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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
第五章 俺、今、女子リア重
84/332

俺、今、女子結果待ち中

「で、どうだったのよお見合いは」

 俺は、という喜多見美亜(あいつ)の質問に答えて言う。

「ああ、さすが高級ホテルの日本食、すごい料理美味しかったよ」

「はあ?」

 おお、あいつのびっくりしたような顔が心地よいぜ。羨ましいだろ。

「たとえば、最初の椀物の絶妙な出汁加減。それが、具の、丁寧に包丁が入ったハモのすり身の旨味を最大限に引き出して、お吸い物ってこんな美味しかったんだって、お茶漬けの元におまけで入っているインスタントの松茸のお吸い物しか知らない俺には、まさしく衝撃的だったね」

「……そうじゃなくて」

 ああもちろん、料理は椀物だけではないよ。その後もぞくそくと美味しい料理が続いたんだよ。

「お刺身も、あんな新鮮でぷりぷりした鯛の刺身なんて食べたことない。スーパーの半額刺身とはもう見た目からして違ってたね。で、あとはタチウオとイカの刺身だっていうから鯛にはかなわないだろうと思ったらさにあらず! どちらも濃厚な味がして、鯛よりむしろイカの方が美味しいくらいだったよ。やっぱり、市場直送とかふぁと違うのかね?」

「…………」

 おお、無言になった。羨ましくて言葉も出なくなったか?

「その後の牛の和風ステーキも当然A5の……松坂牛かと思ったら前沢とかいう場所の東北の牛さんらしかったよ。それもドライエージングとかいうので熟成させてるとかで、噛み締めるとぎゅっと口の中に染み渡る旨味の大洪水。もうここは天国かと思ったよ」

「…………それで?」

 ん? なんだか、自分が食べてない美味しい料理の話に、ちょっとキレ気味のあいつだが。そんなジェラシーを向けられたら……へへ、もっと自慢したくなるな。

 なにしろ、

「でも、上品な店だから牛肉はちょこんと少ししか出てこないじゃない? ちょっと食べ足りないなと思ったら、見合い相手のお兄さんの他は年寄りばかりだからみんなそんな美味しそうに食べるなら肉をあげるって三皿ももらって……」

「それ、みんな食べたの?」

 ふふ、驚愕しろ。

「もちろん! みんなもう肉はきついっていうんだから、もったいないじゃないか。残しちゃたらせっかくの牛も浮かばれないよ」

「…………」

 また言葉もでなくなったなリア充め。

 安心しろ。まだまだ続くぜ。

「——で、次の鮎の塩焼きも負けないくらい美味しかったけど、その箸休めのよもぎの餅も美味しかったな。中のあんこと少し焦げた皮のよもぎの香りが絶妙で。で、これで味覚がリセットされたあとの最後の鯛茶漬けで炭水化物も取れてお腹も心も満腹になって、ほんと素晴らしい食事だった。でも……」

「……でも?」

 ああ、今回唯一の残念な出来事だ。

「デザートで出てきた最後のメロン。まあ、これはこんなもんか、ああメロンだなと思って食べたんだけど、——あとで単品の値段をメニューで見たら二千円もするじゃないか! どんなすごい果物なんだよと、もっと味わって食べればよかったと悔やんでしまったね」

