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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、俺オルタ
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俺、今、俺(稲田初見エンド)

 「IFストーリー」五人目は稲田初美編です。

 俺——向ヶ丘勇の高校の国語教師。家族の結婚圧力に悩むアラサー女子は、本編では体入れ替わり騒動の数年後にふとした出会いから幸せな生活を手に入れましたが、この世界での彼女には……向ヶ丘勇がもっと関わりを持つようですが……


 12月の寒い夜のある日。目の前の食卓では、カセットコンロの上に土鍋が置かれ、煮込まれた食材から白い湯気が上がっている。

 ああ、普通ならばこれってほっこりと心温まる光景なのだが、


「勇さんお味はどう……」

「ああ……美味しいよ」


 俺は、額から出ている脂汗を拭いながら答える。


「そう、よかった……もっと食べる?」

「いや……」

「え? もしかして不味い……?」

「違う違う……」


 ああ、本気で心配そうな顔をしている妻の(・・)顔をみると断れないが、


「うぷっ」

「どうしたの」


 心配そうな妻の顔。

 ああ、正直、一口食べた瞬間に今日の戦い(夕食)の負けを悟った俺であった。

 とはいえ、男には引いてはいけない時がある。

 それが今——なのでは無いかと俺は思い、


「よし!」


 覚悟を決めて料理を口元まで持って行く。


 でも、


「うぷっ……」


 やっぱだめだ。匂いを嗅いだだけで思わず、口から器を話す俺。

 それを見た妻——初美(・・)さんは、


「勇さん、ごめんね。今日も無理やり食べさせちゃったみたいで……」


 目がウルウルとなる——のを見て罪の意識ハンパねえ。


「いや、無理矢理じゃないよ。俺も頑張らなければいけないし」

「勇さん……」


 俺は、もう一度、失いかけた勇気と矜持(プライド)を取り戻す。

 そう、初美さんだって、不味い料理を作りたくて作っているわけでなく、


「子供欲しいね」

「……う、うん」

「……じゃあ」


 俺は、元が良くわからないまでに煮込まれた精力剤(・・・)がドロドロとなりとても食べ物と思えないような色と匂いのその物体を再び口に運ぶが——また箸が止まる。


 俺だって、別に子供を欲しくないと思っているわけではないが目の前の謎の物体を目にすると思わず……


「精をつけないといけないね」

「……う、うん」

「ごめんね」

「……」


 だめだ。

 俺は、またこの食事(戦場)から一瞬逃げようとしたけれど……初見さんの悲しそうな表情に耐えきれない。

 なら、


 ——ええい! 


 俺は、思い切って滋養強壮満点の謎食材ごたまぜスープを一気に喉の奥に流し込むのであったが……


「ぶ……うっ……」

「勇さん!」


 ——ぐぅえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!


 アニメならあたり一面が星になったであろう、盛大なリバースをしてしまうのであった




 さてさて、いきなり壮絶というかばっちいシーンから始まってしまった初見さんと俺の結婚生活だが……

 初見さんとは、そうもちろん稲田初見さん。高校時代の俺の隣のクラスの担任、国語教師、進路指導学年副主任でもあったあの稲田先生である。

 となると——俺って、先生と結婚したの? って、ちょっとやばい雰囲気を感じてしまう人もいるかもしれない。

 教師と生徒の禁断の恋。

 許されぬ関係の二人は世を忍び逃亡しひっそりと隠れ住む……


 ——いや、それはない。


 そんな度胸は俺にはない。初美(・・)さんだって、今どき生徒との恋愛だなんて、公務員生活どころか社会生命抹殺されかねないようなことに手を出すほど無謀じゃない。俺たちが恋愛するようになったのは大学を卒業して2年目の夏に、たまたま地元で先生に会った後のことだった。

 その日、夜の駅前を呆然自失したような表情で歩いていたのは、


「稲田先生……」

「向ヶ丘くん?」


 思わず声をかけないと行けない気持ちとなるような切迫した様子の先生であった。で。彼女がそんな深刻になってしまうような事柄と言えば。


「またうまくいかなかった……」

「……」


 もちろん婚活である。久々にあった先生の悩みは——全く変わっていなかったのであった。先生は友達——俺が入れ替わったときにも会ったことのある津田麻耶さん——の結婚式帰りだったそうなのだが、二次会で盛り上がる周りの妙齢男女からいつの間にか外れて一人で叫んでいるうちにボッチで帰宅途中ということなのであった。

 なんでも、津田さんがかなり先生に色々な人を紹介してくれたり、気を遣ってくれたりしてくれたそうなのだが、


「私って……魅力ないのね……」


 そうではなくて、三十を超えてもますます綺麗になったように見える先生は異性より随分と魅力的に見えると思うのだが、またいつものすれ違いと度胸なしの結果……


「ああ、私……もうだめかかも……」


 で、どうにもこれは放おっておけないという雰囲気を漂わせていた先生と近場でちょっと話をとなったのだが、


「今日はなんか出会いあるってもってたんだけど……」


 いや、多分出会いはあったし、男性も気にしてたと思うぞ。

 正直、稲田先生ってなんで結婚できないのかさっぱりわからない。

 確かに癖強い女子(ひと)だけど、優しいし、可愛いし、気が利くし、可愛いし、可愛いし、可愛いし……


 ん?


 ——ドキッ


 俺は胸の奥で何かつかえが取れた音が聞こえたような気がした。

 先生は今日は(・・・)出会いは無かった。

 でもいつまでもそうなのか?

