俺、今、俺 仇敵来襲中
俺たちは、緊張したままで空を見つめる。
そこには玉座があった。
無と有の干渉で生まれる怪しげな光に包まれた、巨大な椅子。
それに腰掛けるのは闇魅。
まだ何キロ先の上空にいるはずなのに、すでに目の前に座ってるかのように見える大きさまでに巨大化した女。
イクスが探す仇敵であり、俺にとっても因縁深き相手。
その姿は、高貴で美しくも、底知れぬ不気味さを感じさせる。
それもそのはず……
闇魅。
かつては俺たちの仲間であったのに、暗きモノたちと共闘することを選んだ裏切り者。多元世界全ての消滅を目指し、虚無の勢力に与する女だった。
「相変わらず、気味が悪い奴ですね」
サクアさんがつぶやく。その声がまさか聞こえているのではないと思うが、闇魅は挑発するように、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「しかし、じゃが……きっとあの馬鹿女が出てくるとは思っておったが……なんのつもりかの……」
ローゼさんも、過去の闇魅との因縁を思い出しながら、魔法の杖を構え直す。
「そうですよね。イクスさんがいないとはいえ、これだけメンバーがそろっているところにやってきても無駄なのはわかっていると思いますが……」
ロータスさんが油断なく空を見つめながら言う。いや、一生懸命に集中しすぎてローブの裾を踏んでしまっているのを注意しようか迷う。シリアスな状況でなんか場違いかなて思ってしまうのだが、
「あっ……」
見事にドジっ娘炸裂の聖女様であった。
それを華麗にスルーしたローゼさんは、
「まあ、ともかくじゃ。闇魅の奴が何をしたいかなのじゃが……魔力切れを狙うほど馬鹿でもないと思うが」
「ローゼ様の思っているとおりだと思いますよ……これ」
サクアさんが中空の異次元ストレージから宝石を取り出してみんなに渡す。
「この地球は魔力も霊力も少ないから、私たちの力がなくなるのを狙っているんなら無駄なことね……」
セリナはダイヤから魔力を吸い取りながら言う。
「妾がたっぷりとエネルギー充填しておいたのでな。このまま何年も戦うのでも大丈夫じゃ」
この間の暗きモノたちを奴らの追いかけた冒険の帰り、この宇宙に戻るときに地球から離れた座標に戻ったローゼさんとサクアさんだったが、途中でダイヤモンドでできた星によって原石をいっぱい仕入れて来たのは前に話したとおり。
しかし、ローゼさんの目的は、別にダイヤを地球に持ち込んで大金持ちになろうなんて思っていたわけじゃない。
宝石に魔力や霊力を閉じ込めて、魔力の少ない地球でいざというとき使おうと思っていたのだった。また、それをセリナたちにも渡そうと。
「勇タンの復活まではうかつに魔法も使えない状態だったけど」
俺が全てを思い出して復活する前には、歴史の矯正力が問題になった。
何度も繰り返した「俺」の人生で、無理な歴史修正を行おうとすると、それは必ず「俺」を死に追いやった。俺の本来の人生は、子供の頃に道路に飛び出してトラックにひかれたことによる死でおわるはずだった。
だが、セリナが繰り返した無数のループの中で少しずつ矯正力をだまし徐々に俺のその時をのばしていった。
その「だます」ためには魔法使用は厳禁であった。
まるで使わないとそもそも俺復活の計画が成り立たないのだが、本来は地球に無い魔力を持ち込んでの歴史操作には矯正力は敏感に反応するようだ。
何度かの失敗で、俺の復活のためには、魔力の地球持ち込みは不可能と判断したセリナは、地球の微少な魔力をためることで必要な時にまとめてそれを使っていた。
だが、
「もう勇のことを気にする必要もないからの」
そう言うとローゼさんは、虚ろな目で俺たちを見下ろす闇魅に向かって、
「超絶火炎!」
魔力を気にせずに放てる。
「弩級光輪」
ロータスさんも。
かつて多元宇宙を股にかけた冒険した頃の俺は今や完全に復活した。
かつての俺と今の俺が歴史としてつながった。
ならば、今の俺こそが正しい歴史のあり方であり矯正力によって邪魔される恐れは無く、
「さてさて……これで生きてたらというか体の欠片でも残っていたら化け物だけど……」
フェムが空を見上げながら言う。
ローゼさんとロータスさんの攻撃を連続で受けた闇魅。
およそこの世の物で、これでも原型を保てている物質など無いと思うのだが。
「やっぱりね、闇魅に化け物なんて今更だわ」
セリナが肩をすくめながら言う。
全天を覆い尽くすような爆発の中から現れたのはもちろん闇魅であった。
「では、わたくしめがあの女を仕留めて参ります」
と言うとサクアさんの姿が変わった。
古風なメイド姿で、ほんわかな天然さんといった雰囲気だったのが、瞬間で殺気を纏うと、服が金属光沢を得て鎧へと替わる。
「おりゃあああああ! 死にさらせ!」
バーサーカーモードの……つまり本気のサクアさんであった。
普段は魔法使いの助手、というかメイドとして強力な魔法の使い手なのであるが本kになった時の最大の武器は——拳であった。
殴る、殴る、殴る。
空に飛び立って、何百メートルの全長になるかわからない闇魅と拳で会話する。
「死ね! 死ね! 死ね!」
いや、会話してないな……
一方的に怒鳴っているだけだ。
そして、殴られるたびにその体を縮小させて小さくなっていく闇魅。
「……サクアは相変わらずだね。でも、あたしだって!」
サクアの奮戦をみて刺激されたのか、かわいらしい妖精——フェムは姿を変える。
目は怪しい虹色に光り、三日月のように不気味に開けた口からは禁呪が唱えられる。
「絶変容!」
ちょっと前までのおちゃらけた様子など皆無。
荒ぶる力そものとなり、戯れに星をも壊す悪戯の妖精として恐れられたフェムの全力も解放であった。
空では、サクアだけならいざ知らず、フェムも参戦して、押され気味の闇魅であった。もう人間サイズまで縮小し、防戦一方である。
フェムの放つ呪いに半身をただれさせ、そこにサクアの拳が叩き込まれる。
このまま押し続ければ闇魅を倒すことも遠くは無い。
もし、あの女のことをよく知らない者がこの戦いを見ていたら、そんな風に思えるのだろうが、
「なんかいやな予感がするのじゃ」
「確かに、闇魅が出てくるのに芸かなさすぎると思うわ」
ローゼさんとセリナが少し顔をしかめながら言う。
誰か一人と戦うならともかく、イクス以外のメインメンバーが今そろってるからな。
闇魅だってそれがわかって出てきているのだと思うが、だとしたら……
「「うわああああああああああ!」」
「なんだ!」
どっしゃーん!
空で圧倒的優位に戦っていたはずのサクアさんとフェムがものすごい勢いで押し戻されて、二人とも俺たちの横、神社の境内に落ちる。
「あれは……もしかして……そんな……まさかとは思いますが……」
ロータスさんが驚愕の表情で空を指さす。
そこ——珍しくうれしそうに笑っている闇魅の横——には、
「イクス……!」
俺は、多元宇宙最強といわれても驚かない、かつてともに様々な冒険をしたパーティーのリーダー、その男の名前をつぶやくのだった。




