俺、今、女子二日酔い中
——ああ。気持ち悪っ。と思いながら、目を開けて、見つめているのは知らない天井だった。
十畳くらいの広さの、真っ白い、シミひとつない天井。それを、俺は、ぼんやりと眺めているうちに、なんだか目の前がぐるぐると回りだして……。
——うぷっ。吐きそう。
なんだ? これが二日酔いってやつ?
なんと言うか、——絶望的に具合が悪い。
腹がムカムカして、頭がガンガンする。体が思うように動かない。
子供の頃、乗り物酔いになったことが、何回あったのを覚えているが……。それをさらにひどくした感じ。身体中に毒が回って、このまま死んでしまうのではないかと、俺は、そんな気分になってしまうのだった。
——こんな最悪な体調は、初めてだ。
いや、小学校の時にインフルエンザにかかって、後で、その時に高熱で怪しい行動とったとか親に言われた、——その時以来かな。
ほんと……。えらいとばっちりだ。
よりによって、泥酔状態の人と入れ替わる⁉︎
——なんだそりゃ。
すると、俺と、入れ替わったあのお姉さんは、なんにも具合の悪くない俺、——と言うか喜多見美亜の体に入ってスッキリしている……のか?
これって、かなり不公平じゃないか。相手は酒飲んで盛り上がって良い気分を味わっていて、その代償の気持ち悪さだけ俺が受け持つ。これは、悪魔に三つの願いをして良い思いをしておいて、対価の魂は別の人のものをあてがったようなものじゃないか?
——ちょっとひどいんじゃないか?
俺は、気持ち悪さもあって、世界全体を全体を呪いたくなるような気分で、あのトイレでぶつかった女の人——確か萌とか呼ばれていたような——のことを思い出す。
あの人は、何を考えてこの昼間からあんな酔っ払っていたんだ? 良い若い者がそんなんで恥ずかしくはないのか? とかとか、正座でもさせて説教を食らわせたい気分になるのだった。
品行方正。模範的な高校生足る俺様ならその資格があるはずだ。
俺は、酒飲んで盛り上がるなんて未成年にあるまじき行為をすることもないように、普段の高校生活でも仲間を選びに選んで——結論、孤高のボッチを選んだ。そんな、賢く尊き俺ならば、浮ついた若者に世の道理を説くことも許されるだろう。
ああ、俺は言いたい。
「このやろう、酔っ払うなら人の体と入れ替わるな!」
「はい……?」
——ん?
俺は、人の気配を感じて寝返りを打てば、ベットの横に床に直接座っていたのは、トイレに俺が入れ替わった女の人と一緒にいた人。
名前は、確か、
「よし子ちゃん……?」
「あれ、やっと目が覚めたようね」
俺は、体が入れ替わってすぐに、生まれて初めての泥酔のショックで気絶したみたいになったと思われるのだが、その後はこの部屋に、よし子さん(?)に連れてこられたのだろうか?
俺は、記憶が飛んでいるうちに何事が起きたのかわからずに……。いや、そもそも、自分が誰と入れ替わったのかもまるでわからないまま——確か萌とか呼ばれていたのは覚えているが——じっと目の前のお姉さんを見つめてしまっていた。
「まったく、いつも後先考えないで飲み過ぎよ。なんとか君のマンションまで連れてきたけど、もうすっかり夜よ」
と、何が起きているか分からずに無言になってしまっていた俺に向かって、よし子さんがすこし説教くさい口調で言う。
「……夜?」
良く見ると、よし子さんの後ろにある、小さなテーブルの上にアナログの目覚まし時計が置いてあって——九時半? もちろん夜の九時半だよな。渋谷で生田緑や和泉珠琴とカフェにいたのがまだ四時になっていない頃だったから、その後ずっと寝てしまっていたのだろうか?
