俺、今、俺魔術団長暴走中
大国エストの誇る魔術団。
その長となったギラの誉れに満ちた生涯……
はたから見たらならば、彼はこれ以上は無い地の栄華を得た男——となるだろう。
しかし、卓越した魔法の才能を得た彼は、その才能が中途半端に優れてたために、凡才には識ることができない自らの限界もまた的確に理解していた。
ギラは、この時代の魔法の第一人者であるかもしれないが、あくまでも過去の偉人の業績をなぞる秀才であって、魔法を新たに発展させていけるような改革者の才能などは無かったのだった。
であれば——ギラは憎んだ。
自分自身の才能を。
識ることはできるのに、創造することができない自分の中途半端な能力を。
そして、いつのまにかギラは狂った。
表向きは、厳しくも良き魔術団長を続けながら世界を激しく恨んだ末に……
魔術団長の執務を離れ、一人になった時、彼は病的な目で、自分を生み出した世界を呪居続けた。
どんなに頑張っても、過去の偉人の作り出した偉業の結果をなぞることしかできない——歴史の奴隷でしかない自分の人生への繰り言をいつまでも続けた。
だが、ギラは、そんな自分の人生をリセットできる破滅があることを知った。
伝説の聖者が残した破滅の魔女の予言。
エストとワドムの戦争の間に出現するという幼き魔女が世界に破滅をもたらすと言うそれは——実は、魔女の出現の他は、だいぶ曖昧な内容しか後世に伝わっていない。
幼き魔女がどうやって破滅を起こすのか? 破滅が起きて世界はどうなるのか? そもそも破滅とは何か?
具体的ななところがさっぱり伝わっていない何百年も前の予言。エストとワドムの戦争が予言の後に何度も行われたが、破滅の魔女は全く現れる様子も無い。予言は、戦争の間に現れると言っただけで、いつの時代に現れるかとは明言してなかったのだが……
何回も大予言を的中させたという聖人の予言でも、さすがに皆信じることが難しい状態になり、幼い魔女の監禁も形式的なものになっていた。
ところが、ギラは、魔術団の禁書庫にあった本を発見し、破滅の魔女の予言の真実を知った——と思ったのだったが、
「……全部嘘だったのですね!」
裏返り悲壮な声で言うギラからは、先ほどまであった余裕は全く消えていた。
セリナと俺などいつでも殺せると思っていたのか、まるで獲物をもてあそぶ猛獣のような様子であった魔術団長は、今、動揺した心の中を隠すことも無くその声にのせていた。
うん。若干、ギラ魔術団長に同情しなくもない。
彼が、生涯の目標を決めるに至った秘伝の禁書は、どうやら、伝説の聖者の仲間の腐女子が書いたBL本であったというのだ。
理由は良くはわからないが、どうやら、伝説の聖者は、自分の人生の詳細が歴史に残らないように、生前に色々と仕込んだらしいのに、なんの因果かろくでもない創作物がするっと後世に残ってしまったということらしい。
創作の中の聖者の鬼畜(責め?)を信じて、ギラが彼の人生を組み立てていたかと思うと、滑稽と言うよりは哀愍の情を感じないでもないが……
「……同士だと思ったのに。裏切られた」
それ聖者様のせいじゃないだろと思うが、
「殺す……」
あんまり近寄ってはいけない人のようだ。
「君はミリーの書いた本を読んでそのまま信じちゃったようだけど」
「全部嘘なのでしょう?」
うわ。怖い。
ほんと、人を殺さんばかりの様子というのはこういう様子のことを言うのかって感じのギラ団長であった、
いや、殺さんばかりというか、殺すと言っているが……
「全部? ミリーが書いた本なら……全部嘘ということは無いかもしれないな。あの子は創作物創るときには登場人物の性癖とかは事実無根でもりもりに設定してたけど、その裏の世界観とか事実とかは真実のままに書いて物語にリアリティを出すんだとかいつも言っていた
……だから……」
聖者様は一度言葉を切って、少し困ったような顔をしながら言った。
「破滅の魔女の本当の予言の内容は、君にばれてしまったようだ」
すると、
「……ひっ」
なんだ、ギラは下を向いて、何かを押し殺して耐えているような、
「ひ、ひひひひひひ……はあっははははあああああああ!!!!」
馬鹿笑いを始めた。
本当におかしくなった?
いや、元から相当おかしいけど。
「ひっ、聖者様、伝説の聖者様……う、ひひひひひ……」
ギラからこぼれ出すやばさこそが伝説級になって、
「本当なのですか? 破滅の魔女は、この世界の時間を溶かすことができる。この世界を始まりの前まで戻すことができる……こんなクソのような世界を創り直すことができる……」
「ああ、その通りだよ。そして摩滅の魔女の暴走の中心にいた者は、その世界の核として——神となって新しい世界を創りあげる。君がミリーの本で読んだとおりだ。もしかしたら、その本では僕が破滅を引き起こして愉悦に浸る神になろうとしている鬼畜として書かれていたかもしれないけど……」
「なるほど、でもあなたはそんな願望は無いと?」
「ああ。もちろん事実無根だ。ただ、破滅の魔女となる少女が現れる条件を君は知ってしまった——それをマリーは書いちゃったのかもしれないな」
「ええ、破滅の魔女は黒髪で鳶色の瞳。彗星が二つ空を通り過ぎた夏にワドムに生まれる時を操る少女が後に戦乱の中世界に破滅をもたらす……エストのバカ王子のおもりで着いて行った時にその少女を見つけた私は心の中で狂喜乱舞しましたよ。思わず『見つけた』と声に出してしまったほどです……後で調べたら、その七年前、彗星の夏に生まれた少女で間違いないでした……なので私は計画しました」
「……戦争を起こしたのかな? 君が?」
「ええ、破滅の魔女のために……」
ギラは、先ほどまでのうろたえぶりから一転、落ち着いた様子。そして、顔に酷薄な笑みを浮かべながら、
「最高の舞台を用意することにしたのです」
と言ったのであった。




