俺、今、俺駅前集合中
さて、今秋の学校が終わり、やっと土曜日。良く晴れた秋の爽やかな朝だった。少し肌寒くはあるがそれがむしろ気持ちよい。
ずっと続いた蒸し暑い季節が終わり、真冬まではまだ少し時間がある——関東の一番良い季節だね。
ああ、もちろん、夏が好きな人、同じような温度でも風薫る春の好きな人……中にはもっと寒い冬が好きな人もいるだろう。
ただ、なんか俺は秋が好きだな。
きゅっと身がしまる感じがする気候と、一年の終わりに向かって世の中もあわただしくなるのがなんか次の年に向かって進んでいる感があって、心が一方向にまとまって幾感じがするんだよね。
ああ、もちろん、今年の俺は特に……随分とばたばたしたからね。
春に喜多見美亜と入れ替わってからのあれやこれや。
——本当に色々あったな。
クラスで孤立してた女子の真実を知ったり、売れっ子同人作家になったり、パリピのお姉さんになったり、政治家の娘になって良いところのお坊ちゃんと見合いしたり、ゲームの中にも行った、アラサー婚活中の女子になったり、女子中学生になったり、あれなお母さんに苦労している女子になったり……
そして、最後に俺は全てを思い出した。
——俺は、俺になった。
セリナにあう前の別の宇宙の俺。その後の冒険の数々、セリナが俺をよみがえらせようと繰り返した無数の「俺」の人生。頭の中に流れ込んできた、その全てがかけがえのない特別な人生であり、でも俺の人生ではない。
だから、俺は——やっと自分の体に戻った俺は、俺の人生を
始めることとなったのだが……
いろいろなことを物思いながら、地元駅前に一人立っていた俺に声をかけて来たのは、
「向ヶ丘くんおはよう」
「おはよう」
クラスのリア充トップ3のうちの二人。和泉珠琴と生田緑であった。なぜ、この二人と俺が待ち合わせているのかといえば、
「まだ他の人来てないわね」
「やった一番乗り!」
「一番乗りは俺だろ」
「男子は早く来て当然!」
「そうね……向ヶ丘くんは、沢山の今日女子をエスコートしないといけないのだから……一番最初に来ていても当然ね。全員を平等に扱わないといけないから、出迎えした女子とそうでない女子がいたらだめだと思うわ」
はいはい。
「そう思ったから早く来たんだよ」
特にこの二人は俺が先に来てないとうるさそうだからね。ぜったい早く来ようと思った、というか30分前にはもうついてたけど、
「ともかく……みんな揃うまでちょっと時間かかるんじゃないかな? 集合時間まで20分近くあるから……待ってっようか」
「まあ、みんなもすぐ来るっしょ」
「昨日楽しみにしてたものね、みんな……美亜の家に行くのを」
と言い駅前で俺と一緒に残りの女子を待つ二人。
そう、昨日のホームルームで喜多見美亜のお母さんが俺を家に連れてこいといってたことが女子たちの審議により抜け駆けと判断されて、ならみんなで押し掛けようとなったのだった。
ちなみに、セリナにより繰り返された俺の無数の生のうち、今回に最も近い経緯を辿った3回前もこれと似たような展開はあった。
他の数々の生と同じように喜多見美亜と結婚して生涯を共に過ごしたその回では他の女子の好感度も高くて、もちろん俺は優柔不断。なら白黒つけましょうと同じ高校2年の秋に喜多見家でのホームパーティーで俺に誰を選ぶのか尋問しようと集まられたのだった。
もちろんその人生での「俺」は逃げた。
誰が好き好んでそんな場所に行くというのか。
どう答えても俺にとって全く益がない糾弾の場にのこのこでかけて行く馬鹿がいるわけもない。それにその時の俺の心はまだまだ固まっていなかった。
喜多見美亜のことが気になってしょうがないものの、まだまだそうだと認めることができず——良い仲間だと思って、触れ合っていて……
おっと、これはまた別の「俺」の話天翔ける過去を思い出さず、この地球で喜多見美亜と一緒に幸せな生涯を過ごした人生。ほとんど今の俺と同じ人生をたどりながら、歴史の矯正力に阻まれて、過去の生を思い出すまでには至らなかった「俺」。