「…………!」

「まあ、メロンをぱっくり食べてしまったのだけが心残りだったけど……とても美味しい食事だったよ!」

「…………⁉︎」

「まったくこんな食事がたべられるなんて体入れ替わりも悪いことばっかじゃないね。ほんと機会があればまたお願いしたい。ほんと良い食事……ん?」


 俺は昨日の食事の話を、羨ましいだろうと自慢げに喜多見美亜(あいつ)にしているだけなのになんか場の雰囲気が、とても悪くなっているのを感じる。

 あいつの後ろの生田緑(イン・ザ・喜多見美亜)の目つきもなんだかずいぶんと厳しくなっている。


「「…………」」


 無言で睨んでいる二人の圧力に俺は、


「……ん? 食事……じゃなくて?」


 声がだんだんと弱々しくなるが、

「食事? 昨日あんたは何しに行ったの」

「食事? でいいよね?」

「ただの食事?」

 ああ、そうか。

「……もちろんただの食事じゃないな」

「うん。わかってればいいのよ。大事なこと忘れたのかとおもっちゃった」

 そうだよな。あれは特別な食事だった。

 俺はそれを忘れるわけはない。

 何しろ、

「——とっても美味しい食事だった」

 と俺は自信満々で二人に向かって満面の笑みで言うのだったが、

「じゃなくて……」

「じゃなくて?」

 猛獣のような目で俺を睨む二人は、一瞬無言になったあと、


「「見合いだああああああああああああああああああああああああ!」」


 ユニゾンで怒鳴なるのであった。


   *


 というわけで、喜多見美亜(あいつ)と生田緑に叱られて「ほらあんたそこ正座」状態の俺である。

 場所は多摩川の土手。その中段のコンクリートのゴツゴツした凸凹の上にひざまずき、これで膝の上に重し載せられたら江戸時代の拷問かという状態であった。

 まあ、もちろん、俺は今、生田緑の体に入っているわけだから、そんな大事な嫁入り前の女子の体を傷物にしてしまうようなことをされるわけはないが、仏頂面の二人から()しかかる重圧に、俺の心はこのままぐしゃっと押しつぶされてしまいそうであった。

 時間は朝の六時。今日も日ののぼる前から始まったじいさんとの朝行を終えてやってきたいつもの河原。喜多見美亜(あいつ)が、槍が降ってもどころか、世界が終わっても欠かさなそうなくら執心の、朝のジョギングに合わせて集合した俺たちであったが、昨日の食事……じゃなくて見合いの報告をしているうちにどんどんと機嫌が悪くなってきた二人に、俺は理不尽に責めたてられているのだった。

 いらいらした様子の生田緑と、呆れ顔の喜多見美亜(あいつ)。二人ともずいぶんとピリピリしている。というか怖い。ほんと、特に女帝——生田緑は体が喜多見美亜に入れ替わっても変わらない迫力なのは勘弁してほしい。俺は、今、その女帝の体の中にいるのにまったく対抗できる気がしない。やはり彼女の強さは心なのか。と、どの体に入っても変わらない女帝の凄みにビビる俺であった。

 まったく、それもそのはずだよなと思う。

 入れ替わって見て初めてわかったクラスの女帝——生田緑の事情。あのじいさんに毎日精神を鍛えられてたらこんな女傑も生まれるよな。とか思いながら、俺は目で射すくめられているこの状況からなんとか逃れる(すべ)を模索する。

 まあ、確かに俺も悪かった。

 見合いという大事な話を請け負ったのに、食事が美味しいとかいうのばかり喋ってた俺は迂闊だった。いくら、本気で美味しかったのだ! とはいえ、こいつらがピクッとくるのもわかる。

 俺が食事にかまけて、大事な件を忘れてしまってないかと疑っているのだろう。

「あんた、ちょっとは反省したみたいだけど……大丈夫だったの? ちゃんとやった?」

 やはりそう言うことだった。難しい顔して下を向いてる俺を見て喜多見美亜(あいつ)が言う。その様子が、失敗して反省でもしているように見えたのか、ちょっと不安そうな口調だ。

 でも、安心してくれよ! よく見れば、気づくはずだ。俺(生田緑)の口元が少しニヤリとしていることにね!

 心配はご無用。名誉挽回はこれからだ。

「それは……」

 でも、話しかけたところを、

「せっかくの機会だから食事を楽しむなとは言わないけど……見合いの方はどうだったのかしら? ちゃんとめちゃくちゃにしてくれた?」

 質問に割り込んできた女帝に問われる俺。

 そして、

「……もちろん」

 とまた俺が女帝に話しかけたところに、

「それは逆に心配してないけどね。あんたが普通にそんなハイソな会合に入ったら浮きまくって絶対失敗ばかりしてしまうでしょ」

 こんどは喜多見美亜(あいつ)が割り込んで来て、

「…………(ニヤリ)」

 もう、話させてくれないので、表情で答えをかえす俺なのであった。

 ふふ。

「何? そのドヤ顔……?」

「その自信ありげな顔——やったの?」

 もちろん、

「当然さ——見事に……」

「「……見事に?」」

 俺は、もったいぶったような笑みを浮かべながら言う。


「ふっ! 良縁ゲットだぜ!」


「「ふざけんなあああああああああ!」」


   *


 今朝二回目のユニゾンでのお叱りの後、正座が継続の俺であった。

 いや、俺も行く前は流石に高校生で見合いはないだろ。ここで人生決まっちゃうのは人ごととはいえかわいそう……かどうかはともかくとして本人も望んでないのならないだろう。と思って会食先のホテルへ向かったわけだ。

