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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、俺(トゥルーエンド)
303/332

俺、今、俺沈黙中

 ——?


 喜多見家の食卓に沈黙が生じる。

 ローゼさんがテーブルに置かれたカップからスープを飲んだ瞬間、なにやらひどく驚愕するのを見て、みんな何事なのかと思ったのだったが、

「誰が作った料理なのじゃ!」

 なんだ? ローゼさんは誰が作った料理なのか知りたいのか。

 美味しくて感動しているのか? 不味くて怒っているのか?

 その表情からはびっくりしたことしかわからない。

「……私だけど?」

「……おぬしか!」

「みんな来る前に、準備してて……」

「うむ……」

 どうやら、料理を作ったのは喜多見美亜(あいつ)のようだった。

 それを聞いて、

「なるほど」

 ローゼさんはセリナのことを見る。

「……そうよ」

 首肯するセリナ。

「知っていたのかえ?」

 また首肯するセリナ。

「何? なんかまずかった? まずかったって……味が……」

 ローゼさんの反応を見て、自分の料理の出来が心配になる喜多見美亜(あいつ)であるが、

「そんなことはないわよ……美亜ちゃんと料理できたんだって感心してたところ……」

「何? 若干ディスられてる気がしないでもないけど……」

 生田緑の言葉に、ちょっと怒りながらも勇気づけられつつも、

「……じゃあ何? ローゼさんのあの表情? びっくりするほど私の料理美味しい……は流石にないよね?」

 でも、ならば、いったい何に驚いているのか?

喜多見美亜(あいつ)はもやもやしていそうな顔をする。

「なるほど……そういうことなのじゃな」

 セリナが目を伏せて、


「難儀なことじゃて……」


 ああ、なるほど。

 喜多見美亜(あいつ)の作った料理の味であいつとセリナとの関係を気づくとは。

 さすが、

「ローゼさん、なんか私のときも言ってたよね?」

「ん、お主は確か珠琴とかいう女子(おなご)じゃな……妾はお主の手料理を食べたことはないはずじゃが」

 なんかまだ納得できてない表情の喜多見美亜(あいつ)であったが、和泉珠琴が割って入ると開きかけた唇を閉じる、

「……私の手料理でなく。一緒にラーメン食べた時」

「ああ、あのラーメン屋じゃな、良い腕をしておったが……」

「バラ園に行く前に入った店ですね。我々が食べたのは美味しかったですね」

 サクアさんが、その時食べた豚骨ラーメンを思い出してうっとりしたような顔をする。

「……私が食べたラーメンにも驚いたような顔して言ってた……たしか『からっぽじゃな』って」

「聞こえてたのじゃな」

 たしかに、あれは空っぽ——微妙な味のラーメンだった。

 見たときはすごい盛り上がった。

 ごくごくシンプルな醤油ラーメンであった。だが、それはザ・ラーメンとでも言うべきものであった。あらゆる方向に向かって広がり、進化して、一言でその味も見た目も語ることは難しくなったラーメンであるが、その精神が、形として存在するならば、それは目の前のこの器の中にあるのだろう……って俺は思った。

 巨大モビルアーマーを受け取った時の髪型オールバックの少佐みたいなセリフを思わず心のなかでつぶやくほどに、ラーメンの中のラーメン。それが目の前にあった——と思ったのだった。

 しかし、そのあと実際に食べたら……何も食べた気がしない。

 和泉珠琴が好きな「いつも」のラーメンは、不思議なラーメンであった。

 味からなにから完璧に典型を捕らえていて情報が何も無い。

 あるけど無いように覆えるラーメン。

 それを評して——空っぽ。


「私もそうだってことかな」

「うむ……」

 正直、前は本気で思っていた、和泉珠琴。ふわふわと空気よりも軽く、調子よく人に迎合して「自分」というものの中身の無い女子だって。

 だが、体の入れ替わりがあって、彼女の本当の姿を俺は知った。

 和泉珠琴は、決して、

「そのとおりだよ。私、空っぽだった……ううん、まだそうかもね」

「私って、中身ないよね。自分でもそう思うよ……向ヶ丘もそう思うでしょ?」

「……」

 って、俺にふるなよ。

 もちろん俺は、今そんなふうには思っていない。

 和泉珠琴はちゃんとした内面を持ち、いろいろと悩み考える女子であることを知っている。でも、それを知ったからこそ、

「……って言われても困るよね。うかつにそう(・・)じゃないって言ったら——なら何が私の中身かって言われたら答えに詰まるよね。本当の中身を私にあえて言うかって……」

