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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
第三章 俺、今、女子オタ充
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俺も、今、女子オタ充

第三章、「俺、今、女子オタ充」はこの話で基本的には完了ですが、もう1話だけアフターストーリーつきます。ここまでお付き合いくださった方ありがとうございます、——とともに、もうちょっとだけお付き合いください。

 キスの後、部屋の中は静寂につつまれた。

 俺たちは、その時、頭の中がモヤモヤする、人格が混ざりあったような妙な感覚にまたとらわれて、「卑怯」「私は卑怯」「その通り」「でも」下北沢花奈の心の声と思しきものが俺の心に直接入り込んできて……

 ——俺は、目の前の下北沢花奈の顔がすっと離れていくのを見た。

 俺たちは入れ替わったのだった。そして、すぐに、部屋の中央に向き直り、まっすぐな視線で、代々木さんと赤坂さんを見つめる下北沢花奈であった。

 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。たぶん、二人も気づいたのだろう。俺たちの体入れ替わりのことを知らない、お姉様がたも、何かが変わったってことがわかったのだろう。

 下北沢花奈は、正真正銘、自分の体に戻った。その意味では下北沢花奈は変わった。中身が変わった。と言うか元に戻った。それは、もちろん大きな変化ではある。

 ——でも、二人の驚いた様子は、そのせいではないと俺には思えた。

 今の下北沢花奈、「自分」に戻った下北沢花奈が、何か見たことが無い彼女、——俺が中に入った時以上の変化を二人に感じさせていたのではないだろうか。

 なぜなら、その変化は、体入れ替わりの秘密を知る俺と喜多見美亜(あいつ)にも、息を飲ませるものだったのだ。

 ——下北沢花奈は、ただ自分の体に戻っただけではない。

 たぶん、普段のステルスの外装を剥いだのだった。

 たぶん、本物の彼女をさらけだしたのだった。

 それは、


「ばかあああああああああああああああああああああああ!」


 俺たちは呆気にとられ、大声でさけぶ下北沢花奈を見つめる。


「ばか! ばか! ばか! 公子(きみ)さんのばか!」


「ばか! ばか! ばか! (りっ)さんのばか!」


「ばか! ばか! ば……ばか……」


 いつのまにか目に涙を浮かべて、下を向き、ひざまずく下北沢花奈。

「ぼ、僕のことなんて……見捨てればいいのに……ぼ……僕なんて」

「花奈……」

「花奈ちゃん……」

 無意識に、下北沢花奈の近くに寄るお姉様がた。

 心配そうな様子で、

「……僕は壊してしまった……僕は卑怯で……馬鹿だった……」

 泣きじゃくり、言葉も怪しくなりかけてる下北沢花奈のことを見つめる。

「知ってたよ……僕のせいで……斎藤フラメンコがおかしくなったこと……でも……」

「……でも、花奈……」

「違う、花奈ちゃん……」

 そのまま、二人は抱きつき、下北沢花奈をなぐさめ、その先を言わせないようにしているように見えて……、


「ダメだ!」


 一斉に、喜多見美亜の体に戻った俺に振り向く三人。

「……そのまま言わせてあげてください」

 一瞬動きが止まったお姉様がたに向かって、俺は言った。

 きっといままで、こんな風に、二人は、下北沢花奈を——好きで、甘やかしてしまい、

「僕は二人にいなくなって欲しくない……だから卑怯なことをした……僕が弱く……頼りなくあれば……ずっと一緒にいてくれると思った」

 この先を言わせることが無かったに違いないのだった。

 今も、——ほら。代々木さんは抱きしめようとしてか手を前にかすかに動かし、赤坂さんは頭を撫でようとしてか腕を中途半端に上げかけている。

 でも、

 ——だめ!

 俺は、動きかけたお姉様がたを、さらに目で制する。今回は下北沢花奈に最後まで言わせなくちゃならない。

 そして、

「僕は——全部分かった上で偽った。僕は……本当の自分を消した。ずるい自分。僕とずっと関わっていてもらいたくて、——ずっと隠してた……僕は、……強欲だ。……僕は、全てが欲しい。昔の仲良くワイワイやっていた斎藤フラメンコがなくなったことを認めたくない。それが今も続いていると思いたい。——でも僕のマンガをみんなに褒められる、そんな自分が認められる喜びも失いたくない。どちらも失いたくないから、……僕は、全部欲しくて——卑怯だ。僕は、僕の嘘に、中身が空っぽの、偽物の僕に、公子(きみ)さんと(りっ)さんを巻き込んだ……——僕は偽物だ。でも、有りたい。僕は僕で……二人と一緒にいたい。でも……でも……」

 下北沢花奈が嗚咽しながら言う、

「僕は……ず……」

 そのほとんど聞き取れない言葉の後、三人がそのまま互いに抱き合って泣き崩れる。俺は、それを、今度は止めず、ただじっと見つめるのであった。


   *


 そして、一週間後の深夜。

「あれ?」

 スマホが震えて、画面にメッセージがポップアップされる。

 俺が、夏休みを良いことに、夜更かしして深夜アニメをずっと見ているうちに空も白みかけてきたそんな頃だった。そんな時に届いたSNSメッセージを見て、俺は、あわててベットから立ち上がる。