ただ、禁忌に触れることがないからこそ、その「俺」はトラックにひかれる危険も、くらきものたちに取り囲まれる危険もなく、宇宙の果に仲間を助けに跳ぶこともなかった。とはいえ、何人もの女子と入れ替わるという、普通ではありえないような疾風怒涛の青春を送り……高校時代が過ぎてもみんなとなんだかんだで交流があり……
なんかいろいろ思い出すな。
稲田先生の結婚式の二次会のほんわかとした雰囲気。街で偶然あった萌夏さん。喜多見美亜に無理やり連れられていった同窓会で衆議院議員になった生田緑が現れたり……三十代の半ばでついに喜多見美亜と……
——いやいや。
「俺」の話とはいえ、他人の人生に深入りはよそう。
俺……いや彼は、俺と似ているが違う人生を一生懸命に生きた盟友だ。それに、そんな「俺」を近くで見ながら最後まで正体をあかすことなく次のループへと入ったセリナの思いを考えると……
「勇タン! 遅れました」
と考えていたら本人の到着であった。
満面の笑みを浮かべた元気いっぱいの女子高生。見ているだけでこっちまでなんか元気になってくるかのようなセリナ。ちょっと前までは生死の境どころか存在の消滅の危機にあったとはとても思えない。もっといえば、彼女が、俺を失って陰鬱の魔女と呼ばれた時代があったなんて全く信じられない様子だが……
「……勇タン心配しないで。今日あなたが目の前にいることに比べたら……今までのことなんて全部ささいなことだから」
俺の耳元で小声で囁くセリナ。
「……うん」
首肯する俺。
その瞬間に、』彼女とのすべての記憶が頭の中ではじけとび、
「あのー」
「セリナ……」
「勇タン……」
「あのー」
俺たちは互いに、積み重ねたお互いの思いを改めて目と目であかくにんするのだが、
「あのー、僕がいるの気づいてますか?」
「「——!」」
下北沢花奈であった。
いるのに全然気づかなかった。さすがステルス女子というか、この隠密能力ってもう宇宙で通用するレベルにおもえるが、
「なんか二人の世界作っているところ申し訳ない感じもしましたが……遠慮しちゃだめだてセリナさんいいましたよね」
「ええ、そのとおりよ。というかそうしないとだめなの」
「……やぱりよくわかりませんが、僕も今回はちゃんと参加しないとだめな気がしてしょうがないので……」
「ええ、実は私が一番恐ろしさを感じるのは美亜さんでなくて花奈さんんあのよね……それに……」
「みなさん……すみません。私が一番最後でしょうか?」
お。百合ちゃんの登場であった。
ちなみに俺の前世というか……前の宇宙での望見の中では、本当に天使と会ったり、時には敵対することもあったのだが、本物の天使は百合ちゃんの方だと断言……
「うん、百合さんも間違いなく強敵なのよね……まったく、なんでこうなったのか……」
本気で悩んだ顔のセリナ。俺を復活させようと始めた時間ループの結果、その成功と引き換えにできたのが、
「うん、修羅場だね。間違いない」
振り向くとニタニタとした顔でみんなを眺めている和泉珠琴。
「珠琴も当事者なのに……なんか余裕ね」
「へへ、そんな緑は逆にいつもの迫力が無いんじゃない? なんか乙女っぽいと言うか……」
「まるで私が乙女じゃ無いみたいな言い方よね」
「いや、僕は実は女帝が一番乙女だと思うよ。本当は……ああ、とか考えていたら妄想が……! メモメモ……」
「ちょっとまって花奈さん! あなた私のことどうするつもり」
「いやべつに……次のコミケで出す同人誌で、女帝をあんなことや、こんなこと……」
「花奈さん! なんか乙女から話がずれてない?」
「……いやいや、乙女がそうなるから描きがいが……気の強い女帝に……」
「ちょっと、待って……」
「いやいや……」
と、女子が全員揃って、駅前が華やかに随分と騒がしくなって、目立ってきたので、
「ともかく、出発しようか」
俺はみんなにそう告げるのだった。
しかし、まあ、なんでこんなことになったのかというと……