 そのとおりだった、だから俺は口ごもってしまったのだった。

 和泉珠琴が悩んでいる家庭事情。父親と死別してから、どうにもふわふわした母親は安定した職につけず、和泉家は貧困海底となってしまっていたこと。それを和泉珠琴はずっとみんなに隠してキラキラ女子を演じていたこと。

 彼女の中身の話を始めたら、どうしてもそのことに触れないといけなくなるからであるが、

「あ、言わなくても良いよ。わかってるから。私自分が空っぽだなんて思ってないよ。むしろ重い中身を持っている女子だって思っているよ。お母さんがあれで生活が苦しくて、ひどく鬱陶しい現実抱えているって思ってる。でも、外見はキラキラリア充女子高生を取り繕ってるから、比較すると……やっぱり私って中身なくない?」

 つまり、中身が無いと言うよりは、外見と中身の不一致……外見にともなう中身が空っぽということを和泉珠琴は言いたいようであった。

「中身のない外見って、つまり偽物ってことだよね。私は偽物として生きてるのを自覚しているのだけれど……それを偽物として思えないっていうか……ずっと被った仮面も自分であって……それを捨てきれないと言うか」

「……」

 真剣に悩む和泉珠琴を見て、俺はかける言葉を失ってしまった。

 喜多見家のリビングを沈黙が満たした。

 みんな、俺と同じように、和泉珠琴に何を話せばよいのかわからなくなってしまったのだろう。サプライズで現れた萌夏さんと異世界(?)からやってきたユウ・ランド以外の女子たちは、和泉珠琴の家庭の状況をすでに聞いて知っていたわけだが、知ってしまっているがゆえに彼女の悩みに軽々しいコメントができない。

「ああ……これじゃキャラ崩壊だよね。軽やかな、重くない女として人生を適当に生きるのが夢なのに……」

 この状況は和泉珠琴の本意でないのだろうが、どうにもうまい言葉がと思っていると、

「なんじゃ、この女子(おなご)は富で悩んでいたのかえ?」

 ローゼさんがちょっと呆れ顔で言う。

「そこな女子(おなご)……珠琴といったの。お主は今の生活に不満足なのじゃろうか?」

「ふ……不満足といえば……そりゃもっとおしゃれしたり、美味しいもの食べたり……やりたいことはいっぱいあるけど……」

「それをしないとこの星の人間は死んでしまうかえ?」

「う……もちろん死にはしないけど……正直この間まではお母さんのいけてなさ具合がひどすぎて、このままじゃ私路等に迷うんじゃないかなと不安はあったけど……この間の件でお母さんも反省して……なんとか仕事も見つけて続いているし……贅沢はできないけど生活はできないとかいうことはないし……大学行けるのかとか心配になるけど、奨学金もらって……アルバイトしたりがんばれば……あ、でもそしたら服とか今以上に買えなくなってしまうかもしれないけど……でも……私なんかには贅沢なのかもしれないけれど……」

 なんかすごい悩んだ顔の和泉珠琴であった自分がとりつくろっていた外見と中身のギャップ。それをいけないものだと——罪の意識を感じてしまっているのであった。

 外面の下にいる空っぽに自分が取り込まれるのは耐えられない、さりとて自分の現実に自分を合わせても彼女の心は耐えられない。

 お母さんの状況もだいぶ改善され、和泉珠琴的にも自分の今の境遇は恵まれてはいないが、もっと不幸な人もいる世の中では、高望みは贅沢だといわれればそうかもと黙るしか無いと思っているのだろう。

「なるほど、まあお主の悩みが軽いとか身分不相応とか言うきはないじゃがの……ほれ……」

「?」

ローゼさんが懐からなにか出して和泉珠琴の手に乗せる。

「ダ……ダイヤ!」

 なのか?

 見た目はたしかにそうで、透明でキラキラ光る石が複雑なカットをされて煌めいている。

 その形や見た目はどうみてもダイヤなのだが、

「こんな大きなダイヤ……ってあるの? いったい何カラット?」

 稲田先生がびっくりした目で見ている。

 俺のげんこつよりも大きなダイヤ。

 先に行った(・・・)友たちから自慢された婚約指輪のダイヤのカラットと桁違いのお大きさなそれを見て、

「……重い……って! うわ……あぶな!」

 片手で持っていた和泉珠琴が落としそうになってあわてて両手で持ち直す。

「……ひゃあ、珠琴ちゃん、落とさないで。それ本物なら……?」

「はい?」

「何億……いえ何千億……何兆円? もしかして、もっとするかもしれないのよ?」

「ええええ!!!!!!」

 と、びっくりしすぎて危うくまたダイヤを落としそうになる和泉珠琴なのであった。


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