 もし、そうでrないならば、


「稲田先生……いや初見さん」

「?}

 

 俺は、目の前にとても素敵な人がることに改めて気づく。


「俺じゃだめですか?」

「どういうこと?」

「……好きです。結婚してください」

 先生——初見さんは、俺の言葉に真っ赤になって、

「向ヶ丘くん、大人をからかっちゃだめですよ」

「からかってなんかいません」

「……いや、違うでしょ?」

「違いません」

「……え」

「本気です……俺は、前からずっと先生のことが好きだったんです」


 俺のいっていることは全て本当だった。

 体が入れ替わった時に知った先生の人柄やら可憐さにゾッコンとなってしまってしたのだった。

 武蔵さんとのお別れの後に、泣きじゃくる稲田先生が心配で、そのあと何回か一緒に遊びに行ったりしてるうち好きになっていたのだろう。一度、次の日文芸部の交流会という日に連れ出して風邪を引かせて欠席にしたのはもうしわけなかったが、あの高校時代の思い出が、実は俺の今までの人生で一番大切なものであった、もちろん、それは歳なりに青く甘く淡い感情で、教師と生徒の関係というフィルターを通したら、大人の女性に対する憧れということに俺の脳内で変換されてしまっていた。

 しかし、


「大人になったらになったらプロポーズしてみたら」


 そういや、女のカンで俺の本当の気持ちに気づいてたのか、先生のことばかり話す俺に喜多見美亜(あいつ)は呆れ気味にこう言われたことあったな。俺はそんなんじゃないよと慌てて取り繕うが、正直、自分でも言い訳がましいなって思ってはいた。


「まあ、いいけど……じゃあ今日のキスしちゃうか……なんかしらけた感じだけど……」


 と、呆れたような顔をしたあいつと、例の神社でキスしたら俺は元の体に俺は戻った。

 高校二年の秋のことだった。

 その後も喜多見美亜と俺とは友達付き合いは続くが、元のオタク高校生に戻った俺との付き合いは次第に疎遠になり、大学の頃には、たまにSNSでのやり取りをするくらいで会うこともないような関係となっていた。

 そういえば、


「誰か好きな人できた? やりとり 先生のことまだ好きなの?」


 とメッセよこしたことあったな。

 大学生になっても冴えない自分の生活詮索されるのが嫌で、そうかもな……って適当に返した、


「そうか」


 とだけ返してきて……あれ、その後俺ってあいつと連絡撮ってない?

 ともかく、高校時代から、稲田先生への淡い思いはあり続けたのだが、ビビリの俺が高校時代先生への思い言う訳はないし、大学時代に会うことも無ければ、全ては過去の思い出となって社会人1年目を浮いた話も無く地味に過ごしていたのだが……


 再び先生に出会った瞬間、俺の中の淡い色は鮮やかな色彩に変わる。


 恋に落ちた。いやもともと落ちていた自分のもとに初見さんが落ちてきた……のかな?

 ちょっとズルいタイミングだったかなと思う。

 結婚する友達を見て落ち込んでいた時に取り入った俺は見事そのまま初美さんとゴールイン。幸せな結婚生活を始めるのだが……


「……勇さん、ごめんね。私がやっぱりプレッシャー与え続けているよね」


 床に巻き散らかした汚物を二人で一緒に拭いている途中に初美さんは言う。


「……そうじゃないよ、俺も欲しいよ」


 これは本心だった。初美さんとの子供が欲しい。それは彼女と暮らし始めてますます募っていく俺の真のの気持ちだったが、


「不妊治療試してみた方がよいのかな……」

「検査では問題ないとなってるけど」


 付き合い始め結婚するまでなんだかんだで数年はかかり、そのあとも初美さんの仕事とかもばたばたして出産を少し躊躇している内にあっという間に三十代も後半となった初美さんであった。それから子作りに真剣になった俺たちであったが、正直妊娠がしづらくなってきてる年代である。案の定、妙な精力料理をつくったりしても、待望の子宝はなかなかさずけられず二人で悩む日々であったのだが、


「でも、そろそろ人工授精とか……」

「……そうだね」


 まあ、そういうのも頼ってみるかと思い始めたのだった、


 だが、


「それじゃ……うぷっ!」

「初美さん!」


 今度は俺じゃなく、リバースをしたのは初美さん——


 そう、これが実は妊娠の兆候……つわりの始まりだったのであった。


 もちろんこの時は、初美さんが心配でそれどころではなかったのだが、


「オギャー!」


 約八ヶ月後に見た我が子の顔を見た俺は横で微笑む初美さんとその後のどんな困難も乗り越えていけるような気がした——つまりは幸せの絶頂となったのであった。


   *


 というわけで、偶然の再開から縁結ばれたこの世界の稲田先生と「俺」であった。

 結局、夫婦の子宝は一人だけではあったが、その一人息子を大切に育て上げ、その孫や稲田先生をしたう教え子たちに囲まれた幸せな老後を過ごした。いろんな時間線の「俺」たちの中でも屈指の安定した人生を過ごした「俺」であった。

 それってほんわかする先生の人柄ってこともあるけれど、年の離れたお姉さんに「俺」は安心して甘えてたのかな……

 そういうのもいいかもね。


 とか、俺が思っている内に因果の糸はまた一つほつれ。


 次は……喜多見——妹?


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