「いつのまに……」
と、俺は、まるでタイムマシンに乗ったかのようにスポンと時間が飛んでしまったことにびっくりして、思わず言葉を漏す。
すると、
「当たり前よ。あんな酔っ払ったら意識も飛んじゃうの当たり前じゃない。もう」
「……」
よし子さんは、人差し指をあげてほっぺたをふくらませて、ちょっと怒ったような顔になるが、
「でも、あんだけ気持ち悪くなったら反省したかな」
すぐに、和かに笑い、
「……ともかく、具合はどう?だいぶよくなった? これ飲んだら?」
スポーツドリンクのペットボトルを俺に差し出す。
俺はボトルを受け取ると、体を少し起こして、中身をごくごくと飲み干す。
それを見て、安心したような表情になったよし子さんが言う。
「それだけドリンク飲めるようになったのなら、かなり回復してきたみたいね。でも、もっと水分摂った方が楽になるわよ」
確かに、水分を補給して、なんか少し気持ち悪さが減ってきたような気がする。
でも、まだ結構気持ち悪いが、これで回復してきたって、——今までどんな様子だったのだろう? と俺が思うと、
「何回も吐いてたわよ。大変だったんだから」
——? そんな記憶全然ないが。もしかして? と俺は思う、あの例の体が入れ替わった際の謎の倫理基準が発動したのかな?
俺が入れ替わった今までの女子が、トイレだとか、お風呂だとか、乙女の秘密に関わるような事案を行った場合は、その間の俺の記憶が完全に飛んでしまうと言う例のあれである。
どうも嘔吐も、その乙女の恥じらいの中にいれてもらったらしい。
気持ち悪くて吐いていた間の記憶は飛んで、俺が思い出せるのは、やはり、渋谷で体が入れ替わる瞬間の時までだった。
まあ、嘔吐の記憶なんてあえてはいらないので、——それで文句はないが。
「まったく、なんだか今日は変だったわよ、君」
——?
「まるで、いままで二日酔いしたことがない人みたいに、苦しみ方がなんだか初って言うか、酔っ払うのに慣れてない人みたいで。吐けば楽になるのにグズグズしたり。……妙に抵抗してトイレに連れて行くのにも抵抗して苦労したし。なんだかいつもと人が変わったみたい……」
——!
「でも、そろそろ大丈夫かな? そろそろちょっと起きた方が良くない?」
正直、まだ気持ち悪くて、布団から出る気にはとてもなれなかったが、さらに疑われるとめんどくさい。なので言われた通りに体を少し起こしてベットに腰かければ、……なんだか少し楽になったような気がした。寝ていると、腹のあたりがムカムカしているのに神経が集中してしまうんだけど、体を起こすとちょっと気がまぎれる感じ。
「もう一口飲んで……」
そう言われて、ペットボトルにまた口をつける。飲もうとしたら、少し嘔吐感が込み上げてきて一瞬躊躇するが、
「もっと水分取らないと気持ち悪いのなおらないよ」
と言われて、いっきにゴクリ。
——うん。確かにさらに楽になった。
「吐き気するならまた吐いてきてよ……シャワーとか浴びた方が良いけど——まだそんな元気でないかな?」
俺はとりあえず頷いておく。何しろ、こんなの——二日酔い——なんて初めての体験で、自分がシャワー浴びる元気があるかどうかもよくわからないが、——まあ、何者かもまったく分からないお姉さんと入れ替わってしまったのだ。疑われるような行動はなるべく控えて、なるべく早急に元に戻りたい。と思う。
ならば、あのお姉さんは喜多見美亜の体と入れ替わったのだから、この時間には普通は家に戻っているだろうから、これから行って事情を説明して……。
とかこの後の計画を考えるうち、
——いや、どうかな?
俺はちょっと不安になった。
いきなり、体の入れ替わりなんていう超常現象に巻き込まれてしまって、パニックになっていないだろうか? そうしたらどんな行動をとるだろうか?
自分は喜多見美亜じゃないって言い出して周りにおかしく思われないだろうか?
それとも、いま自分が巻き込まれた事態に気づいてなんとかうまくごまかそうって思ってくれるだろうか? でも、クラスのリア充女二人に妙な様子に思われないだろうか?
だって、見も知らぬ、何のプロフィールも、普段の行動も知らない女子高生と入れ替わってしまったのだ。今の俺みたいに、何をどう言えばおかしく思われないのか、まったくわからずにビクビクになってしまわないだろうか?