 でもさ、相手の男の人は本当に良い人だったんだよ。

 家柄、容姿、学歴も良い上に性格も最高。

 気遣いもあの場だけのフリなんかじゃないことがしっかりとわかる真摯な対応。

 人間、相手の言葉とか態度とか見てれば、その人のことわかるもんだよね。少なくとも、こいつはやばい、というのはわかる。

 やっぱ、人の本質ってなかなか言葉や態度から隠せないって思うんだよね。

 でも、そういう「あれ?」ってのがあの御曹司には全く感じられなかった。

 ——もちろん人間は神様じゃないので、完璧な人なんていないと思うけど。

 その完璧じゃないのを真摯に反省して直していっていそうな人っていうか……。

 いや、誤解しないでくれよ。

 いくら、今は女の体の中にいる俺だといっても、男を異性的に好きになったとかじゃにからな。俺そう言うの全くないからな!

 でもさ……。

 ——だから冷静に見れると思うんだよね。

 あのイケメンが持ってる異性への魅了(チャーム)の力に抵抗(レジスト)して、本当の人間力をあからさまにする。

 そして、それは、——稀に見る良縁であると俺は思った。

 女帝はこれ逃すべきじゃないよ。

 どうせ、あの人をことわっても別のをどんどんあてがわれるんでしょ。

 この後、どんなゲス野郎がくるかわからないんじゃない。

 親の威をかるいけすかないクズとか、生田家との縁談は政略の一つにしかみないおうな冷血漢とか、どんなのがくるかわからない。

 そういうううに思えば、今回の敬一さんで決めとく——まで行かないでも検討してみるのは悪い話じゃないんだと思うんだよね。

「……相手がそんな悪い人じゃなかったっていう、あんあたの見立ては信じるとして……そう言う問題じゃない。わかる?」

「…………」

 わかる? と言われても、なにがわからないといけないのかが、……わからん。

 俺もさすがに、いくら良い人そうだからといっても、生田緑の意に沿わない相手を無理やりくっつけようと思ってるわけではない。

 彼女の意思が何よりもまずは大事だろうってことはわかっている。

 でもさ、もったいないじゃない。

 せっかくのいい男捕まえるチャンスだぜ。

 ——あ、俺がじゃないよ。

 生田緑がだよ。

 そこを間違わないでね。

 って、誰に念押しているんだってのはおいといて……。

 昨日の見合いだって、こいつらが散々やっている合コンと変わらないじゃん。

 結局、いろんなツテをたよっていい男探しているってことだろ。

 いっしょに食べて騒いで話しして、自分に会う人を探している。

 昨日のは、そのちょと堅苦しくてハイソっぽいやつだったって考えればいいんじゃないか?

 ……だから、

「ええ、決めたわけじゃないって言い分もわかる。せっかくの機会だから、もうちょっとそのおぼっちゃんと会って見てから判断すれば良いだろうって言いたいんでしょ?」

 喜多見美亜(あいつ)の言う言葉に首肯する俺。

 なんだ、お前だってわかってるじゃないか。

 ——そうすりゃいいじゃないか。

 女帝だっていままで合コンした相手と連絡先交換したりしてるじゃないのか?

 それと同じだよ。

 まだ彼氏みたいな決まった相手はいないと思うが、何回か向こうの企画の合コンに呼ばれて会って見たりした相手もいたはずだ。

 あるいは、次の合コンで別の仲間連れてきてもらったりね。

 そう。昨日の見合いからだって、そういう広がりができるじゃない?

 類は友を呼ぶじゃないけれど、やっぱり人って似たようなのでつるむよね。

 今回のおぼっちゃまを女帝が気にいらなかたっとしても、そのお友達で合う人がいるかもしれないじゃない?

