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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、俺(トゥルーエンド)
304/332

俺、今、俺ダイヤモンドに目がくらみ中

 ダイヤモンド。

 単なる炭素の塊といえば——そうなのだが、緊密に結びついた分子同士の作り出す結晶構造により、自然界最高の硬度とともに、抜群の透明度と高い屈折率による独特の輝きを持ち、なによりその希少性より宝石の頂点として君臨する鉱物である。

 もちろんダイヤよりも値段が高い希少な鉱物なんかも世の中には存在するのだが、カラットという0.2グラム単位で、数十万以上もの値段で取引されるその値段は一般に流通する宝石の中で最高額と言ってもよいだろう。

 そして、その価値は、透明度や色やカットの見事さなどにもよるのだが、やはり大きさに寄る部分が多い。何しろ、最高の硬度を誇る物質とはいえ、実は結構もろい物質である。結晶が大きく育つ前に割れてしまうことが多く、大きなダイヤは希少価値を持つことになる。

 内部に傷がなく、良いカットがされた10カラットのダイヤなら数千万円はゆうにこえる。世界最大級の100カラット200カラットというものならば数十億円、希少なピンクダイヤなどであれば100億円近くでオークションで落札されたりするという。

 ところが、


「なに……こんな重いの……持ってられない」


 和泉珠琴の手のひらに軽くあまり、両手でやっと支えているようなダイヤなどいったいいくらの価値になるのだろうか。

 いままでに世界最大とされるダイヤの原石は3000カラット——600グラムを

オーバーしたものがあったことが知られているが、今和泉珠琴の手の上にあるものは、どう見てもそれどころの大きさではない。

 それに、その世界最大のダイヤの原石は……原石だ。その後、割られ、カットされたダイヤは最終的には100カラット程度以下に分割されたという。簡単には割れずに、内部に傷がなく、光り輝く、しっかり一個の宝石として成り立っているダイヤとしてはその程度までしか地球には存在しないのだった。

 地球には……だが、


「ふむ……ここ(地球)に戻ってくる前にこんなものいっぱい持ってきたのじゃからな……落として割ったらこっちも上げても良いのじゃがな」

「ひえ!」


 ローゼさんが無造作にぽんと投げたダイヤを必死の表情で受け取ろうとする和泉珠琴。

 するとそれまで手に持っていたダイヤがてのひらからすべり落ちそうになるのだが、


「……何てことするんですか、あなた……ええと」

「ローゼじゃ。妾の名前も知らぬとはこの国の教育はどうなっておるのかの? 先生様よ」

「と言われても……」


 必死の養生となった稲田先生が、滑り落ちたダイヤをあやうくキャッチ。時価何千億とも何兆円ともつかぬ宝石の無事を確保する。

「そんな、焦らなくても良いのじゃぞ。こんなものいくらでもあるからの」

「え!」

 また懐から同じような大きさのダイヤを出すローゼさん。

「……ここから40光年ほど離れた星系があるのじゃがの……そこにダイヤでできた惑星があるのじゃよ……暗きもの(やつら)の世界からこの宇宙に戻るときに入り口がそのへんに開いてな。魔術の触媒にしようと思って、めぼしい石をついでに見繕って持ってきたのじゃよ」

「ダイヤの惑星?」

 なに冗談みたいなこと言ってるんだと言った顔の稲田先生であるが、

「それ、聞いたことあります」

 百合ちゃんが会話に割って入る。

「ネットの科学記事で見ました。いわゆるスーパーアースと呼ばれる地球型の岩石惑星で地球よりずっと大きな星で、ほとんどダイヤモンドでできている星が見つかったって……」

「おお、あれ(・・)を地球のものも見つけておったのじゃな。じゃあ残念じゃな珠琴よ。ダイヤモンドの価値がこのあとだだ下がりじゃて……億万長者とはいかぬかもしれないの」

「いえ、ローゼさん……地球の科学は40光年先の星なんかに行けるまで進んでないですから。無人探査機でも太陽系内が精一杯なので」

 生田緑が突っ込むと、

「なるほど良かったの。妾が行った星でダイヤモンドを掘ることができるようになるのは元もっと先のことなのじゃろう。ならば、そのダイヤモンドはまだまだ大きな価値を持つだろう」

