俺、今、俺 奇妙な物質と対峙中
ブラックホールを防ぎきった俺たちだったが、空の闇魅が今度は虚空に手を差し込んで、なにか怪しげな塊を取り出した。
「ああ……やっかいなの創ってきましたね」
サクアさんが嫌そうな顔で言う。
「あの時の奴だね」
フェムも苦虫をかみつぶしたような表情。
なるほどあれは……
そうだね。
あれはロータスさんの結界を破れる——ストレンジ物質だ。
かつて闇魅との戦いで拠点防衛のためロータスさんだけで無く、宇宙中から霊力のマスターを集めて張った結界。
それをあっさりと破った名前の通りの奇妙な物質。
中性子星の中心に存在する、この宇宙で最も危険とも言われる物質のことだ。
でも、そもそも、中性子星って何って人ももしかしたら結構いるかもね。ブラックホールなら特に宇宙とかに興味が無い人でも知っている人が多いと思うが、中性子星は理系意外にはちょっと知名度はおとるかもしれない。
中性子星というのは、宇宙でブッラックホールに次ぐ密度を誇る星で、太陽の10倍から30倍くらいの恒星の超新星爆発の後残る超密度の塊だ。ブラックホールほどではないとはいえ、その重力の強さに普通の原子は破壊され、中性子のみの状態になった星だ。
もちろん、それ自体も近づいたらとてつもなく危ないものではあるのだが……
その中心にあるというストレンジ物質というのがさらにヤバい。
中性子星というのは重力によって、電子とか陽子とかが押しつぶされて、中性子となった状態でやっと物質としてバランスをとれている状態なのであるが、その中心部では中性子さえも破壊され、クォークだけの状態になって存在するのだった。
で、このクォークになって存在するストレンジ物質というのがかなりというか宇宙一にヤバい。
でも中性子星って、重くて危険な星とはいえ、ブラックホールに比べれば密度が小さい。なんでそっちの方が危険なのかって思うひともいるかもしれない。
いや、重力の話だけでいえば、ブラックホールの方がずっと危険だよ。中性子星もとてつもない重力を持っているといっても、光でも逃げ出せないブラックホールと比べればその力は弱い。超重力の危険性でいえば、もちろんブラックホールのほうに軍配が上がる。
しかし中性子星の中心できるストレンジ物質の危険性は——重力ではない。
触れた物を全て同化する、浸食性にあるのだった。
ストレンジ物質に触れた物は、全てストレンジ物質になってしまうのだった。
魔法で無く、物理的存在の中にこんな物があるなんて世の中は奇妙な物だが、その奇妙さ具合はちょっとしゃれにならない。
おまけに、この物質を、闇はさっきのブラックホール以上の数放ってきているし、
「逃しちゃった!」
防衛にあたったフェムも取り逃がしてしまったようだ。
なにしろ、フェムが、次々に迷宮に誘導するのだが、迷宮も次々にストレンジ物質に同化されてしまうのだ。
次々に新たな迷宮を呼び出して対応はしているのだが、どうしても漏れが出てしまう。
そして、
「……!」
ロータスさんの顔に緊張が走る。フェムの守りをすり抜けて到達したストレンジ物質たちが、みるみるうちに結界を浸食した。
このままこの物質がぶつかってきたら、俺たちもあっというまにストレンジな俺たちとなってしまうのだが、
「まかせて」
それなら、またセリナの出番だ。
「わたしも」
今回は数が多いのでセナも手伝う。
やることはブラックホールの場合と同じ。
いかに宇宙最妙最強物質と言っても、長い時間の果てにはエネルギーを失って、消えさっていく。結界に張り付いたストレンジ物質の時間を進め、セリナとセナの母子で次々に消滅させていく。
それは、さすが多元世界一番の時間の魔女の親子。物質を消すまではあっという間のことであったのだが、
「来ます!」
ロータスさんらしくない鋭い声に、
「やります!」
サクアさんが素早くダッシュ。
ストレンジ物質は消えても、結界に開いたままの穴から素早く入り込んだ暗きモノたちを、
「どぅおりゃあああああ!」
殴る……
相変わらずの物理攻撃。
それでこの世の物ではないモノたちがはじけ飛ぶのは、さすがという他ないが。
「あたしもいくよ」
フェムもダッシュ。あちこちに開いた穴から入ってくる暗きモノたちを次々に重殺していく。
ああ、暗きモノがちょっとやそっと来たくらいでどうにかなる俺たちではないが、
「ごめんなさい……次に……間に合わないかも」
ロータスさんが申し訳なさそうに言う。
結界の修復を必死い行っているがまだ穴は塞ぎきらない。
そんな中で、
「闇魅の……来るよ」
セナが言う。空中の闇魅は、また、ストレンジ物質の塊を虚無から無数に取り出すと、それらを俺たちにむかって発射するのだった。
おっと、またフェムに迷宮をやってもらわないと……と思ったのだが。
「グルルルル!」
おいおいサクアと一緒に狂化して、暗きモノと戦うのに夢中で、すっかり空の敵のことを忘れてしまってるよ。
これはついに……
「え、どうしたんですか」
「僕? 何?」
俺は横にいた女子二人。
百合ちゃんと下北沢花奈の手を握った。
ああ、こんな戦いの中で何なんだと唐突に思うのはよくわかるが。
いよいよ、俺と、女子たちの出番だ。