 こいつらがいつも合コンで連れてくるような騒がしい男たちに比べたら、昨日の人の仲間の方が何倍もましそうだよ。

 今後のためにもつながりを作っておいた方が良いんじゃないか。

 俺はそんな風に思ったのだった。

 それに、和泉珠琴(いずみたまき)だって、良い人脈見つけたって喜ぶとおもうぞ。

 いや、むしろ目の色変えて、「あのイケメン貴公子のお友達を紹介して!」って騒ぎ出すことに百万円……はちょっと怖いが百万ペソくらいならかけてみてもよいくらいの自信はある。

 喜多見美亜(こいつ)だって、今は俺——向ケ丘勇の体の中にいるから関係ないが、元の自分の体に戻ったあかつきには、良い人脈ができてた方がいいだろ?

「……ああ、あんたほんと分かってないわね」

 少し嘆息交じりの喜多見美亜(あいつ)の言葉に、俺はなぜかいろんな意味を感じ取ってしまったが、

「……ともかく。そういうことじゃないの」

 それは女帝の重々しい言葉でたった一つの意味に収束する。

 その意味は?


「大失敗だったわ」


 嘆息ととも俺は女帝とあいつに諭される。

 学生同士の気軽な合コンなんかと違う今回の見合いは、家と家のメンツがかかったもので、気軽に今後良いことがありそうだからキープしておこうかとか言った軽い気持ちで相手に対応して良いものではない。

「あなたなら……きっと分かってくれてるとおもったけど……」

 なんだか、俺がいつの間にか女帝に信頼されていたのにはびっくりだが、信頼されていたからこそ落胆も大きいようだ。

 女帝はがっかりした表情ながらもドスの効いた声で俺に言う。

「あれ……は、そう言う気軽なものじゃないの」

 俺がお気楽にじいさんに伝えた、御曹司には今後も会って見たいという言葉は、生田家と渋沢家という二つのごつい家系どうしの間では、ある意味後戻りができない意味を持ってしまう。

 もし、相手のイケメンも生田緑のことを気に入って会いたいと言ってきたならば、

「——もう逃げられないのよ。ちゃんと話してなかった私もわるいのだけれど」

「…………え」

 やっとやらかした事態にきづき、汗をどっとかきながら沈黙する俺であった。

「「…………」」

 他の二人も難しい顔をして、何か言いたいことを我慢するかのように口をぐっと強く閉じる。

 しかし、その沈黙に耐えきれずに話し始めたのは喜多見美亜(あいつ)

「だ、大丈夫よ、緑。こいつよ。こいつのことだから……きっと食事中に大失敗いろいろやらかして、相手も真面目に相手しようとなんか思わないに決まってるわよ」

 確かに、食べ物ぼろぼろこぼしたり、箸も二回ほど落として取り替えてもらったり、魚を手づかみでほぐしたりして、じいさんの顔がかなり厳しくなっていたが……相手の家族は「もっときついお嬢さんかとおもっていましたがユニークでおおらかな方なのですね」って好評だったのだが。

「はん……そんなのお世辞にきまってるでしょ。会食の席でバカにできないから、等回しに『お前は変だ』って言ってるに決まってるでしょ。オーケー。緑、大丈夫よ。やっぱあんたに任せて正解だったわ。向ケ丘勇は、自然体での縁談クラッシャーよ。ナチュラル・ボーン・ディバーサー。うん。大丈夫。大丈夫」

 なんだか、随分と必死に良縁成立を否定する喜多見美亜(あいつ)

 うん、俺も、あんなハイソな見合いの席に庶民が投げ込まれて普通に行動すれば普通に断られるよな、って思う。

 俺の昨日の振る舞いはきっとそんな感じのものだったと思うのだった。

 だが、予感があったのだった。

 俺は——たぶん喜多見美亜(あいつ)も——なんとなくイケメンの家族からの返答が、「そう」なるんじゃないかと思っていた。

 もしかしたら、体が入れ替わってからが長い俺たちにの間では、言葉にださなくても、それが以心伝心で伝わっていたのかもしれない。だからこそ、あいつもそんなに、まるで不安を払拭するようにしつこく否定をしたのかもしれない。

 なんとなく、相手が俺が言った申し出を受けるんじゃないか?

 あのイケメンも生田緑と会いたがるんじゃないか、って。

「あっ……」

 と、思っていたちょうどその時、生田緑のスマホが震えて入ったメール。

 送り主は、じいさんの秘書。

 もちろんその内容は、渋沢家からの昨日の見合いの回答。

 それは、


『ぜひ緑さんともう少しお話ししたい』


 と言うものであったのだった。


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