俺、今、女子的パーティエンド
経堂萌夏——パーティーピーポー編終了です。みなさま、ご愛読ありがとうございました。
そして、次は前の下北沢花奈編の引きで出ていた、あの人に入れ替わった主人公は……
まだまだ俺——向ケ丘勇の苦難と成長は続きます。ぜひ今後もよろしくお願いします。
もう一週間近くも前になる、表参道でガールズバンドのプロモビデオ制作に参加したあの日。撮影が終わった後、その日もストーカーのように後をつけていた従兄は、俺が先に電車を降りると、喜多見美亜らに従妹とのとりなしを頼んできたという。
まさか、今、その頼んでいる等の本人が、目の前の女子高生の中にいるなんてつゆ一つも思うわけもなく、彼は従妹とのこじれてしまった関係をほぐす緒だけでも、なんとか見つからないものかと、藁にもすがる気持ちで声をかけた。ということだった。
その後、他より話しやすかったんだろう、男子高校生である俺——中身は喜多見美亜を——窓口に作戦を共有して、この野外パーティに付いて来た従兄。
彼は、俺が萌さんの中にいてただパーティを楽しんでいた間、生田緑や和泉珠琴にドリンクあげたり荷物運んであげたり。俺(イン・ザ・萌さん)とよし子さんが知らないところで地味で地道な活動をしていたようだ。
それは、二人の好感度を上げて、俺が萌さんとして従兄を罵倒、追い詰めた時に弁護してもらおう、そんな作戦であったのだが……。
「結局——私たちの作戦なんてあんまり意味なかったのかもしれないね。好感度あげに、いろんな小細工したけど」
実は、このパーティに来てから、喜多見美亜が建人氏と密かに連絡とりあって、リア充JKコンビが困っている時に助けてあげたりできるようにしたり、したりいろいろ動いていてもらっていたのだった。
でも、そんな俺らの小細工をぶち壊す萌さんの行動。
俺が、従兄を罵倒しているとき、喜多見美亜が『いや、この人そんな人じゃないんじゃないか』とか弁護を初めて、リア充JK二人にもその味方に入ってもらう。事前に打ち合わせていた、そんな作戦が、想定外のビンタで全部吹き飛んでしまったのだった。
で、そのビンタの後、体入れ替わりのことは知らない従兄からすれば、萌さんが女子高生にいきなりビンタされて、何事が起きたのかとあっけにとられていた。
俺は、これじゃ考えていた作戦の遂行は無理だなととっさに判断すると、とりあえずこの場はリセットしなきゃと、従兄にはその場から去ってもらうように告げ、何が起きたかわからず混乱しているみんなの隙をついて萌さんにさっと近づくと、後でこの件をちゃんと話す約束を小声でした。
その後、わけがわからないまま、とりあえず踊り始めたみんなは、会場の熱狂に溶け込むうち、さっきの従兄との騒ぎはなんとなく忘れて楽しんでいったようだった。
だが、俺はどうしても消せない、モヤモヤした気持ちをごまかしながらの数時間がたった。もしかして、萌さんも同じ気持ちなのではと思いつつ、目の前で楽しそうに踊る喜多見美亜としてのその姿からは伺うことはできないまま……。
そして、気づけば、もうすっかり夜の野外パーティ会場は、今回が初来日とかいう大物海外DJの順番で、今までで最大の盛り上がりをみせていた。会場中の人々は、皆、メインステージとなる広場に集まって叫び、踊り狂っているようだった。
そんな、今回のイベントのクライマックスの最中、俺と喜多見美亜は、その喧騒からちょっと離れて森の中に入り、もう一人の待ち人が来るのを待っていたのだったが、
「あっ、萌さん」
「…………」
無言で、闇の中から突然、俺たちのいる街灯下に現れたように見えた喜多見美亜——萌さんだった。
「私……話さないといけないことがある」
萌さんは、意味ありげな深い首肯をすると言う。
「それは、従兄のことですよね」
もう一度首肯する萌さん。
萌さんは、彼女なりに考えた結論を俺につたえるつもりなのだろう。
それは、きっと肯定的なもの、少なくとも悪い方向に動いたものじゃないと俺には思えた。
従兄をかばったあの行動、そしてその時の表情。あれを見ればわかる。
萌さんは、自分の過去に向き合い、その過去と何らかの結論を出したのだろうと思えた。
