俺、今、俺大ピンチ中
ギラは、彼の前に立つセリナと、俺、伝説の聖者に向かって話し始めた。
その内容は……
伝説の聖者の同時代の女騎士ミリーの残した本の内容に沿って戦争を起こす。それがギラの考えた生涯の計画であった。大国エストの魔術団でも数名しか閲覧できないようになっていたその本。若くして栄誉ある魔術団のトップとなったギラは、それを読み、破滅の魔女の予言と伝説の聖者の真実を知ったと思ったのだった。
とはいえ、実は、ミリーの書いた本は半分本当で半分嘘であった。
本当の方は破滅の魔女の出現と、それにまつわる世界の再創造。
破滅の魔女についての世に残っている予言は、エストとワドムの戦争の途中で現れるとか、世界を破滅させるとかいう話は伝わっているのだが、どうにも具体的な内容ははっきりしないものしかない。ミリーの本にはその詳細がしっかりと書かれていた。
破滅の魔女が生まれる時の条件や、破滅は時の魔女である少女の魔力の暴走で起きる。その時彼女の暴走の中心にいた者が新たな世界を作り出す核となる——神同然の者となる。この部分は、本当であった。
一方、嘘なのは、その中で描かれた鬼畜な愉悦系聖者ブルース・フォン・ローナ——という人物像であった。もともと、この本は、後世に破滅の魔女の真実を残すために書かれたりした者ではない。実は、そっちの意味で腐っていたらいしい女騎士は、この本をBL本として書いたのだ。
本の中で描かれた伝説の聖者の姿は、ほぼ嘘であるのだった。
しかし、ギラにとって、その架空の聖者の姿は、まさしく自らの理想を体現するものであったのだった。野望のためには手段を選ばず、敵にも味方にも残虐な行為を行い、恐怖で皆を従える。また、私生活においても、何事にもタブーを設けずに、自らの嗜虐性の命ずるがままに背徳の快楽に溺れる。
ギラは、禁書で読んだ聖者の本当の——と勘違いした——姿に憧れた。魔法の名家に生まれ、最高の若い頃から神童の名を欲しいままとした傑物。自らに求められる期待に答えるべく、誇り高い精錬潔癖な人生を歩んだ彼は……
民衆に神のごとく崇められている聖者の堕落した姿に興奮した。
——あの聖者も、実態はこんなものだったのだ。
——私はもっと自由にしてよいのだ!
それからのギラは変わった。
いや、元々の自ら封印していた資質を解き放った。
表だっては人格者の魔術団長を演じていたが、裏では極悪非道と残虐の中で愉悦を追い求める怪物として王以外では逆らえない——王すらも気づかぬうちに傀儡として操る。
ギラは、数年の内に、エストに実質的な支配者となったのだったが、
「結局、現世は私を満足させることはできませんでした……聖者様よ。最初は……今では虚像と知るあなたにならって……新たな自分を楽しんだのでしたが、どんな強烈な刺激もエスカレートし続けているうちに鈍感となったのでした。やはり、この世は私にとって必要な者では無かったのです」
ならば、
「……私は、やはり破滅の魔女の起こす世界の破壊と創造を起こし、世界を作り替えるしかないと思ったのです……そしてあなたを越える……そのためにエストの全てを掌握し、破滅の魔女のための舞台をいつでも用意できるように準備しました。いつでも最悪の、最低な戦争を引き起こせるよう、いくつもの戦争の種をまきながらも、その時までは中途半端な戦争は起こさないように我慢しました。そうしたら……」
ギラは、思い出すだけで喜びを抑えきれないといった声で言った。
そして、
「破滅の魔女が現れたのです! 禁書に書かれた少女がこの私の時代に現れたのです! なんという暁光! この世という地獄に救いがあったのです! ならば私のすべきことは、彼女のため——最高の愉悦を、恐慌と残虐に満ちた舞台をよういすることなのです!」
完全に狂気に満ちた様子で、ギラは苦々しげに、伝説の聖者ブルースを見ながら言った。
「私はあなたにはなれない……禁書の中のあなたが偽のあなただったにしても……それが存在しないあなただったならばなおさら……本当のあなた以上の伝説のあなたを越えましょう。まずはあなたと……少年に消えて貰います!」
ギラは、ますます鬼気迫る顔つきで、魔力をセリナの張る結界に向けて打ち出してきた。もう、精神支配の魔法など搦め手でくることはやめ、ひたすら魔力をセリナの活計にぶつけて破壊しようとしている。
とはいえ、時間が止まった世界ではギラも全力を出せないのか、その攻撃にも結界はギリギリで耐えていたが、
「……もう限界かもしれない」
セリナが今日初めて弱音を吐いた。
これは、本気でもうギリギリなのだろうが、
「確かに、これはもうちょっとしかもたないな。ギラというあの魔術師、なかなかの者だよ。あんな魔力量の魔法を緻密に操れる人物なんてめったに現れないもんだよ……私の時代でも僕か勇者じゃ無ければ苦戦するだろう」
ん? いま聖者さん『僕か』って言ったよね?
「あ、今の僕に対抗して貰おうって思ってもダメだよ……」
確かに、聖者様が対抗できるならこの場助けて貰えればと思ったのだが、
「……今の僕は残留思念による疑似人格みたいなもんでね、あんな魔術師と対抗する魔法や奇跡を起こす力なんて無い」
ということらしい。
「でも……」
聖者ブルースはにっこりと笑いながら、サムズアップをしながら言った。
「少年よ落胆することは無いぞ……どうすれば対抗できるかは教えてやることができる」