「いや……こんなのは……」

 生田緑が困ったような顔をして言う。

「価値が出ない……というか、価値がありすぎて世の中に出せないと思うわ」

「そのとおりじゃな……」

 にやりと笑うローゼさん。

「こんなものもし売ろうとしたらろくなことにならんじゃろうな」

「?」

 どうもピンときてないような表情の和泉珠琴であるが、

「……今地球にある最大のカットされたダイヤでも100カラットとか200カラットとなのよ。こんなのどんな価値がつくか想像つかないし……そんなものをただの女子高生が安全に(・・・)売りさばくことができるなんてどうやったらよいか……」

「親切で綺麗なお姉さんにもらっったとでも言えば良いのではないじゃろうか」

「そんな話信じてもらえるわけないわ。もしかして出どころはなんとかごまかしたにしても……ろくでもない連中がどんどん寄ってくるでしょうね。珠琴の生活はグチャグチャになってしまうし、これだけのダイヤのためなら下手したら殺してでも手に入れようとする者が現れて……これは私ら女子高生に……いや今の人間に扱えるようなものじゃないわ」

「ひえ! そんなのいらないよローゼさん! 私はこんなのなくても普通に生活していくよ」

「ふむ。では、なおのこそ、これをおぬしに渡さねばならぬようじゃな」

「?」

 和泉珠琴がローゼさんに戻そうとしたダイヤをもう一度突き返しながら言う。

「おねしは人が扱えぬほどの富を持っているが、それがなくとも生きていけるのじゃ。ならば、空っぽの自分を悩んでおぬしに、その空っぽに入るのにふさわしい富を妾がプレゼントするのじゃ」

 ローゼさんは少し意地悪そうに、しかし自愛に満ちた笑みを顔に浮かべる。

 リア充の外面と実際の自分の家庭環境とのギャップに苦しむ和泉珠琴。

 それを彼女は空っぽであると感じてしまっている。

 自分の理想の自分を演じる自分に中身が何も無いと思っているのだった。

 母親の問題で、貧困ギリギリの生活である家庭環境。逃れて作り出したリア充の自分のキャラクター。しかし、それは本当の(・・・)自分の姿とはかけ離れ……

「空っぽに収まるにふさわしい空っぽの富をお主に与えるのじゃ。本物であり、空っぽであるダイヤモンドをな……」

 そう言うとローゼさんは、ダイヤを和泉珠琴の胸元にダイヤをぐっと押し付け、それがそのまま体の中に吸い込まれていって、

「ほれ、おぬしの空っぽは空っぽによって満たされたのじゃ。お主は誰よりも富んでいて、しかしその富を使うことができない。満たされた富は空っぽの富なのじゃ。しかし、もともと使わずに暮らすことがお主にできるというのなら……」

「それって……」

 ちょっとの間考え込む和泉珠琴。

「同じだよね」

「うむ」

 嬉しそうに頷くローゼさん。

「もしお金が私が持っていても持ってなくてもおなじ私になれたのだとしたら……お金って意味なくない?」

「そのとおりじゃ」

「なら、ダイヤの意味って……」

「うむ、その意味をお主が作れば良い……空っぽならな……空っぽだからこそなんでもそこに入るのじゃ。ダイヤ以上の意味が」

「それは……良くわからないけど……きっと」

 和泉珠琴はなにか言いかけていた言葉を飲み込む。

 それは言葉にすれば壊れてしまうかもしれない微妙なニュアンスを持つものであったのだろう。他の女子たちも彼女の意を組んで何も言わず、食卓はしばしの沈黙の後、


「ありがと……」


 そう言って笑う和泉珠琴であった。

 満足気に頷くローゼさん。他の女子たちもつられて頷く。

 ああ、なんか良い雰囲気だ。最後に体入れ替わりをした女子和泉珠琴の件もこれでまずは解決という感じになって、俺の復活にまで至る物語はこれで大団円。

 俺の入れ替わりの回想は終わり、喜多見家ホームパーティはこれからやっと本格的に始まるんだな、と思ったのだが……


 ——ピンポーン!


 ん? 誰か来た? というか、今回の(ループ)で俺に関連した女子たちはもうみんな来ていてこれ以上誰が来るんだ? と思えば、


「あ、やっぱりみんなここにいた……のんびりしてちゃ、やばいよ。このままじゃ、この世界が……滅んじゃうんだよ」


 喜多見美亜(あいつ)が玄関のドアを開くなり飛び込んできたのはファム——今は何十億光年も彼方にいるはずの妖精なのであった。


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