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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
第四章 俺、今、女子パリポ
73/332

俺、今、女子野外パーティ参加中

 さてテントその他の準備ができて、二日間お世話になる我が家が完成して、最初にするのは——食事であった。

 萌さんとよし子さんのパリポ二人はさっさと踊りに行きたがるのかと思いきや、まずは腹ごしらえとのことで、ちょっと意外な感じであったが、

「ちゃんと食べとかないと、いいとこでばてちゃうしね」

 何でも、昔何も食べずに踊りだして、腹ぺこで大変な目にあったことがあったとのことであった。

 二年前くらいのことであるというが、

「まだ野外パーティに慣れてなくて、食料もろくに持ち込んでないじゃない。そこでろくに食べずにずっと踊っていたら、朝方に出店の食事も売り切れちゃって……すごい腹ペコでね」

 なんだか本気でつらかったようで目がマジになるよし子さん。

「隣のテントの家族が余ったカップラーメンくれなければ餓死してたかもしれないわ。あのとき。ねえそうよね萌」

「……ええ、ああ。そうね」

 もちろんそんなことを萌さんと入れ替わった俺が知るわけもないので、少し焦り気味で相槌をうつ。まあ一晩で餓死はしないと思うが、そのくらいつらかったと言うことなのだろう。そう思って適当に同意をしてみたのだが、

「あれ、萌の反応鈍いな。あの時半狂乱になってたのはあなたの方なのに」

「ウワーアノトキハホントニタイヘンダッタワー」

 実感がわかないので、どうしても気持ちが入らない俺の言葉は心に浮かんだセリフ棒読み状態なのであるが、

「そういう過去の経験のおかげで私たちはこんな美味しいごはんが食べられるのですね!」

「ええ……ああ、お口にあって幸いよ」

 ヨイショを常に忘れない和泉珠琴の発言がタイミングよく挟まって、俺の反応の薄さはお流れとなる。助かった。

 でも、それも、

「いえ、本当に美味しいです。野外でこんな調理器具しかないところで美味しい食事が食べれて感動します……」

 よし子さんの料理のおかげ。生田緑もよし子さんの料理の腕に本当にびっくりしてしまっているようだった。

「感動です」

 そのおかげで話題は完全によし子さんの調理の話に移る。

 確かに、それは大したものだった。このイベントのキャンプエリアは、炭とか焚き火とかは禁止なので、持って来たアウトドア用のちっちゃなガスコンロ三つだけしかつかえないのに、またたく間に五人分の料理をつくってしまうよし子さんの手際。

 たしかに驚嘆に値するものであった。

 よし子さんは萌さんのマンションで予め仕込んできたタレにつけた牛肉の塊と途中の休憩の道の駅で買った野菜を絶妙な火加減で炒めると、それに合わせて隣のコンロで鍋で炊いたご飯がちょうど炊きあがる。他はやはりあらかじめ作ってきていたマリネとかパテとかの前菜と、肉料理の後にさっと作った地場ハーブとチーズオムレツ。

「野外で食べると味が何割か増し増しになるから。そのせいかと思うけど……」

「いえ、何割か引いても、それでもとてもおしいいです」

 確かに、この一週間、よし子さんのすばらしい手料理を食べ続けた俺であるが、その毎日の美味しいごはんに比べても、何割か増しの美味しさに今日は感じられる。初めて食べたリア充コンビには、景色のプラスとあわせれば、これは衝撃的な美味しさだろう。

 なにせ、

「すごい夕焼けになってきましたね」

 喜多見美亜(あいつ)の指し示す空を見れば、そびえる山々の稜線の向こう側が真っ赤にそまり、それはこの世のものとは思えない美しさ。


「「「「「……」」」」」


 思わず絶句しながらも、食べるのはやめない我ら五人は、最高の気分で夕食を終えるのであった。

 しかし、そのあと、何するでもなく数分がたてば、


「さあ、そろそろ行きますか!」


 よし子さんの呼びかけで、俺たちはついに野外パーティのメイン会場へと向かうのだった。


   *


 キャンプエリアから百メートルくらい歩いて、着いたのは奥に野外ステージのある、俺の通っていた小学校の校庭くらいの広場であった。でっかいスピーカーに四方を囲まれた、そこが今回のパーティのメイン会場であるらしかった。

 そこにいる人の数はまだあまり多くなかったが、パーティのメインの時間帯となる明日の土曜の夜には、去年はそこがいっぱいになるくらいに踊る人々であふれたと言う。ああ、俺の小学校の校庭に全校集会で生徒であふれた時みたいな感じかな?