トラウマ。従兄が自分をレイプしようとしたという事件は、彼の言うように、誤解から始まった不幸な事故だと、少なくとも可能性としては考えても良い。そんな風に考えているのでは? と俺には思えた。
しかし、それはまだ偽の過去。偽の過去から始まった萌さんのねじれた青春は、このままではまだねじれたままになってしまう。
だから、俺は、言わなければならない。
「……萌さんに、今の気持ちを聞かせてもらう前に、俺が、同じ男として建人の評価を語っても良いですか?」
「……?」
決心して話しかけた出鼻をくじかれて、少しキョトンとした感じの萌さん。
「あの人は、悪い人ではないどころか……とても良い人だって思いますよ。今回、先入観なしに彼のことを見たはずの生田緑と和泉珠琴の二人に、さっき印象を聞いて見ましたが、同じ評価でした。さすがに『襲った』というのはレイプのことだと思われると判断が歪むだろうから、子供の時のケンカの話とごまかしておきましたが、……合コン重ねてロクでもない男子を見分ける高精度センサーを持っている二人の評価は、俺は信用しても良いと思ってます。萌さん。あなたの従兄はとても良い人だと思いますよ。でも……」
俺は、一度声を止め、一瞬目を伏せた萌さんがもう一度顔をあげるのを待って言う。
「嘘をついていると思います。あなたの従兄は、あなたを襲うふりをしただけ——それは事実とは反すると思います」
「えっ!」
俺の言葉に、びっくりしたような表情になる喜多見美亜。
「——それって、あの建人さんが、萌さんを本気で襲ったって言いたいの? そんな人じゃないって……さっきも二人で話してたじゃない。突然何を……」
もっと言葉を続けたそうな喜多見美亜を手で制しながら、俺は続けて言う。
「……そんな人じゃなくても、本当に襲おうと思ってしまっていたんじゃないか。俺は思うんです。妹みたいな関係だったっていっても、あなたは従妹なんです。日本の法律で結婚が禁じられていない。そんな関係なんです。従兄の方で、そんな欲望が出て来てしまっていてもおかしくない。フリだ、冗談だと、自分の心をごまかしていても、本気であなたを女として好きになってしまったあの人は、その時、やっぱり本気であなたを襲おうと思ってしまったのではないかと思います。——でもだからです。だから俺は、あの人を信じてあげても良いのではないかと思うのです」
俺がいったい何を言っているんだといった表情になる喜多見美亜。
「待って! つまりあんたは、あの人が萌さんをやっぱり襲おうとしてたって思ってて、その上であの人を信じるっていうの? 同じ男として? ちょっと意味がわからないんだけど」
喜多見美亜は、ちょっと怒り気味に食ってかかってくるが、まあ少し待てと言うように、あいつに軽い目線をくれてから俺は言う。
「男として、萌さんみたいな人を前にして、欲望を持たない人なんていませんよ。それを俺は否定しません。いくらヒッキーのオタクで、面倒ごとが嫌いで人と触れ合うよりも趣味に没頭していたい俺だって、そんな欲望は絶対あります」
「いや、むしろ強いんじゃない……ハードディ……」
「——つ、お前はちょっと黙ってろ」
俺は、どうも実は、こいつにコピーされた俺のPCのハードディスクの中身がもう見られているんじゃないか疑惑に少しあせりながらも、言葉を続ける。
「……これは俺の想像だし、その時の、本当のことは萌さんにしかわからないですが。——そんな衝動を思ってしまうのは男としてしょうがない。それは絶対に彼はもっていた。そしてつい体がうごいてしまった。……でも、彼は踏みとどまった。萌さんを本当に襲う前、萌さんがパニックになって暴れる前に、彼は、——やめていたんじゃないですか?」
「…………」
萌さんが俺の言うことに少し考え込んだような表情。
「あなたと二人っきり。彼の体は思わずあなたを襲おうと動いてしまった。それは、心の中だけでは止まらなかった。でも、その動きはあなたの拒否の前に止まっていた。彼は、あたなへの愛を、——いや欲望を抑え込む理性がやはりあった。しかし、パニックになったあなたは、それに気づかずに、彼が本気で襲おうと思ってしまった。——俺はそう思っています」
そして、——沈黙。
萌さんは、顔をもう一度伏せ、その表情はわからない。
あれ?
