俺、今、俺先生来訪中
「なんで……」
俺は、突然かかってきた電話を切ると、呆然と宙を眺めた。
稲田初美先生。
今、みんなで話題にしていたその当人が喜多見家に来たという。
いや、先生が俺に用事がないわけじゃない。
どうも学校に週末の宿題に必要なプリントを
確かにさっき電話があって、忘れ物をとりにこないかと言われた。
なんだか、どうも俺がお姉さん好きだと思われてるらしく、女子たちの猛反対で断ったが。
俺が面倒くさくて学校に来ないと課題できないのでは無いのか心配になって届けに来た?
考えられなくはないが……
でも、喜多見家に俺がいることを何で知っているのか。
「……先生が来たの?」
喜多見美亜も不思議そうな……というか不審そうな顔になる。
俺が、今日のことを先生にばらしたんじゃないかって思ってるのかな?
でも、明らかに疑っている目だよな。
「違う、違う!」
俺はブルブルと頭を横に振る。
俺が今日の集まりのことを先生に言っているわけがない。
「……そりゃそうよね」
なんで部屋いっぱいになるくらいに女子を集めて男が俺一人の集まりを開催してるなんて先生に漏らさないといけないんだ。やましいとこは無いけれど、少なくともわざわざ先生に言う話じゃ無い。
「ともかく……迎えに行ってくる」
喜多見美亜が玄関先に来ている先生を迎えに行く。
喜多見家に客人なので、家の人が迎えに行かないとおかしいだろうから。でも、俺に用事なのだとしたら、俺も行って玄関先で済ましちゃった方が良いようにも思えるけど、
「勇タンは……ここにいて。この際だから稲田先生の本心暴いちゃいましょ」
俺が腰を浮かした瞬間セリナが言う。
本心を暴くって、セリナはその気なら人の心を読むこともできてしまうが、
「あ……もちろん魔法は使わないわよ」
正々堂々と勝負すると女子たちに言ったセリナは、自分が有利になるような魔法を封印してる。心を読むなんて言うのももちろんそれに含まれる。相手が何を考えているかわかれば、その対策をして自分のプランを練ればよいのだから。
それに、本来起こり得るだろう、俺と女子たちと自然な状況に介入するのは禁忌——時の矯正力に抵触する可能性があるようだ。だからセリナは多元宇宙に鳴り響いた彼女の能力をほとんど封印している状態なのだが、
「セリナさん、目がマジで、先生かわいそうだよ」
少しブルっと震えながら和泉珠琴が言う。
「セリナさんが圧迫尋問したら大抵の人なんでも話してしまいそうですからね」
百合ちゃんも追い打ちをかける。
実際、魔法なんか使わなくてもセリナの今までの人生経験の深さだけでこの世界の普通の人たちとは何をするにも勝負にもならないのだった。
何しろ、無数の転生を重ねて、その累計でいうと今のセリナの年齢は何十お……
「勇タン……なんか嫌なこと考えたんじゃない?」
「……(ブルブル)!」
必死にごまかす俺。
まあ、俺の考えることなんて、セリナにしてみれば心を読む魔法を使うまでもないだろう。
けど、
「しかし、なんで稲田先生は向ヶ丘がここにいるってわかったんだろ?」
和泉珠琴の質問には、
「そうね……」
さすがのセリナでもわからないようだ。
ただ、
「……下北沢さん? どうかしたの?」
「いえ」
生田緑に視線を向けられると、いきなり下を向いて挙動が怪しくなった下北沢花。
あまりにわかりやすい。
なるほど、これなら誰が情報を漏らしたのかセリナじゃなくてもすぐにわかるが、
「……僕がやりました」
状況を察したのか、諦めてあっさりと自白する犯人であった。
で、
「昨日、先生にホームルームの後で帰る前に呼び止められて今日の予定を聞かれた?」
「そう……」
下北沢花奈が言うには、先生の住んでいる地区で祭りがあって手伝いを募集しているので、急で悪いけど土曜日が空いているかと確認されたそうだ。
「どう考えても嘘ね」
政治家の娘として地元のイベントは全部把握している生田緑が即答する。
「先生のいる地区のお祭りはまだ二週先よ……今日は実行委員会が会合開くので、私のおじいさんが差し入れで日本酒持っていく予定だけど、高校生の手伝いはいらないはずよ」
「……予定があると答えたらしつこく追求されて、喜多見さんの家に集まるって答えたら……他に誰が来るかと言われて……女子だけかとか……嘘をつけなくて勇くんも来るって……」
同人漫画家として絶対に譲れない強い心を持つ下北沢花奈であるが、学校では気弱なステルス女子である。稲田先生、たぶん俺たちが何事かしようとしているに気づいて、一番押しに弱そうなところから攻略したんだな。
しかし、今日の集まりを知ったからってなんで先生がやってきたのかだが、
「……プリントを渡さないと行けないと思って」
外で立ち話もなんなのでと喜多見美亜が部屋まで連れてきた稲田先生。
入った瞬間アウェイを悟り、すぐに逃げだそうとしたのだが、さっと立ち上がって入り口を塞いだ生田緑を見て諦めたような顔になって立ち止まる。
で、なんでわざわざ喜多見家まで俺を追いかけてきたのかと女子たちに尋問されているのだが、
「先生ダウト!」
ダメ出ししたのは和泉珠琴。
「!?」
「向ヶ丘は断ってましたよね……私たち横で聞いてたんで。他の人に借りられるから問題ないって言ってましたよね」
「それは……でも、せっかく近くを通りかかったので……」
「ダウトです」
「!?」
今度は百合ちゃんが追求する。
「学校から、先生の家までの通り道に喜多見さんの家はありません。わざわざ来なければ、この近くに来ないと思います」
「……ちょっと今日は遠回りしたい気分だったので……偶然……」
「ダウトだね」
「!?」
下北沢花奈が告げる。
「偶然じゃ無くて……昨日に今日僕がどこにいるか……勇くんといっしょにいるか確かめたよね」
「それは……あれよ……それで……これが……」
「……先生」
「はい?」
生田緑が冷酷に審判の言葉を告げる。
「有罪です」
こうして女子たちによる先生裁判は終わったのであった。
*
さすがに俺に恋愛感情を抱いてるのではない——少なくとも明確に意識しては——という、さっきの女子たちの結論は変わらないのだが、無意識で何かやらかすかもしれない危険人物という評価がくだった稲田先生であった。
だが、このまますぐに帰って貰うのも追い出しているみたいでばつが悪いので、このまま少し一緒にいてもらうことになった。
先生には、ここで針のむしろに座るよりも追い出して貰った方が良いのかもしれないが、
「皆さん……食事の準備ができたのでちょっと早いけどたべませんか? あ、先生もご一緒にと母が言ってます」
ちょうどドアを開けて入ってきた美唯ちゃんによって先生は逃げられなくなってしまったのだった。
ああ、そういえば、先生の次にいれ変わったのは美唯ちゃん——喜多見美亜の妹だったよね。