 とも思えば、なるほど、結構大人数だな。それがみんなで大騒ぎなら、結構なもりあがりだろうなと思うが……。

 しかし、まあ、俺の通っていた小学校と言われても、お前の通っていた学校の広さなんて知らんよと言われそうである。いや、俺もそう思うが、他に例えが思いつかないので許してほしい。

 こう言う時は東京ドームの大きさとか引き合いに出せば良いのかもしれないが、俺は行ったことないし、目の前の広場を東京ドーム何個分といえば良いのかわからない。いや、たぶんこの広場、東京ドームより大きくはないかもしれないから、何分の一個分と言わなきゃいけないのかな?

 どっちにしても良くわからない。

 しかし……。

 というか……。

 改めて考えてみれば、世の中の人は、東京ドーム何個分とか言われて、実感湧くのだろうか。

 俺は今、東京ドームで広さを表現できなかった自らを鑑みるとともに、世間の人々も本当にそれで広さを実感できているのかと疑問に思う。

 だって、そんなにみんな東京ドームに行ったことあるのだろうか?

 もしそうだとすれば、一体なんのために行くのだろうか?

 野球を見にいくのか? 昔ならいざ知らず。うっすらと覚えている自分の幼年時代。確かにもっと野球は存在感あったような気がするが、今少なくとも若者が必ず見てるなんてことはないと思うが。

 じゃあ、何を見にいくのか?

 他のスポーツとか? コンサートとかかな?

 でも、他のスポーツも俺は興味ないし、俺がスタジアムに行くなんてことがあるとすると声優コンサートくらいしかないが、この頃はばんばんと大会場で行われる声優のコンサートも、武道館とか西武球場とかは聞くが、東京ドームでやったのは水樹奈々くらいしか知らないし。うん、その人は大御所過ぎて、俺が応援したいような声優とはちょっとずれるんだよね。だから俺は東京ドームに行くことはないだろう。

 やっぱり、俺が東京ドームを訪問する機会はこのまま一生ないかもしれない。

 さっきまで、そんなことをまるで気にもしていなかった、というか思いつきもしなかったが、世間様ではそれが広さの単位としてまかり通っているのだとすれば……。

 いったいスタジアムってのはどのくらいの広さなんだ? 世間の人たちはそれをみんな知っているのか? だから東京ドーム何個分とか言われてもピンと来ちゃうのか?

 そんなことを思うと、俺が異常なのかと、どんどんと不安になるが、

「あの、珠琴さん……」

「はい! 何ですか!」

 俺はちょうど良い感じで横を歩いていたゲスカワリア充に聞いて見ることにする。

「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」

「はい! 何でも! 何でも! 聞いて! くだ! さい!」

 異常に気合の入った受け答えの続く和泉珠琴だった。

 こいつからしたら、萌さんは、読モやてったりプロモビデオに出たり、超美人のかっこいいお姉様である。痺れる憧れる相手である。お近づきになって何か御利益でもと思っているのか、その応対は体育会系の新入部員かテレビで見たブラック企業の朝礼かと思うような様子であるが、

「東京ドームって行ったことある?」

「はい? 東京ドーム?」

 脈略なしに突然『東京ドーム』っていわれて困惑した様子であった。

「ド、ド、ドームちゃうわ……じゃなくて……いえ、行ったことがないとはないようなきがするものの……前向きに検討いたしたく存じますが……行きます。来週まで、いえここから帰ったらすぐ行きます……行きますのでしばしご容赦いただけますとさ幸いに存じますと言うか……」

