俺、今、俺河原で説明中
特異点。時空の乱れ。
暴走したらこの宇宙を壊してしまいそうな危険にまでなってしまったこの目の前の神社の境内。その原因は——俺だ。
この宇宙が発生するときに紛れ込んだ俺の魂。
いや、と言っても宇宙の発生などという大事件に対して、人間の魂などというちいさなものが、それを壊しかねないほどの乱れを作るわけはない。
無からのエネルギーの誕生、引き伸ばされる宇宙のインフレーション的拡大の中で、均一化され乱雑さの減少する宇宙、その中で俺の魂など痕跡も残らずに消え去っていた。
そのままでは。
俺の魂は宇宙中に広く伸ばされて、その暗黒の中に、薄く、何者にも気づかれぬほどに溶け込んでしまっていたことだろう。
しかし、セリナは諦めなかった。
不世出の時の魔女は、最初は人間どころか、物質さえも生まれなかった宇宙を巻き戻し、何度も、何度も、やり直し、星を、生物を、人を、ついに俺を生み出すまでに至った。
その巻き戻しの中、歪みが生じた。
俺が何度も何度も宇宙の構造として組み込まれ、繰り返すうちに、それが宇宙と不可分なもつれとして、解けたら世界が崩壊してしまうような結び目となrったのだった。逆に言えば、この乱れがあるからこそ「俺」はこの場所で生まれ育って——俺になったのだった。
そして、それだけであったならば、この境内はとても危険な場所になっただろう。この場所はこの宇宙の因果と深く結びついている場所なのだ。ちょっ不安定になっただけで、それこそ小石が落ちた程度の刺激でも、宇宙全体に大混乱を及ぼしかねないような場所であった。ここだけならば……
だがこの宇宙には、いやこの街にはもう一つの特異点があった。
神社の境内の特異点は俺の魂が作り出したのだが、もう一つを作り出したのはセリナの思いだった。俺の復活を願い、俺の魂と常に寄り添ったセリナの思い、何度も何度も、この宇宙の歴史とともに繰り返されたそれは、同じように宇宙の構造に組み込まれて特異点となった。
俺の魂が作り出した特異点と対をなす、その2つが影響し合うことによって、むしろこの宇宙が強固になるようなペア。
むしろ、宇宙に危険な乱れが生じても、このペアの結合の中に飲み込まれて安定してしまうくらいだった。事実、この宇宙でかつて起きた崩壊の危機、真空の相転移がおきかけた時にこの特異点のペアがスタビライザーとなって未然に防いだこともある。
それは宇宙の始まりからあり、それこそがこの宇宙の秩序なのであった。
この乱れは、時代により様々なものと一緒にあった。
あるときは星として。あるときは宇宙を漂う岩として。山として川として。海を泳ぐ大魚とそのまわりの波として。大木とその枝による小鳥として。人々の崇める聖櫃として。乱れは場所に寄ることも、物に寄ることも、人や動物に寄る事もあった。
そして今は、
「……私がその乱れだか特異点だかいうものだというの」
うなずく俺。
場所は、問題の神社からぐっと離れた多摩川の河原。
ちょっと喜多見美亜と話があるということで、川に石投げたりして遊んでいるみんなから少し離れて、
神社では話がうやむやというか、みんなの前で話すには無遠慮な話題と思えて、個別に話をしたくて場所を変えた。多摩川まで随分と距離があるので、その行くまでの間に、うまく喜多見美亜と二人で歩く列から抜けて、ひょいと軽い感じで話せないかなと思ったのだが……だめだった。
軽くない話を軽く話そうというのが無理な話で、結局多摩川についてももじもじしてた俺を見て『なによ。言いたいことがあったらさっさと話しなさいよ』とちょっとキレ気味で言われて説明をした俺。
で、喜多見美亜は、
「それで、それが何か今の私に関係あるわけ?」
「え?」
「……話を理解してないわけじゃないわよ。体入れ替わりなんて超常現象に巻き込まれて、散々いろんな事件を一緒に解決して、セリナさんだけならいざしらず、ローゼさんとかロータスさんとかとんでもない人たちが現れ始めて……信じるしかないでしょ。どんな突拍子もない話だって。でも……」
喜多見美亜は少し目を伏せながら言った。
「私がセリナさんのコピーだなんて思ってる?」
「いや……」
確かに、セリナの思いが宇宙の長い歴史の中で人として現れたのが喜多見美亜なのだとすれば、俺は、それがセリナそのものであると考えている……のは事実だ。
しかし、そんな理屈の話とは別に、
「別に……思ってても良いけど」
「思ってないって……」
この半年くらいの間できた喜多見美亜との関係。信頼、尊敬、時には喧嘩しながら、当初思っていたいけすかないリア充女だなんていう感情はあっという間に吹っ飛んで……
「私は、私だから……もしかしてセリナさんそのものだたっとしても……私のほうが勝つからね……」
喜多見美亜は少し冗談めかした顔をしながら言う。
「そうでしょセリナさん?」
振り返ると、いつのまにか俺の後ろには、同じようにふざけた様子ながら目がマジになっているセリナ。
「ええ、受けてたつわ」
「望むところよ」
喜多見美亜も目がマジで、
「あれ? どうしたの? 何が……なに美亜怖わ!」
何が起きてるのかとやってきた和泉珠琴が少しびびりながらも、
「あ、でもこれは私も参戦したほうが良いことやってたのかな?」
「そうみたいね。なら、もちろん私も負けないわよ」
「たしかに、口では緑に勝てるのいなさそうだけど……」
「人として勝つのよ」
「まあまあ、友達で喧嘩しないで。ちなみに最後に勝つのは僕だけど……」
「……私も力足らずながら参戦します」
「なんか、百合さんってよわそうに見えながら一番思い強そうですよね……ちょっとヤンデレな感じまであるというか……」
「美唯ちゃん……」
「でも、みんなすごい人ばかりですけど……一番かわいがってもらえるのは年下の私だと思います」
「ちょっと、年上を甘く見ていると痛い目あうとおもうわよ」
「……萌夏さんお言うとおりです」
「? 先生殿、これはみんな何をいってるのか? 勇は、拙者と一緒に聖騎士になるのではないのか?」
……
なんか、冗談めかしているが時々本気のはいる丁々発止のやり取りも入る女子たちのやりとりに、巻き込まれた男子は黙り込むしかなくなってしまうが、
「ん!」
俺は、突然総毛立つかのような寒気に思わず空を睨む。
「そのとおりじゃ」
「やってきましたね」
「……来るかもと思っていましたが」
「しょうがないね。あたしらこんなんにあつまってるんだもの」
「まあ、でもお父さんも復活したんだし、あれくらいじゃ敵じゃじゃないでしょ」
「そうね……勇タン……どうする?」
空に虚無に通じる穴が空き、そこから暗きモノたちがはあふれ始める。
先程までの晴天の秋空はいきなり、真っ暗で妖気にみちた黒雲に覆われる。
俺は、そんな様子をじっとにらみながら言う。
「もちろん……返り討ちだ」
俺の大事な女子たちに、奴らに手を出させてたまるものか。




