俺、今、俺再考中
俺は覚悟を決めて、エストの魔術団長ギラに向かって魔法の杖を突き刺そうと思ったはずだった。先端に光の刃をまとわりつかせた杖を、セリナと一緒にギラの胸を切り裂こうとしたはずであった。
セリナの大魔術——時間停止の魔法——の中でも効力がおちなかった結界を消すには、胸にある魔力の核を突かないといけないのだった。
正直気は進まなかった。胸をついて、綺麗に魔力だけ取り除くというわけにはいかない。
それは、すなわち魔術団長ギラを殺すということであった。
平和な現代日本の中で、その中でもとりわけ平和……というか怠惰なオタク生活をしていた俺が、人を殺そうとしてたのだ。
いくら、明らかにヤバい上に、セリナをつかって破滅? だか救済だか知らないが、どちらにしてもろくでもないことをしようとしてたオジサンでも。だが、俺は決心して、杖を握り……
でも、こらえようのない気持ち悪さ——予感がして、手をとめたのだった、
俺の手から力が抜けたのに驚いた表情になりながら、同じく手を止めたセリナは、
「しょうがないよね」
納得したような口調で言った。
「え?」
「……やっぱりユウを巻き込めないよ」
「?」
「これは……私の問題だから……私がやらなければならないことなの……だから」
「まって、まって……」
そういうことじゃない。
俺は魔術団長を殺すが怖くなってたんじゃないんだ。ビビってなかったかと言うと嘘になるけど、セリナと一緒に咎人となる覚悟ができていたのは間違いない。もしかして、ギラを殺したことが、間違っていたとしても、セリナと一緒に咎人になるつもりでいた。
俺のいた地球でだって、平和な時と戦争の時では常識は変わる。平時には殺人者と糾弾される行為が戦時には英雄と言われる。例えば、鎌倉時代武士が現代にタイムスリップして普段通りの日常を過ごそうとしたら、あっというまに警察に取り囲まれて捕まってしまうだろう。同じように……
今までのやり取りの中で、俺的にはあきらかにギラ団長の方が悪人と判断できるが——この世界でそうだとは限らない。この世界でなにが正義で、何が悪なのかなんてわからないのだった。
もし俺が間違っていたにしても、その罪をセリナとともに負うつもりで魔法の杖を握ったのだった。その気持ち——覚悟に嘘はなかった。
しかし、
「なんかすごい嫌な予感がしたんだ」
「予感?」
セリナはまるで心当たりがない、というような表情をしていた。
「たぶん……なんか嫌な感じ……そんな予感……」
俺は、ちょとしどろもどろになりながら、自信なさそうに言った。
「私は何にも感じなかったけど……」
「それは……」
いや、時の魔女で予知の力をもつセリナをさしおいて、予感とか言い出すのはおこがましいと思う。
でも、
「ユウが……それを感じたんなら……なにかあるのかもしれない……確かに、私の力が働いている感じがしない」
時間の止まった世界ではもしかしたらセリナの予知の力が働かないのかもしれない。
ならば、
「ちょっと落ち着いて……考えてみよう」
焦る必要はない。今、時間が止まっているのだから——それに追われて焦る必要はない。俺は、一歩下がって、深呼吸してから、相変わらず身動き一つしない魔術団長ギラの姿をあらためて眺めてみた。
目の前にいるのは、破滅(?)の愉悦を想像して恍惚の表情を浮かべた気持ち悪い初老のオジサン。
幼女セリナに執心し、どうやら今回のエストとワドムの戦争は、彼女を得るためにギラが起こしたらしい。
ワドムの騎士に暗示をかけ、領主とセリナの父親を殺して、国を大混乱に陥れてもセリナを手に入れたかった。絶望したセリナを……
でも、セリナは悲しんではいるが絶望などしていない。強く、自からの意思で自らの人生をあるき出そうと思っているそれはギラにとってはまずいことなのだろう。絶望させセリナを破滅の魔女としようともくろだのだろうから。もし、彼の意に沿わなければ精神支配をして思いどおりにしようと思っていたようだが……
まてよ。
「もしかして?」
「どうしたの?」
俺はなんとなく予感がして、地面の石ころを一つ拾った。
ギラはセリナを操ってでも彼の思う破滅(?)の実現をしようとしていた。
ただ、どうも、それが最善とは思っていないように思える。意思のなくなったセリナの起こす破滅とやらはできれば避けて、セリナ自らにそれを起こさせたいと思っているように思えた。
ならば、
「セリナ、これを魔術団長にぶつけて」
「え?」
俺は拾った石をギラに向かって投げるように言った。
こんなのぶつけても……といった顔のセリナ。
そうだね。石なんで当たりどころによってギラに怪我をさせることはできるかもしれないが、所詮幼女が投げても威力はしれているし、ましてや胸の真ん中の魔力元を潰すことなんて無理だと思う。
でも、
「いいから……魔術団長の胸に投げて。思いっきり力込めて」
「? ともかく……やってみる」
セリナは、なんか納得してない様子のまま、石を握ると振りかぶって、それをギラの胸に向かって……
「いて……」
俺は胸に感じた痛みに、思わずその場にうずくまった。
「どうしたの!」
「思ったとおりだ……」
俺は、うずくまったまま、目の間に落ちた石を拾う。セリナに渡し、彼女が投げ——俺の胸にあたった石を。
「魔術団長は……自分のへの攻撃を俺に反射させるような罠を仕掛けていたみたいだ。あのまま、俺たちが光の刃を突き刺していたら、俺の胸にそれは返ってきたのかもしれない」
俺は、石を持って立ち上がりながら言った。
そして、
「罠? なぜ、ユウに?」
混乱した様子のセリナに、
「それは……」
俺が説明しようとした時、
「ほう。なんともこ賢しい小童ですね、君。空気読んでください。私と破滅の魔女の神話の犠牲となる栄誉を与えてあげたのに」
止まった時間の中で、ギラが突然話し始めたのであった。




