俺、今、俺(喜多見美亜「たち」エンド)
「IFストーリー」九人目は喜多見美亜たちです。
本編でも「俺」と様々な関わりながら惹かれあってきた二人ですが、どうやら「俺」——向ヶ丘勇と喜多見美亜は他の様々な世界線でも結びついていたようです。
もはやIFなどとは呼べないようなレベルで何度も何度も。
そのせいで、セリナが「俺」とくっつけなかったと、セナからは随分と嫌われている喜多見美亜ですが、なぜ彼女がそうなったのか? そのわけは……
地球温暖化なのかヒートアイランド化なのかわからないか、10月でも結構暑かったりする東京であるが、さすがに11月も半ば、それも夜ともなれば結構冷える。
そのせいか、ここに来る前によったバーで飲んだシャンパンのせいなのか、今日の目的地の恵比寿の大型商業施設に着くなりトイレに駆け込んだ俺だったのだが、
「遅いわよ」
「わりい……結構混んでて」
俺は、前で待っていた喜多見美亜に謝りながらも、
「……ともかく早く行こ。間に合わないよ」
「あ、待てって……お前は良いのか」
シャンパン飲んだあとに寒空の街中を歩いてきたのはあいつも同じなのだから心配して言うのだが、
「あれ見てよ……」
「ああ」
女子トイレは男子どころでない列ができていた。
「あの人たち、間に合わないな……」
「ゆっくりしてたら……私たちも間に合わないわよ」
確かに、なんか前の方がざわついて、今にも何かが始まりそうな雰囲気だ。ゆっくりとしていたらそれにぎりぎり遅れてしまうのかも。
なので俺たちは足を速め、だんだんと密度をます人混みのなかを苦労しながら通り抜けて、
「おっ……」
大型商業施設の中庭に荘厳な音楽が流れて目の前の大きなシャンデリアが点灯する。
周りから歓声があがり、
「きれい」
あいつのがにっこりと笑いながら俺を見つめる。
「そうだね……」
ここに来るまでは、たかだかでかい灯りの点灯式のため、秋も深まった寒い夜中に、わざわざ人混みの中に行くなんて馬鹿らしいと思っていたけれど、
「見れて良かった……一緒に……」
「ん? 私と?」
それを言わせるな! わかってるだろ。
だって、
「私は嬉しいよ。勇と一緒に見れて……」
そう言って手をぐっと握ってきたあいつの顔は信じられないくらいに美しい。
俺は、今、幸せの絶頂だった。
一週間前のプロポーズの結果も、
「こんな風に……ずっと一緒にいようね」
今貰えたようだった。
しかし、
「あれ?」
なんか俺の心の中に走る違和感。
「どうかした?」
なんか不安げな喜多見美亜の顔。
そりゃそうだ。
プロポーズの返事をした時に、俺がこんな妙な表情をしていたら。
「あ……違って……俺は……」
「?」
俺は手をぐっと握って、
「……なんか前にも一緒に……この光景見たことがあったような気がして……」
「? なにそれ、デジャヴ? 私たちこれ見るの初めてだよね。それにあんたが一人でこんなリア充イベント来るわけないし……」
「なら……」
「?」
「ずっと妄想してたのかな? こういう風に一緒に……」
「あ、実は……」
「?」
「私もよ……」
と言いながら、喜多見美亜は俺に強く抱きつくのであった。
ん? なんかこれも既視感あるような?
*
というわけで、喜多見美亜との感動的なラブシーンがなぜか初めての経験に思えなかった「俺」であったが……それもそのはず。無数の人生を繰り返す中、俺は何度もあいつと同じ瞬間を経験していた。
というか、俺」が向ヶ丘勇として存在できた世界線では、殆どの場合喜多見美亜とくっついているのだった。「俺」が俺として復活できる状況に近づいた向ヶ丘勇であるほど、その横にいる女子は喜多見美亜であった。
他の女子とくっつく「俺」もいるが——喜多見美亜の場合が多すぎる。
これはとても偶然とはおもえなかった。
セリナが俺を復活させるために何度も繰り返した時間の中で、喜多見美亜は恐ろしいほどの確率で俺と出会い結ばれるのであった。体入れ替わりの魔術をセリナが使い始める前も後も、俺はあいつと一緒の人生を何度も過ごすことになった。
例えば……
思い出す結婚式の情景。
全部でいったい何回になるのだろう?
ウェディングドレスを着た、まるでお姫様のようなあいつ。
文金高島田に身を包み、神秘的と言っても良いくらいに綺麗なあいつ。
ささやかにふたりだけの式をあげた時のあいつ。普段よりちょっとおめかしをした格好で教会から出た俺たちはそのまま二人で飛行機に乗る。
次から次へと続くあいつとの様々な人生。
子供がたくさんいてにぎやかな家庭をきずいたこともあれば、子供どころか若くしてあいつと死に別れて悲観に暮れた一生となったこともある。平凡なサラリーマンだった凡庸な人生だったこともあれば、起業なんかして派手な人生をおくったこともある。
もちろん、どの人生にも楽しいこと、苦しいことがいっぱいありながら、喜多見美亜といっしょに乗り越えて……
そして……
全ての人生に共通するのは喜多見美亜との出会いを自分の一番の幸せだったと思いながら人生の最後を迎える俺の姿だった。
所詮は偶然により紡がれているはずの人生だ。
事実、セリナが宇宙の始まりから時間をやり直したら、原子さえ生まれないとか、核融合ができなくて恒星が生まれないから始まって、地球ができるまでにも無限のやり直しがあって、その後も「俺」が生まれる世界線まで気が遠くなるような繰り返しがあったのだった。
セリナは時の大魔術師であるが全知全能の神なのではない。
繰り返す世界は偶然に支配され、彼女は時々介入はするものの、基本は時が進むのをただ眺め、ひたすらに待っていただけなのだ。
ならば、喜多見美亜以外とよりそう俺の人生がもっとあってもよかったはずなのだ。
「勇タン……」
振り向くと、二人がけのソファーの俺の横には、セリナが呆然とした表情で座っていた。
とても疲れた様子だが、その顔は生気に満ちていて、今にも存在が消えそうであった先ほどまでとは大違いであった。
俺が無数のループをたどり絡み合った因果をほぐしたことで、ひどく不安定だったセリナは安定した存在へと戻った。これで、応急で切れた因果を結んだだけで不安全だった治療も完成だ。彼女は、今後は、もう時の復元力により生が不安定になることなどなくなった。
だが、
「……そういうことだったんだ」
俺と気づいていた。
自分の存在が、また揺らぐような事実に。
俺は、
「……喜多見美亜は君だ」
と言い、
「ええ」
セリナはすべて知っていたというような顔で静かに頷いたのだっった。