 机に行ってパソコンを開き、届いたメールの添付ファイルをクリックする。

「おお!」

 ——それは、ついに完成した斎藤フラメンコの夏コミ用の原稿であった。

 あの時、いつまでも泣き止まないかと思われた三人が、なんの前触れもなく、突然笑い出し、『じゃあ、やろうか』『書き直すしかないよね』『わかりました』と言い合うと、その前までの様子がなんだったって言うような晴れ晴れとした顔で、描き始めたマンガ。

 三人で議論して、アイディアを出し合い、内容を決めていく。あれならどうか? いやそれよりも……とかとか。

 活発で、時には言い合いのようにさえ聞こえる時があるが、相手を信頼しているのがわかる、それゆえの踏み込んだ議論。

 描画についても、『ここの背景私描いて見て良いかしら?』と代々木さんが言えば『その間、私がエフェクトの調整何案か作ってみるから意見ちょうだい』と、もちろんメインのキャラクターを描くのは下北沢花奈だけれど、やはり三人で協力して作品を作り上げていくその様子……。

 ——その三人の、だれも言わずとも分かっている目標に向かって進む一体感に、俺と喜多見美亜(あいつ)はお邪魔虫なのを自覚して、ほどなくすごすごとあの部屋より退散したのだったが……。


「ん?」


 もう一度震えるスマホ。

 俺がちょうど斎藤フラメンコのマンガを読み終わった時にかかってきた、喜多見美亜(あいつ)からの電話だった。

「とどいたわよね、あんたにも。もう読んだ?」

 メールにはもちろんあいつも同胞されていた。あいつは、それを

「ああ、読んだけど、おまえも読んだの。て言うか、こんな朝まで起きてたのか? 何してたんだ?」

 俺は深夜アニメだらだら見てたけどな。

「……な、なんでも良いでしょ……あんたと違って深夜アニメなんか見てだらだらんんかは絶対してないんだからね!」

「そりゃ、おまえみたいなリア充様がそんなことしてるとは思ってないよ……」

 いや、実はちょっと疑ってもないのだが。

「……『やっちゃえ、バーサーカー!』」

「ちょっと、それは違うアニメ。今期のイリヤは……あっ……」


「………………」


「………………」


 まあ、こいつそうかな(オタク化)って思ってたのが、今、確信に変わったが、——それを深堀りしている場合でなく、

「で……ともかく、お前も読んだんだよな」

「あっ……うん」

「どうだった?」

「それは……なんだかうまく言えないけど……前のは前のでありだとおもったけど……」

「とても——自然だったよな」

「そう! それそれ!」

 俺たちは、読み終わったばかりの斎藤フラメンコの改稿された最新作の感想を語り合う。それは、絵や物語の詳細がより煮詰められて魂が入った感じという違いにすぐに気づくのだが、——もちろんストーリーの大筋は変わらない。自分の決心のせいで宇宙が終わりになるのを悩み、タイムトラベルを繰り返す提督。そして何もしなくても宇宙が無になる時間線であることに気づいた彼は、自らが無になって世界を救うことを選ぼうとするのだが……、

「無に陥る寸前の提督を救い出した少女たちは、学園から抜け出して、その外の世界を知る。すると誰かを選ぶことで壊れてしまっていた、美しく楽しくとも、繊細で、脆く、閉じられていた世界は変わる」

「学園は、実は、少女たちが成長し、自分たちと本当に戦える存在になるのを防ごうと、敵の作り出した閉鎖空間であったのよね。そこに彼女らは閉じ込められて……、それも実は敵に仕組まれたものであった、提督の時間旅行(タイムトラベル)によるループを続けていた。提督たちが見た、世界の崩壊とはあくまでも閉鎖された小さな世界の崩壊にすぎなかった……」

「でも——その居心地の良い空間から外に出てみようと思った秘書艦の決断。彼女が、自分がそのまま提督と一緒に無に消える、特別な人になることになる確実性よりも、広い世界の中に自分も含めた少女たちを羽ばたかせるべきと思ったのよね」

「そう秘書艦が思った理由は、——閉ざされた少女たちの世界に、外から迷い込んできた二人の転校生の存在」

 なんだか俺らのことをモデルにしているかのような二人。その二人が、彼女らの物語に迷い込んで来た理由は……、

「秘書艦……いや下北沢花奈が、閉じられた世界でなく、外の世界を見たいと思ったからだよな。その実際のきっかけが……」

「私たちだったのは——なんだか嬉しい感じはするわね」

 あいつの言葉に、俺は無言で頷く。スマホ越しで、そんな動作は見えていないと思うが、でも、その瞬間のちょっと嬉しそうなあいつの息遣いに、俺の意思が伝わってるような気がして、もう一度頷く俺。

 そして、さらにマンガそのものの話から、それを頒布で出店する夏コミの話や、他の関係ない夏休みの予定の話と話題は流れ、時間を忘れ……。


 俺たちは、いつのまにか、スマホを耳につけたまま、朦朧とした気分で、寝言のおうに不明瞭な言葉を喋りながら、幸せな気分で、眠りに落ちていったのだった。


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