俺、今、俺迷い中
セリナが破滅の魔女であるというのは間違いで——救いの魔女である。そう言った後のギラは、多幸感にうっとりとしたような目をしながら、
「ああ破滅の魔女よ……いや、救いの魔女よ、この地を滅して究極の救済を我々に……」
って。
魔術団長の言う「救い」ってのも明らかにヤバい感じだな。
なんか……いるよね。
こういうタイプ。
ラノベとかで良くいる、正義こじらせて破滅望むタイプ。この世が害悪だからその破壊をもって救われるとか考えていそうだ。
大国であるエストの名門に生まれ、宮廷魔術団長にもなった男がなんでそんな考えに至ったのか気にならないでもないが、
「……かまってられないな」
セリナに向かって、俺はそっと目配せをしながら呟く。
「うん」
セリナも首肯する。
自己陶酔はいったおじさんの長口上を聞き続けるのが単純に精神的にきついってのもあるが、どっちにしても俺たちを逃してくれる気が皆無なので、やるならば素早く確実にだ。俺が修理した——さらに能力をバク上げした——魔法の杖をつかっても、このギラには手も足も出ないかもしれないとセリナは言っていた。
だが……出せるかもしれない。
セリナも時間停止というチートな能力を得たのだ。
杖を使っても、魔法の力では遠く魔術団長に及ばないかもしれないが、時間を止めてしまえばこちらのものなのではないか?
それほど、セリナの得たチートは戦いにおいては圧倒的だ。
停止した時間の中では、どんな高位の魔法使いもなにもできない。
動くことも——考えることさえできないのだ。
俺たちに魔法を掛けようにも、それが発動するのは時間が動き出してからだ。
止まった世界の中では宮廷魔術団長はなにもできることはない。
……はずであった。
しかし、
「まだ……だめな気がする。今は、その時じゃない」
時の魔女セリナの予見の力が、時間停止を発動をすべきは今じゃないと伝えてきているようだった。なぜだめなのか? とか、予見では細かいところまではわからないようなのだが、
「気持ち悪い感触がする……吐き気がするくらい」
自分の行動が引き起こす未来がどうにも不安なようである。
なので、身動きできずにただじっと睨むだけしかできない俺たちに、
「どうしました……破滅の魔女。破滅が救いであることの意味がまだわからないですか?」
気持ちよさそうに、獲物をいたぶる猛獣のような目をした
魔術団長ギラは言う。
「どうですか? ああ、ああああ! そうですね。足りないですよね?」
何が?
「足りませんよね。足りませんよね! あれが、あれが、あれが!」
だから何?
「絶望が! そうですよね。私の味わった絶望と虚無がかけてますよね。しょうがありませんよね。まだまだ幼いあなたは、絶望がたりませんよね。……強い子ですよね破滅の魔女。あなたは父親を殺された程度では崩れないようですね。ああ、せっかく私が苦労してお膳立てしてやったのに」
「なっ……」
「……!」
こいつさらりととんでもないこと言ったな。
領主を守るために戦って死んだセリナのお父さん。
毒をもられ、盗賊の襲撃を装った何者かに殺された。
それは反領主派の騎士ではないかとセリナは思っていたようだが。
「ああ、そうですよ。私ですよ。あなたの父親を殺すため、ワドムの騎士たちに暗示をかけたのは。苦労しましたよ」
「お父さんを殺すため……」
「……そうですよ。破滅の魔女。あなたの父親を殺すため、そのために領主を巻き添えにしました。逆ではありませんよ」
「……!」
「もっとも、領主を殺したおかげで、うまい具合に戦争が始まって、破滅の魔女の現れる準備が整ったのですが……こちらは別の方法も考えていましたのに……」
ギラは、それをやれなかったのが残念だと言った様子の顔になると、
「ああ、何百もの人々が苦しみながら死に顔が見れなかったのは残念ですが……何、戦争のきっかけに村を一つを暗示にかけてエストの軍に特攻させようと3年かけて準備をしてたのですが……準備した村の人たちも城壁の中に逃げ込んでしまいましたものね……へへへへへへははははは……失敗しました……ふへへへへっへふぁははははは」
何が面白いのか笑いが止まらなくなったようだ。
このおじさん、村人の殺人計画のこと思い出して腹抱えているなんて
不気味というか、怖すぎるんだが、
「……ユウ」
「ん?」
セリナの声に振り向くと、
「この人許せない」
杖を握りしめるセリナ。
これは……やる気だ。
セリナは、今の彼女の最大の魔法——時間停止を発動させる気だった。
でも、大丈夫なのだろうか?
セリナは、それはまだタイミングでないと言っていたはずだが……
「……ああ、良いですね、その顔。怒りに満ちて……待ちきれませんよ。あなたのそんな顔が絶望に染まるのが。これから順々にあなたの親しい人々を殺して、心を闇に染めていきましょう……どうしましょうか……うむ、そうですね。手始めに、その横の男の子でも……」
ギラが、そう言いながら俺のことを見た瞬間、
「やるしかない……」
杖を前に突き出したセリナが言うのであった。




