタで、懸想してくるパンピー男撃退したいので協力することになってる人」

 どうも今日の話は下北沢花奈からちゃんと通っているようだが、現れた生田緑に意外そうな顔の赤坂お姉さま。

「なんか、そうはみえないわね。もっとクラスリア充の女王って感じの雰囲気で……この人だと思わなかったわ」

 適確な人物評価の代々木おねえさまだ。とはいえ、中に入っているのが俺だから、

「言われてみればどこかオタクっぽいような感じも……」

「ともかく(みどり)も含めて、今日はよろしく頼みますよ!」


「「「「!!!!」」」」


 俺達が話し込んでいる間に現れた喜多見美亜(あいつ)に驚愕の俺を含む残りのメンバーであった。

 というのも、魔法少女のコスプレ姿でやってきたのだった。最近、酷薄ホムンクルスからジョブチェンジした小学生魔法少女——例のやつであった。あいつが最近はまってるらしいアニメの主人公。「それはもともとエロゲーのキャラだぞ」と言ったら「そんなわけはない!」と烈火のごとく怒りだした、随分と思い入れがあるらしいキャラのコスプレであった。

 事前に何も打ち合わせていなかったのでびっくりしてしまったが、コスプレで今日は売り子を手伝おうということのようだった。

 つまり、コスプレ売り子であった。

 殺伐とした戦場(ブース)に咲く花、コスプレ売り子である。

「どうかな? 売り子はコスプレの方が良いってネットで見たんで……」

 コスプレ売り子がいると売上に貢献すると聞いた喜多見美亜(あいつ)は一念発起。あいつなりに結びつきもだいぶ強くなっていた斎藤フラメンコのみんなのため、魔法人造人間小学生学生の衣装でやってきたというわけ、とのことだった。

 まあ、こいつなりに思うところがあったのだろう。いつぞやの秋葉でコスプレ衣装の値段を見て目を回していた時のこいつからは考えられない、しっかりとした布と縫製のずいぶんと高そうなのをあつらえてきていた。

「ふふん……!」

 俺の感心した目に気づいてドヤ顔になる喜多見美亜(あいつ)

 まあ確かに、これはがんばった。褒めてやらねばなるまい。

 そして、その姿はもとが俺の体と思えないほど——様になっていた。

 今俺の体占有する喜多見美亜(あいつ)は、女装して動画投稿サイトに踊ってみたを投稿して大人気となっている「ゆうゆう」という踊り手の正体であったのだった。あいつ=俺の体は、今や可愛い男の()としてネットで大人気なのだった。

 喜多見美亜(あいつ)が、体が入れ替わってから、その腕を落とさないようにと俺の顔に始めた化粧。あいつが俺の体に入っても習慣で続けた、過度なくらいのジョギングでぷっくりしていた俺の体を絞りに絞ったのもあって、なんだか思ったよりも化粧の出来栄えが良かったからと、喜多見美亜(あいつ)は体の持ち主の俺になんの相談もなしに、勝手に女装して躍ってみた動画を投稿しはじめてしまっていたのだった。

 まあ、そんなゆうゆうの正体は向ヶ丘勇であるということは、今やクラスのみんなにもバレて、あいつ、というか向ヶ丘勇はぼっちでオタクなだけでなく女装して動画投稿を行う変態だということで俺の評判はもう高校生活を通じて取り返しがつかないところまで落ちてしまっていたのだが……。

 まあ、多くは語るまい。バラすことを指示したのは、俺自身なのだから。百合ちゃんの一件を解決した為にやったあの河原でのイベント、思い返せはあれからいろいろあったよな。

 と、なんとも濃ゆい数カ月の出来事が、心の中を走馬灯のように駆け抜けて、

「生田さん? 大丈夫?」

「は……はい」

 いろいろと思い出して、思わずぼうっとしてしまった俺であったが、

「では、あらためて、——緑と一緒に今日はがんばります!」

 周りのブースの人たちが振り向くくらい元気よく叫ぶ喜多見美亜(あいつ)と一緒にぺこりと頭を下げるのであった。


 そして、その後、熱中症対策にと麺つゆの1リットルペットボトル二本も持ってきた喜多見美亜(あいつ)にみんな呆れたり、俺が生田緑(いくたみどり)としてあらためて自己紹介していたりしているうちにいるのまにか開場の時間。

 実は今回は壁サークルになっていた斎藤フラメンコに、怒涛のように押し寄せる人の波。

 斎藤フラメンコは元々大ブレイク間近と、同人界で評判が高かったのに加えて、今回の作品は一味違うとネットにちょとあげた冒頭部分で話題になり、あっという間に長蛇の列。

 周りのサークルも同じ様に列が伸び、喧騒に飲まれる場内。


『フフフ……この風、この肌触りこそ戦争(コミケ)よ!』


 と俺が、偉そうにとても三十五歳に見えないジオン軍の大尉の言葉を心の中で(うそぶ)くが、


「……はい! ありがとうございます!」

「はい! どうも!」

「はい! お釣りです!」

「はい!」

「いらっしゃい!」

「またお願いします!」

「あっ……それは在庫なくて……来月刷りますんで」

「いらっしゃい!」

「ありがとうございます!」


「「…………」」


 始まった戦争(コミケ)の、あまりの人々の勢いになすすべもなく立ちすくむ喜多見美亜(あいつ)と俺。


「……(チラ)」

「……(チラ)」

「……(チラ)」


「「は、はい! 在庫だしまーす!」」


 いつもは穏やかな斎藤フラメンコの三人に、打って変わってまるで人を殺せる様な鬼気迫る目で睨まれて、慌ててブースの後ろのダンボールを開け始める俺たち。

「——もう一箱出して!」 

「はい!」

「旧作もならべて!」

「はい!」

「足りない!」

「はい!」

「グッズ!」

「はい!」

「サイン!」

「へ?」

 なんだか「ゆうゆう」のファンの女性にサイン頼まれてる喜多見美亜(あいつ)

 は、置いといて、

「在庫!」

「はい!」

「在庫!」

「はい!」

「在庫!」

「はい!」

「在庫!」

「はい!」

「在庫!」

「はい!」

「完売!」

「はい!」

「完売!」

「はい!」

「完売!」

「はい!」

「完売! 完売! 完売!」

「はい! はい! はい!」

「完売! 完売! 完売! 完売! 完売!」

「はい! はい! はい! はい! はい!」

「完売! 完売! 完売! 完売! 完売! 完売! 完売でーす!」

「は……い? 売り切れ?」


 周りで沸き起こる「おめでとう」の歓声。

 気づけばあっという間に、斎藤フラメンコの同人誌は売り切れてしまったのだった。

 始まってわずか一時間ちょっとくらい?

 呆気ないと言うか、慌ただしく無我夢中でさばいているうちに、いつのまにか完売?

 こうして俺のコミケのブース初参加は終わった実感もないほどの慌ただしさの中で終わり、


「あっ……」


 そして、ちょうどその時、スマホに入るSNS。例の渋沢家のおぼっちゃんがもうすぐ国際展示場駅に着くと言う連絡であった。

 そう、それは、今、一つの戦争(コミケ)が終わり、俺のもう一つの戦争が始まる、その合図なのであった。


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