俺、今、女子帰宅中
「あ……」
行ったのもいきなりであれば、帰りもいきなりであった。
数十億年の宇宙の果てで、イクスが暗きモノの集合体を打ち破った瞬間、奴らの作った次元の狭間の回廊の中を俺は押し返され戻った。
気づけば、そこは新宿の紀◯国屋劇場。
止まった時間の中で演じられていた向ヶ丘勇の物語は終劇となり、一人として動くもののいない観客席からは、どこから聞こえるのか、割れんばかりの
拍手につつまれていた。
舞台では俳優たちが礼をして、幕が閉まり、
「それじゃ、またすぐに……勇」
フェム——の仮身が俺の前で礼をしてニッコリと笑うと、少しずつ薄くなって……消える。
「セナ」
俺は、今同じ体を共有する我が娘に心のなかで呼びかける。
「何、お父さん」
「これからどうするつもりだ」
「そうだね……このまま、いつまでも時間を止めてるわけにはいかないので元の駅に戻って再スタートだよ」
「喜多見美亜とキスをするところからか……」
「むっ。にくたらしいけどそうだね。あの疫病神とお父さんがしっかり別れるためにもまずは体をもとに戻さないとね」
「なるほど……」
「ん? 何か気になることあるの? 元の体に戻りたくないわけじゃないよね?」
「いや……」
そんな訳はない。リア充女子ライフで心労を重ねるのはもうまっぴらだと多次元宇宙を股にかけた冒険の記憶を全て思い出した後も本当にそう思うのだが……
何が気になっているのか自分でもよくわからず、
「なにか気になることがあるの?」
「……あ、そうだ」
「ん?」
「時間動かす前にセリナのところに行けるか?」
「お母さんのところ? 南◯線に乗り換えればいけるよ」
「時間止まっても南◯線動いているのか?」
「小田◯線走ってたじゃん。南◯線だって動くよ」
「そういうものかな……」
いや、南◯線をバカにするわけじゃないが、なんとなく小田◯線よりゆるいイメージが合って、時間が止まってるなか走りそうもないというか……
「南◯線いやなら、渋谷行ってから東◯東横線でも良いけど?」
「南◯線乗り換えにしよう……」
正直今セリナに会うのは緊張する。
彼女との歴史をすべて思い出して——なんか気恥ずかしい。
別に恥ずかしいことは何もないのだけど、俺だけが忘れていた過去の大恋愛劇を、いきなり『思い出しました』というもの照れる。
気持ちを落ち着けるのに、乗りなれた電車のほうが落ち着く。
「それじゃ南◯線で良いけど……すぐ出発する?」
「ああ」
「……でも、今ならもっと早い方法もあるよ」
「ん?」
「私、イクスたちと一緒になって、久しぶりに魔力の多い空間に行ったじゃない? だから満タンなんだ。この世界だと魔力が薄くて時間系以外、私ろくな魔法つかえなかったけど……今なら大丈夫」
何が?
「もちろん、こんなのだよ」
セリナは、突然走り出し、劇場から出て、そのままビルの屋上まで非常階段を上り、軽くジャンプして、少しかがむと、
「飛んでくよおおおおおおおおお!」
大空にその身を浮かべるのだった。
*
で、
——コツコツ。
「はあい、どなですか」
「あ、ロータスさん、お父さんと一緒に戻ったよ」
「あ、セナちゃん」
新宿の南口のビルから空にジャンプしたセナは、そのままセリナが療養中の自宅までひとっ飛び。
ほんの数分のことだった。あっという間に加速して、減速して、多摩川近くのタワーマンションの高層階のベランダに着地。外から窓ガラスを叩くと、中からセリナの看病中のロータスさんが、勝手口に近所の子供が訪ねてきたくらいの気軽さで出迎える。
いや、ここ地上二十階を超えてますけどと思うが、思い出した記憶の仲間たちの所業を思えば、こんなのはびっくりすることでもなんでも無いのは頭では理解できる。まだ感情がついてこないだけで。
「お、その様子だとうまく行ったね。セナちゃんはお父さんを取り戻したんだ」
「うん。お父さんは、すべて思い出して。ついさっきは、ささっと宇宙を移動して、ささっと苦戦してたイクスたちを助けたんだよ」
「そうなんだ」