いや、あるいは、茫然自失で何をどうすれば良いのか分からずに街をさまよっていたりしないだろうか?
いや。普通それなら、まず自分の部屋に戻ってきて事態を確認するよね。少なくとも、よし子さんが自分をどこかに連れて行ったのは見てるだろうから。それなら自分の部屋と思うのが最初だよね。
もしかして、最悪のこと考えてしまうけど、体が入れ替わったショックで、何か事故とかに巻き込まれて動けない状態にあるとか?
……なんだかだんだんと悪い事ばかりかんがえてしまうのだけれど、
「スマホ……」
「え、萌のスマホ? それならここあるけど……」
と言うと、よし子さんは、床に服とかバックとかと一緒に乱雑に置かれたスマホを、俺に渡す。俺は受け取ったスマホのスリープ解除をして……。
——助かった。
認証は指紋だ。ロックが解除されて、ホーム画面が表示される。
なぜこの部屋に萌さんとかいうお姉さんが戻ってこないのかは分からないが、何と言っても、体が入れ替わったと言う事実に気づいたなら、連絡を入れるのは、自分のスマホだろう。
何かの事情でこの部屋にこれないのなら、このスマホに連絡を入れるだろう。喜多見美亜のスマホも指紋認証だから、ロックを解除して……電話をかけるか、何かメッセージを……。
ん、電話番号にショートメッセージ。番号は——喜多見美亜ので……。
「……?」
やたらと焦ってスマホを操作する俺のことを不審げに見るよし子さんの目は無視をして、さっさとメッセージを読むのだが、
「なんじゃこりゃ!」
俺は思わず叫んでしまった。
だって、
——なんだか体入れ替わってしまったどこかの誰かさん、こんにちわ。なんでこんなことが起きてしまったのか分からないけど、つまり、あたしは夏休みの美人女子高生になったってこと? 何? これラッキー?
はい?
——面白そうだから、あたしこのまましばらくこのままでも良いな。
——じゃあ、そううことでよろしく。なんかあったら、電話するね。
「どうしたの?」
「いえ……」
俺が大声をあげてしまったせいで、びっくりした顔のよし子さんに俺はなるべく平静を粧おってこたえるが……。
萌とか言う、——この人。体入れ替わってショックを受けるどころか、積極的に楽しんで行こうとしている。
普通もうちょっと、ショック受けてオロオロするとか、なんとかしようとかならないのか。
「まあ、萌が能天気で天然なのはこの頃始まった話だから私は驚かないけど、他の人の前で突然叫びだしたりしたら変な人だと思われるだろうからしないでね……」
ああ、そうか。そう言う奴なんだな。能天気で天然ちゃん——なんだな。
それも超弩級の。
体が入れ替わったのに気づいても、そのまま深く考えずにその境遇を楽しんでしまおうと言う結論に至ってしまうような奴な!
俺は、さすがに、そんな人のこれからの行動に一抹の不安を感じて、さっそく、あいつ——俺、向ヶ丘勇の体の中にいる——に連絡を取ろうと、スマホの画面を見つめ、とりあえずメッッセージを書こうとし始めるのだが、
「うん、でも……」
「……ん?」
よし子さんの声に振り向けば、
「それだけ元気があるなら安心。それじゃ、もうちょっとしたら出かけましょうか」
——どこへ?
「さあ、じゃあ、行きましょう。今夜のパーティは……」
はい?
俺は、よし子さんの言葉を呆然としながら聞く。
そう、俺は、この時に自分が入れ割った相手が、何なのかに気づいたのだった。
昼に渋谷でこの人たちと会った時、——昼から飲んで酔っ払っていたのではなかったのだった。そうでなくて、夜からずっと飲んでいたのだった。
夜通し騒いで、飲んで、潰れた果てがあの樣だったのだ。
おれはそう言う人種と入れ替わってしまっていたのだった。
俺は、
「——代官山よ!」
パーティーピーポーと入れ替わった。
その時、初めてその事実に気づいたのだった。