俺は、その沈黙の長さにちょっと心配になる。
従兄は、自らが萌さんを襲うのを踏みとどまった。きっとそうであったと思って、こういう弁護にしたのだが、——もしかして違ったのかな?
従兄は本気で萌さんを襲おうとした。萌さんは、思い起こしてみても、——そう考えちゃったってことかな?
「ちょっと、萌さん……」
そんな風に不安に思った、俺は、もうちょっと弁護をつづけようと萌さんの顔を覗き込むように子を下げるが——。
「えっ!」
——チュッ!
俺は、体入れ替わりの時の、自分が誰なのかわからなくなる、めまいのような感覚を感じ、くらっと倒れそうになるのを足を踏みだして防いだら、
「あれ?」
俺は戻っていた。喜多見美亜の体に。
目の前にいるのは——萌さん。
元の体に戻った彼女は、やさしく微笑みながら言った。
「うん。これを言うのは。自分の体に戻らないといけないと思ったからね。——突然でびっくりしちゃった? 突然キスされて、元の体に戻ってしまって?」
「いえ……」
いや、びっくりしたが、
「ごめんね。でも、人の体借りて言っちゃ嘘になる。そう思ったんだ。私の、罪を認めるのに、人の体で言っちゃズルいからね」
「罪?」
「そう。罪よ。あなたの言う通りよ。もちろん建人のあの時の行動は軽率だし、冗談で済むような話ではないけれど、過剰反応して事態を酷くしたのは私のせい。——それがあなたの言ったことでしょ?」
「あ……はい……」
確かにそうだな。少女時代のトラウマの原因に自分だと、——罪を認めろと俺は言ってるわけだな。冷静に考えると俺ひどいな。
「でも……そんな申し訳なさそうにしなくてよいわよ。本当のことだもん。今思い返して見ても、あの時、ルーちゃんは私の体に触れさえもしない。なんか動き出したその瞬間に、私が思い込みで、騒いで収まりがつかなくなった。そんな感じだったって思うもの。でも、本当の罪……自分の嫌なところはそのことじゃないわ」
「…………?」
萌さんは、言葉とは裏腹な、すっきりした何か吹っ切れたような表情。
俺は、彼女のその矛盾した様子を見て、次の言葉を予想できないまま息を飲みこむ。
「——私も、その頃ルーちゃんのことをまんざらでもないって思ってたのよね。正直、あの時、あんな密室に二人でいて、ここで、この人と初めてを迎えるのも悪くないかなって頭の中に少し思わなかったって言うと嘘になるわ。でも、私は、その気になったルーちゃんが、幼い頃から兄妹みたいに過ごした相手が、実際に動いた瞬間、怖くなって……彼を利用した」
利用した?
「……怖くなった。自分たちが、このまま、自分たちじゃなくなることが。幼い日の一緒に遊んだ楽しい日々が、このまま一線を超えたら全部無くなる、——意味が変わってしまうんじゃないかって。
ルーちゃんは、あの時、本気ではなかった。あの日が、……その日ではなかったとは私も、そう思っていたとは思うわ。でも、いつかそうなってしまったらと考えたら、——私は彼を利用した」
つまり、従兄と恋人関係になって、男とか女とかと関係なしに無垢に楽しく遊んだ子供時代が、全て恋人になるまでの過程であったと、その歴史を塗り替えられることが怖くて、彼が自分を襲おうとしたと、自ら思いこむようにした?