なんか、数十億年移動して、数光年に渡り密集した宇宙を滅ぼしかねない強大な敵を倒したことを『ささっと』ですまされるのは違和感があるが——これが日常であった時代のことを俺は思い出していた。
それがまだしっくりと来ないだけで、
「ところで……お母さんは」
「ああ、時間が止まって周りが静かになったのでぐっすり寝てたけど……今さっき起きて」
ああ、やっぱり、時間が止まったくらいで動きがとまるようなたまじゃないセリナとロータスさんだったようだ。わかっていたけど。
「……勇タン!」
と、隣のベットルームからリビングルームに出てきたのはセリナ。
ピンクのパジャマに少し大きめのガウンを羽織っていた。
「ずいぶんと待たせてしまったね……まずは……」
俺は、セリナに、ソファーに座るように目で合図すると、
「じゃあ、私はお茶入れてくるね」
おじゃま虫にならないようにか、ロータスさんはささっとキッチンに向かって消える。
そのあと、早速ガシャンと陶器が割れるような音がしたのが気になるのが、
「お帰り」
目に薄っすらと涙を浮かべならがセリナが言う。
「……と」
お帰りという言葉に込められた万感の思いに、どんなふうに言葉を重ねるのが良いか考えると、次から次へと浮かぶ様々な思いに、俺は思わず声をつまらせてしまうのだけど、
「……ただいま」
となんのひねりもない答えに、
「うん」
思いの全てが伝わったと確信できる笑みを返すセリナなのであった。
が、
「ちょっと、お母さんとお父さん」
「「ん?」」
「事情が事情なので娘の前でもラブシーンは許すとして、私の体を使ったままというのはおうなの?」
「「ああ……」」
確かに、セリナは俺の魂そのものを見ているので、その器が自分の娘にになっていてもあまり違和感なく受け入れていたようだが、セナにしてみれば自分の体で感動の対面されてもなんか違うだろと思ってしまったようだ。
それは確かにそうだな。
「でも、このままでやってしまいたいことあるんだ」
「?」
「この世界の向ヶ丘勇はただのオタク高校生で魔法なんてなんにも使えない。でも……」
「私?」
「そう。まだ魔力の溜まっているセナの体を使うなら、俺はセリナを治すことができる」
「え?」
時の復元力の呪いにより、消滅仕掛けたセリナは、なんとか現実に戻っては来たものの、ひどく淡く、因果の乱れた存在となっていた。それは、この後、下手したら何回かの輪廻を経てやっと治る事ができるようなひどい状態であったのだが、
「セリナの因果と強く結びついた俺なら……セリナを本来の存在へと引き上げることができる……」
「うん。勇タンお願い」
なんの不安もない表情でセリナは手を差し出す。
「え、もうやるの?」
あまりの即決にびっくりしたセナのことは無視をして、俺は手を握り、セナの体に魔力を通して、その流れを追う。なんとも、ひどく壊れてしまった因果のせいで魔力はセリナの存在のあちこちで途切れるが、その度に、俺とセリナの因果を魔力回路でつなぐ。
ああ、これは……いけそうだ。
すぐに、今回の時の反動力の呪いにより分断された存在の因果を修復。
「あれ、お母さん……」
セリナの顔には生気が戻る。
これで、セリナの存在の消滅の危機は去った。
謎の転校生として俺の目の前に現れた元気いっぱいのセリナに、今の段階ですでに戻った。
でもまだ終わりじゃない。
俺はこの機に、さらにセリナの過去の因果のもつれを解く。
俺の死んだ後の存在の大きな分断。
何度も繰り返した生による存在の混乱。
その結果生まれた、もつれた糸のような因果。
でも、俺ならば、それを解きほぐすことができる。
なぜなら、俺は常にその因果のもつれの中心にいて、その「俺」が俺と一緒になることにより因果はつながる。
そう、俺は一つ一つ思い出すだけで良い。
様々な俺の生。
それは、セリナの生とともに、なんども繰り返され、もつれて混乱して……
それは……
「なに!」
「……お父さん、どうしたの?」
そういうことだったのか!
「大丈夫続けて」
「?」
「わかった……」
セナへの説明は後にして、俺は「俺」の無数の生を思い出しながら因果の修復を続けるのであった。




