俺、今、俺(麻生百合エンド)
作者本人もこんな長い連載をすると思っていなかった『俺、今、女子リア充』ですが、呼んでくれた皆さん、ブックマークや評価、コメントいただいた皆さんの応援に支えられついに最終章……に行く前に各ヒロンの「IFストーリー」を一通り書いてみたいと思います。
そういうのは完結してからやってくれと言う人もいるかもしれませんが(作者も選手まではそうしようと思ってたんですが)主人公が過去の繰り返した生を思い出して因果のほつれを解く——そんなふうに自分の想定を超えて物語が動いてしまったので……まずは最初のヒロイン麻生百合編をどうぞ!
——思い出した。
俺は、セリナのマンションで、彼女が時間を巻き戻し、繰り返した俺の生を思い出してた。因果が絡み合い、引き裂かれ、存在が消えてしまいそうになっている彼女の存在を修復するため、俺はその過去の記憶の中から伸びる因果を解き放って行ったのだった。
セリナは、俺を蘇らせるため、無数の生を重ねた。
その因果も、生の数だけ伸びて絡み合っている。となれば、俺がセリナを助けるためには、無数の記憶をたどり絡みう因果をときほどかないといけないことになる。
いや、俺はどんなに時間がかかってもそれをやり遂げるつもりでいたのだが……
どうやら、絡み合う因果の中にも、重要なものとそうでないものがあるようだった。
考えてみれば、それもそうだ。
セリナが繰り返した生の中には、俺らしき人間が存在しないばかりか、人間も存在しない……宇宙の法則が異なって物質の存在しない世界さえあった。そんな世界とセリナの結びつく因果は少なく、となると今のセリナを引き裂こうとしているもつれにも関連が少ない。
というわけで、俺は、俺がセリナの知る俺として生を受けた——今回の事象に関連が深い繰り返しを中心に、しっかり思い出して、因果のもつれをほどけば良いようだった。
で、俺が、まず思いだしたのは、
*
「ただいま」
俺——向ヶ丘勇は最近買ったばかりのマンションのドアを開ける。
時間はまだ夕方の七時。
花の金曜日にこんな早く俺が家に帰ってきている理由は、
「おかえりなさい」
入り口から伸びる廊下の先のリビングから、ヒョイと顔を出して出迎えの声をかけてくれるのは麻生百合——いやもう向ヶ丘百合になって三年となるか。
俺は、旦那が帰ってきて、本当に嬉しそうな愛妻の笑顔に、とろけそうになりながらも、
「……立っていて大丈夫?」
俺は、お茶のポットを抱えながら立つ百合ちゃんを見て、心配して言う。
今日は、会社は体調不良で早引きしたって聞いてたけど、
「大丈夫。今日は調子良いので。少し運動もしないと、良くないってお医者さん言ってたし……もう安定期にはいってるから大丈夫みたい」
持っていたポットをテーブルに置きながら百合ちゃん。
俺は、靴を脱ぎ捨てて、早足で廊下を進みながら、
「そうなら良いけど……無理しないでね」
と、彼女の横に立ちながら言い、
「ええ。もちろん、私だけの体じゃなくて、大事な……二人の子供がいるのだから」
「……うん。そうだね」
俺は、一瞬、決意に満ちたとても真剣な表情になる百合ちゃんの姿を見て、新たな生命を授かった、責任を改めて感じながら気を引き締めながらこたえるのだった。
すると、
「……幸せ」
え?
百合ちゃんはぐっと俺に近づいて俺の胸に頬を当てながら、
「勇くんと一緒にこんなふうになれて……大好き」
そんな彼女をぐっと抱きしめる俺。
「俺も……大好き……幸せだよ」
ということで、俺——向ヶ丘勇30歳——は麻生百合ちゃんと結婚して3年目で、ついに二人の結晶、我が子を授かったところだった。
今こそが、まさしく幸せの絶頂。人生の頂点……いやそれは我が子の顔を見て、成長した後に取っておいたほうが良いのかもしれなが、正直、百合ちゃんと過ごす日々は常に幸せの最高得点を更新していく日々であったので、常に頂点である人生を得た絶対の勝ち組、それが俺の今の姿なのであった。
まったく、俺も変わったものだ。
徳が高すぎておそれ多いのか誰も寄ってこない、あのボッチの高校時代からしたら、こんなふうな人生となるなんて、まったく考えまもしなかったけど……
事実、俺はこんな得難い幸せを得たのだった。
ほんと、信じられないが事実なのだ。
夢のようだが現実なのだ。
何がどうなって、こうなったのか……人生の歯車が少しでも違ったら、全く違った結果になっていたと思うのだが。
こうなったものは、こうなったのだ。
とおもえば、全てが運命と思えてくる。
今の百合ちゃんと一緒の人生以外なんて考えることもできない俺なのであった。
しかしだな……
高校時代にあんな特別な事件がなければ百合ちゃんとは知り合うこともなかったと思えば、普通ではない運命のおかげでこうなった。
