俺、今、俺重い運命回想中
この半年の回想大会次の番は生田緑。
野外フェスの最後に萌夏さんから喜多見美亜に戻った直後にいきなりキスをしてきた、女帝ことクラスのリア充の長。
あれは本当にびっくりした。
入れ替わりに気づかれてしまっていたということ自体はそれほど驚きでも無い。なにかと鋭い生田緑のことだ、それまでの折々の発言から俺と喜多見美亜の間に何かあるなと気づかれていたのはあきらかだったし、やっぱりばれていたのかとむしろ納得感があったとさえ言える。
でも驚いたのは、女帝が入れ替わりたいと思っていたと言うことだった。
だって生田緑だよ。
女帝だよ。
生田緑は、生田緑であって、それ以外の何物でも無く、彼女であるからして、彼女であり、常に彼女であって、だからこそ生田緑なのである。
彼女が、彼女以外になりたいなんて弱いところがあるとはまったく思ってもいなかった。
学校での生田緑といえば絶対的なボスと言うこと以外にその姿が思いつかない。
学校では誰もが恐れというか、畏れ、生来のリーダーとはこういう物かと感心させられる様子であった。
でも、
「私の家を気ににしてた人もいるのよ」
強者ほど慎重に自分のことをしっかり理解していたりするものだ。
生田緑は、学校での自分の立場が決して自分の力だけでなり立っているので無いことも知っていた。
なにしろ——生田緑の実家は第第続いた政治家の家系だ。
江戸時代はある殿様の家臣の名家であったのだが、明治時代に始めた紡績の事業が大成功して、そのあと政界にも進出。一族にも何人も政治家を輩出。女帝の爺さんも衆議院議員をつとめ、今でも政界に結構な影響力を持っていると言う。
お父さんとお母さんは、ちょっと不審な点が残る自動車事故で他界しているため、現在の生田家は政治に直接関わってはいないものの、一族の政界への影響力は相当なもので、特にこの地元での地位と言ったら絶対的な物だ。リア充のトップ狙うような聡い男子共は生田緑の家庭事情も結構知っていたりするので、女帝のカリスマ力というのは、そりゃあそうぃうのが影響してないとは絶対言えないだろう……
とはいえ、
「すごいよね女帝」
「?」
俺は思わず声に出してしまうのであった。家の話なんか抜きにして、純粋にクラスでの堂々とした行動を見ていてもそう思う。
「確かに、生田さんすごいと思います」
同意してくれたのは百合ちゃん。
「……緑、友達だから気軽に接してるけど、威圧感半端ないよね」
「珠琴……」
和泉珠琴も追い打ちをかけるが、生田緑は少々不本意そうな表情。
そりゃそうだ、いくら生田緑とは言えまだ女子高生——乙女である。威圧感とか、あんまり嬉しいワードではないよな。
「だから……それでも逃げそうもない男捕まえたほうが良いかなって思って」
へ?
「ああ……そういうことなのね」
「なるほど納得だ」
萌夏さんと下北沢花奈が納得してるが、その男って、
「だから向ヶ丘なんだ……」
「ええ……:
和泉珠琴の言葉に頷く生田緑。
「確かに、緑の家にびびらないで付き合いそうなのはこいつくらいかも……クラスの中では……」
なんかちょっと俺を鈍感というか、ちょっとあきれた人あつかいしているような喜多見美亜の言動は気になるところだが、確かに生田緑の家庭の歴史を知れば普通は少しびびるだろうというのは理解できる。そんな歴史ある一族なのだ。生田家は。
たどれば源氏につながる大名の家臣の家柄であり、明治時代にあってから事業で成功して得た財力を元に政治の世界に飛び込んで議員を何人も排出した……そんな一族なのだった。
でも、俺は、生田緑に入れ替わった時にも、
「お爺さんにもびびらなかったし……」
生田緑に入れ替わった時に俺を散々しごいたあの爺さん。俺は、なりきるのに無我夢中で普通に接していたのだが、実は衆議院議員を長年やっていて、国政での政治派閥の長でもあったこともあるという大変な人だったのである。
いや、もっとすごいのは実は生田緑のお父さんだったらしい。三十代前半ですでに参議院議員。若手議員の中で注目されていたというくらいで留まらずに、すでに様々な国政で結果åを出して、今後の日本を導く男として古参の政治家たちからも期待されていたという。お母さんも政治家一族の娘で、そちらの助けも得ながら、将来の総理の座は間違いないと思われていたのだが……
突然夫婦そろって交通事故で亡くなった。
——当時、その死は随分と様々な憶測を呼んだようである。
精力的に日本改革の活動していた生田緑のお父さんには政界の内外で既存利権の敵も多く、不審な事故であったのではとの噂がおさまらなかったらしい。でも、それは結局、何か事件であるという証拠があるわけでもなく、将来を期待された若手政治家の名前は次第に人々の記憶から消えてしまったという。
それは生田緑がまだ幼い時分のことであるが、
「お父さんとお母さんが志半ばだったのは……たっぱり、すごい気になっているの……でも……なんかまだ覚悟ができなかった……」
女帝も人間だ。ましてやまだまだ成長の途中の高校生だ。
ふと、そんな運命の重圧に、ましてや、彼女の今後人生をそのまま決めてしまいかねないお見合いなどを強制されて悩みまくっているところに、俺と入れ替わって逃げ出してしまおうとしたのだった。俺的には、女帝の好感度がぐっと上がったのは、彼女にもこんな弱いところがあるのだなってわかったからだが、
「向ヶ丘君のおかげで決心がついた。私は私でしか無いのだけれど、私の運命に逆らわずに生きる中でもそばにいてくれる人がいるかもしれないと思えば……」
生田緑は喜多見美亜をチラリと見ながら言った。
「遠慮せずに、自分に正直に生きることもまた私の覇道も一部だと思えるようになったの」
と。




