俺、今、俺時間停止中
セリナは時間を止めた。彼女は、愉悦の表情で俺たちを見るエストの宮廷魔術団長ギラに向かって魔法の杖——異世界転移でチートを得たのか俺が修理したどころか大幅にパワーアップさせた——を突き出すと、一瞬気合いを込めて……
「止まったな」
「止まったね」
ギラにこの魔法が通用するか、セリナは不安だったようだが、あっけなく、世界は静止して、動いているのはセリナ俺だけとなった。
目に前にはピタッと止まっているエストの宮廷魔術団長ギラ。
「成功したのかな」
「……たぶん」
とりあえず、時間停止の大魔法はいまのところ成功しているように見える。
ギラは身動きもできず、自分の言葉に酔いしれた気色悪い顔のまま固まって止まっている。
「このまま逃げたほうがよいかな」
俺はセリナに向かって言った。
しかし、
「そうだね……」
ちょっと迷っていそうな様子の魔法幼女。
「何か気になるの?」
「……うん」
考え込んだままのセリナは、一度振り返るが、すぐに顔を元に戻すとそのまま黙ったまま森の木と木の間の空間をじっと見つめている。
「あっちがどうかした?」
俺も同じ場所を見つめる。
すると、
「ためして見る」
そうセリナは言うとm地面から石を一個拾い、
「えい!」
それを目の前の空間に投げる。
「あ!」
石は何もない空間で止まり、弾かれる。
「結界が……」
「まだ残っているみたい」
セリナは困った顔をしながら言った。
どうやら、俺たちを閉じ込めていた結界は時間がとまっても、そのまま残っているようだった。
「時間が止まっても、魔力は止められないのだと思う」
セリナが石がぶつかった後、ゆらゆらと揺れる空間を見ながら言った。
なるほど……
地球という科学の世界から来た俺には、魔法というのがなんなのかよくわかっていないのだが、それが時間にしばられない力であるということなのだなと理解した。そもそも、セリナの時を止める魔術というのが、時間が止まった世界で動いていることからしてもそれはありそうなことだった。
でも、
「……こまったな」
「うん。このままじゃ、ここから出れない」
俺とセリナは顔を見合わせながら言った。
時間を止める大魔術は成功したので、本来ならばこのまま俺たちは安全な場所まで逃げるだけで良かったはずだった。
子供二人の足では、ギラの手が出ない場所まで行くには随分と時間がかかるかもしれないが、かかる時間の方が止まっているのだ。俺たちは、実質、無限の時間をもらったのと同じだ。行きたければ、何百キロ先にだって逃げることができる。逃げ終わってから時間を動かせば良いのだが、
「……結界から出ようとしたら罠にかかってしまうの」
ギラの仕掛けた罠。俺たちを閉じ込める結界——の内側にはった幻惑のヴェール。無自覚で触れたら心を奪われ操り人形になる魔法。
それもそのままにあるようだ。
時間が止まったからと言ってうかつにさわるとギラの操り人形になってしまう。おまけに、ギラ本人が時間が止まって動けないとなれば、操る者のいない人形として俺らは、そのまま永遠に静止した世界の中で意思もなく、魔法を解くこともなく……
「どうしたら良いんだろうな」
憎たらしくも、勝ち誇ったような愉悦の表情で固まっているギラを見ながら俺は言った。自慢そうに両手をあげながら、身動きができないその様は、滑稽であるが、しかし止まっていても近寄りがたい不気味な迫力をかもし出していた。
「ううん……」
なんだかとても悩んでいる様子のセリナが、眉間にシワをよせながらうなった。それはどうすればよいかわからなくて悩んでいるというよりは、やることはわかっているけど、やることになやんでいるように見える。どうしたらよいかという呆けた顔でなく、決断に悩んいるような……
これって、
「俺がやるよ」
「えっ」
どうやら、半ば適当に言ってみたのだが、正解のようだった。
それをやるのは俺でないといけない。
「この魔術団長を殺さないといけないんだろう」
「……」
やはりそのようだった。
「結界はきっと魔術団長の魔力と通じているの。結界には魔石や地力を使って行うものもあるけど、私達がここに入ってから発動させたのだとするとその可能性は低いと思う……私達が確実にここにくるという確証もないし」
確かに、セリナはもともとこの聖域(なぜか俺の近所の神社そのものだが)に来るつもりだったのかもしれないし、魔女の逃げ込みそうな場所として魔術団長ギラもそう予想することもあるかもしれないが、確実ではない。であれば、結界はギラ本人の魔力に依ってはられているだろう。
「人体の魔力の中心となる胸の真ん中を……」
セリナはそう言うと魔法の杖を一振り、先端に鋭くとがった光をまとわりつかせる。
「これでつけば……」
と言いながら思いつめたような顔になるセリナ。
そりゃそうだよな。俺の世界に比べれば荒っぽい険と魔法の世界の住人とはいえ、まだ幼女のセリナだ。
胸を突き刺すって、それって魔力だけ無くすとかじゃないよな。絶対、宮廷魔術団長を殺しちゃうよな。
「でも……やらないと。ユウは私に巻き込まれただけで……そんなことをさせるわけにはいかない」
セリナは震える手で必死に杖を握っている。
俺に、殺人をさせるわけにはいかないと思っているのだろう。
だけど、
「一緒にやろう……」
俺はそんなセリナの手を握りしめ一緒に杖を握り、
「……え」
一瞬、手を振りほどこうとするが、
「行くよ」
もう一度強く手を握ればセリナは頷き、二人でギラの胸へ光の刃を差し出した瞬間……
なんか、とてつもなく嫌な予感に俺は襲われたのであった。