と思えば、その発端は喜多見美亜……
「そういえば……」
「ん?」
俺と手を繋いだまま椅子に座りながら百合ちゃんが言う。
「明日だけど……美亜さんが訪ねてくるの」
「え……そうなの」
「うん。本当は緑さんと珠琴さんも一緒にと思っていたようだけど……二人となかなか合わなくて」
「そうだろうな……生田緑は死ぬほど忙しいだろうし……」
「大学卒業してすぐに県会議員になったのにも驚いたけど」
「もう衆議院議員だものな……一族の地盤を引き継いだといってもすごいな」
「ええ……高校時代から只者じゃなかったけど……」
「大人にになってもやっぱりすごかったんだな」
「すごいといえば……」
「和泉珠琴の方?」
「ええ、彼女……子供が六人なんて……一人授かってあたふたしている私からしたら超人のように思えちゃう」
「うん。まさか五つ子が生まれると思ってなかったんだろうけど」
「長男が男で、女の子がほしいと思ったら、五つ子が生まれちゃって……」
「ニュースになったというか、たまにテレビで見るわよ」
「テレビ?」
「ドキュメンタリー? っていうのかな。可愛い五つ子と、妹たちに振り回されるお兄ちゃんの反応が面白くて、テレビでもたびたび放送されてる人気番組のようよ。この頃はネットにも専門チャンネル解説されてすごい視聴数のようよ」
「そんなことになってたんだ……」
「珠琴さんも高校時代から変わったよね」
「そうだね……」
「あっ」
「ん?」
「あのことは気にしてないから。もとから良い人だったから彼女は……」
「あのこと? ああ……」
高校時代、俺が入れ替わった喜多見美亜と百合ちゃんが仲良くなったのに嫉妬して、百合ちゃんを陥れるような騒ぎを……でも結局あれはリア充トップグループに取り入りたい男子に無理やり仲間にされたのだっと後でわかって謝罪もすんでいるのだが……
俺は、あの時の自分の気持ちを思い出すと、やはりちょっと感情が高ぶるのを抑えられない。でも……当の本人がもう許しているのに、いつまでも俺がこだわっているのも逆に百合ちゃんに失礼か。
「……変わったっていうのは、角が取れて成長したけれど、でも彼女は彼女のまま良い大人になったって」
「ああ、確かに……高校時代から良い味出してたよね」
実際、彼女のことをもっと良く知った後の和泉珠琴は、結構魅力的な女性であることがわかって、
「もしかして? 好きだった?」
「え? 誰が?」
「珠琴さん……いや緑さんに憧れてた?」
「まさか……」
いやいや、あの二人は、今世の俺には厳しすぎるよ。
人間力が全く足りてない。
「そうかな? あの二人とは良い雰囲気立たっと思うけどな……といっても勇さんを渡す気は無いけど」
「……いやいや」
俺も渡される気はまったくないけど、
「ふふ。からかってみただけだよ。そんなこと本気で考えているわけじゃないけど……ううん……でも……」
でも?
なんか言いたそうな百合ちゃん。
「……美亜さんは本気で好きだったんじゃない?」
「え! そんなわけ……」
喜多見美亜は好きは好きでも良い友だちというか仲間で、恋愛とかそんな風な……
「ふふ、冗談……だとよいけどどうかな?」
ちょっと冷たい感じがする、探るような顔つきで俺を見る百合ちゃん。
「……」
その目に射すくめられたかのように言葉を失って固まってしまう俺は、
「……まあ、明日に美亜さんが来た時にそのへんはしっかり問い詰めてみようかな?」
冗談めかして言う百合ちゃんの言葉に、なぜか背中にびっしょりと汗を書いてしまうのだった。なんのやましいところも無いはずなのに……
——たぶん
*
なるほど。
俺は百合ちゃんとのラブラブ生活を楽しんでいる「俺」を思い返しながら、なんとなく自分の頬が緩むのを感じる。
いろいろ辛いこと、大変なことがあっても、自分の真を曲げずに、常に天使であった百合ちゃん。
こんな子と愛し合えた「俺」は本当に幸せものだ。
この後、長男が無事に出産、そして二年後には妹も生まれ、中堅I企業で働く俺と、外資系保険企業で働く百合ちゃんの二人の共働きで、家族の生活を支えながら、堅実で楽しい生活をした「俺」。
大きく変わったことはない人生だったが、幸せ度でいえば、「俺」史上有数の人生であったと言える。最後は、90歳になって百合ちゃんと孫たちに看取られながら穏やかに息を引き取った「俺」。
ああ、こんあ人生良いな。
でも——それは「俺」の人生であって、俺のものではない。
俺は、記憶の中で辿った人生——その因果を俺とセリナから外し、「俺」と別人になる。羨ましき生を謳歌した「俺」に向かって別れを告げるのであった。
では、次は……