それじゃ、従兄が自分を襲おうとしたレイプ犯になって、それこそ子供時代の楽しい記憶が全否定じゃないのか?
「うん。わかってるわ。そもそも、あの時も、本気で彼が私をレイプしようとしたなんて私は思ってなかったのだと思うわ。つまり、……すべてが嘘。私が自分自信を騙しているだけ。結果的にはそういうことだったってことね」
でも、なんで? 意識してというわけでないにしても、そんなことをしたら……。
「……その始末が二十歳超えたこのひねくれた処女パリポちゃんよ。実は、私も、これまで、これって生き方を失敗したかなとか、もうこだわらなくても良いかなって思わないでもなかったけど……、なんだか変わるきっかけを掴めないままここまで来て……、だけど……」
萌さんは、一度言葉を切って、俺の難しげな顔を和らげるようににっこり笑ってあから言う。
「……まさか、自分を、他人になってから見返す体験なんてできるとは思わなかった。その結果、——ありがとう」
萌さんは、俺と、喜多見美亜を順番に見ながら言う。
「自分を外から観察して、つくづくわかったわ。自分というものが、いかに適当で、享楽的なアホ女で、嫌なことから逃げ続けてばかりいる奴なのかって。でも、やっぱり、これって自分なんだなって、とも思った。だから私に、今できることといえば……」
萌さんは、何もかもが吹っ切れたような、とても良い笑みを浮かべながら言う。
「踊って騒ぐことなんだなって! そして、騒ぐだけ騒いで、空っぽになった頭で、残った気持ちをルーちゃんに伝えてみるわ。それが私の本当の気持ちだろうから……」
そして、首をかしげながら手を降って、闇の中、パーティー会場から聞こえる大音響の方向に消える萌さんであった。……
ちなみに、この後の朝、踊り疲れ、会場の芝生に倒れるように寝転んだ萌さんのところに、ペットボトルの水を持って来た従兄氏が伸ばした手を、自然に握り返しながら、
「ルーちゃん。ありがと」
と言ったその一言で、二人のいままでのわだかまりは全て解けて、それ以上の相互の弁明や釈明はないままに自然な二人の関係に戻れたと言うから、げに恐ろしきは男女の仲というか、今までに積み重ねて来た二人の歴史だが、もっと恐ろしきは、ここまで盛りがっておいて、二人が恋人同士になったわけでは無く、その後二人は仲良い関係のまま結局別の人とくっついたこと。
その男女の関係の難しさ、大変さに俺は頭を抱えるのだが、
「でも、勇くんもあの後もずっと大変だったんだね」
これは、数年後、偶然街で出会った萌さんと立ち話もなんだと入ったカフェでの会話。結局、従兄とはくっつかなかったと言う彼女のその後を聞かせてもらうと同時に、その後も続く体入れ替わりドタバタ人生を話した俺だったが、
「それにしても、あの朝、君がそんな風なことになっていたとは……!」
特に驚かれたのは、萌さんが先にパーティに戻って、俺と喜多見美亜だけが残ったと思った森の中でのことだった。
晴れ晴れとした顔の萌さんを見送って、俺たちも、ずっと姿が消えて、怪しまれないうちにそろそろパーティに戻るかと、喜多見美亜と話をしていたら、
「ああ、あなたたち。やっぱり、そういうことだったのね……」
森の暗闇の中から突然現れたのはクラスの女帝、生田緑。
「悪いけど、さっきから全部見させてもらったわ。この頃、美亜も向ケ丘くんも変だなって思ってたけど。さっき萌さんが言ってた、『キスで体が元に戻る』、キスで入れ替わっていた。そういうことなのね?」
「まって……」
「誤解で……それは萌さんがそう言うごっこをしてるだけで……」
「まあ、いいわ……」
必死に誤魔化そうとする俺たちの言葉を無視するかのように、女帝はさっと俺の前にくると、
「試させてもらう」
——チュッ!
俺は今度はクラスのリア充カーストトップの生田緑と入れ替わることになってしまったのだった。