 無理に話を続けて行くうちに、ますます混乱して支離滅裂な感じになってきたが、

……つまり、こいつも行ったことないんだな。

 野球とか興味なさそうだものな。ドームで開催しそうな他のスポーツも。そういやこのリア充は音楽の話もあまりしないから、コンサートで行くと言うこともなさそう。

 でも、野球やってるいけてる男には興味ありそうだから、どっかの野球部との合コンで東京ドームにでも行ったことがあるかもと思ったが——無いようだ。

「……ああ、別に東京ドームに行ったことがないと何かダメなわけじゃなくて……よく言うじゃない、東京ドーム何個分とかって。この目の前の公園をそれで表現しようかなって思ったんだけど——何個分じゃなくて何分の一個分とかって表現になると思うけど——私も行ったことがないからわからなくて」

「……そう言うことでしたか。私はてっきり素敵な女性になるには東京ドームに行く必要があるのかと」

 なんで、素敵な女性がドーム行かなきゃならないんだよ。トンチンカンな答えを返してくるゲスリア充である。HA○AK○かなんかでそう言う特集でもしてるのかよ。

「……この目の前の広場ってちょうど自分が通っていた小学校の校庭くらいの大きさだなって思ったけど、それじゃ違う小学校の人に伝わらないので、他に表現方法がないかなって思って、東京ドームはどうかって思ったのだけど……」

 いや、よく考えてみれば、なぜ広さを今表現しなければならないのか、俺の言っていることも支離滅裂だが、

「ああ! そういうことでしたか! なら、心配ありません!」

「……?」

 やけに『私に任せろ』みたいな表情の和泉珠琴である。

「大丈夫です! 私の小学校の校庭もこのくらいでした! ちょうどサッカーコート一つ分くらい!」

 ああ、そうかそういう言い方すれば良いのね。ちょっと感心した俺に、とても誇らしげなゲスカワリア充であった。単に、校庭の広さを普通に伝えただけといえばだけであるが、……でもなんだか良い雰囲気のまま俺たちの野外パーティはついに始まるのだった。


 というわけで……。

 そのサッカーコート一つ分だか、東京ドームの何分の一だかの大きさの広場に、俺たちは、パーティが始まって二、三時間経った、集まった人々も程よく気持ちが温まり、盛り上がりはじめた頃に入った。

 その時ちょうどかかっているメロディックなピアノのフレーズ、

「チェンジズ・オブ・ライフだ……キャアアアアアアアアアア!」

 すると、萌さん——喜多見美亜(あいつ)の体の中にいる——が、お気に入りだったらしいその曲に、入るなり盛り上がって絶叫する。そして、となりの熟練のパーティーピーポーって感じの中年のカップルがつられて叫ぶ。

 で、会場の盛り上がりの変化に気づたらしきDJがかけている曲の音響をちょっといじって、ためをつくり、

「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

 続く激しい歪んだバスドラムにあわせて会場中から歓声が上がり、俺も思わず合わせて叫んでしまう。

 それを見て、

「……楽しい……かも」

「……キャー……とか?」

 生田緑と和泉珠琴が仲間に入ろうと声を出すが、まだ少し遠慮がち?

 しかし、

「みんな、踊りましょ!」

 よし子さんに言われるまでもなく踊りはじめた萌さん、つまり喜多見美亜(あいつ)の体が躍動するのを見て、会場を包み込む歓声に合わせて、

「「キャー!」」

 今度は腹から声をだしたリア充コンビ。目の前の萌さん(喜多見美亜)の踊るのを見よう見まねで真似ながら、気持ちよさそうに踊り出す。

 うん。

「……始まった」

 俺は、一気に始まった——動き始めた——感のある(パーティ)の様子を見ながら、同時に始まったもう一つの企み(スキーム)も思い起こしながら、まずはちから強く大地を踏みしめて、踊るのであった。


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