俺、今、俺魔術団長に遭遇中
というわけで、異世界の森に不似合いな神社の境内に現れたのは和風の場所に具に会いな宮廷魔術団長であった。セリナの住むワドムと現在戦争中のエストで、宮廷魔法団を率いる絶大な権力を持つだけでなく、本人も過去に世界の危機を救った大聖者の再来とも呼ばれるくらいの魔法の力を持つ男らしい。
もっとも、
「……ああ破滅の魔女待ってましたよ……うへへへ……」
伝説では絶大な魔力を制する倫理を持つ伝説の聖者に比べれば、当代のそれは随分と下卑な雰囲気である。
「破滅の魔女。初めて見たときから確信してましたよ。あなたが私の求める娘だと」
随分と浮かれたその顔は、今にもよだれを垂らしそうな様子。
「……気持ち悪い」
セリナが思わずといった感じで呟く。
うん。俺もそう思う。
幼女相手にこの顔は、確実に事案だよ。
でも、
「ふふふ。どう思われようと構いません。私は破滅の魔女を手に入れて……長年の望みを叶えられるのですから……」
全く遠慮する気がないようだね。このおじさん。
その身にまとうヤバさ……というかキモさで近づくのも勘弁してほしいというのがそう正直ところであるが、
「さあ……どうしますか破滅の魔女? おとなしく私と一緒に世界を破滅させますか?」
「嫌です」
そりゃそうだよね。
俺もあきらかにやばいオーラ満々の団長様とはお近づきになりたくない感じだ。
しかし、
「つれないですね……破滅の魔女。私はこんな恋焦がれているのに……」
ああ、もちろん幼女セリナに恋——は性的意味合いではなさそうだが、それゆえに、更にヤバそうな感じ宮廷魔術団長様であった。
「ああ、そうですよね。いきなり言われても困りますよね。なんで私がこんなにもあなたを求めてるか……説明しないとだめですよね」
いや、無理に話さなくても良いですから、早くいなくなってくださいと言いたくなるが、
「……あれはもう四十年近く昔のことになりますよ」
ノリノリで語り出す宮廷魔術団長であった。
「ああ……私は退屈してたのです」
いや、おっさんが若いときに退屈してたかどうかなんてどうでも良いが、
「私は……天才……と呼ばれてました。その時、まだ成人して間もない頃で、すでにあの大聖者の再来という声もあったのですよ……」
エストの魔術団長が天才で再来なのはセリナからもう聞いているよ。
それよりも、
「……この隙きに逃げるとかできない?」
俺はセリナに小声で耳打ちする。
完全にナル入ってる感じで、こっちを見ちゃない魔術団長が気持ちよく自分の半生語っている間に、俺たちはさっさと森に逃げれないかなと思ったのだが、
「無理……結界が……」
とセリナが言うと、
「おや……気づいてましたか」
感心したような表情の魔術団長。
セリナは表情をキッと引き締め、警戒しながら微かに首肯する。
「さすが幼いとはいえ破滅の魔女……見つからないように随分とカモフラージュしましたのに。もし知らずに結界に触れたら、たちまち気を失うところでしたのに……そのほうが私としては手間が少なかったのですが……つまらないですからね。私としては破滅の魔女には自らの意思で私とともに歩んでほしいと思っているのですよ」
「物理結界だけでなく幻惑のヴェール……無自覚で触れたら心を奪われ操り人形になる魔法。逃走防止の結界の他に、その内側にまとわせている……あの人の得意技よ」
セリナが魔術団長から目をそらさないまま、結界の他に仕掛けられているらしい魔法について俺に説明する。
魔術団長の方は、俺の存在などまるで気にしないまま、セリナの方をじっと見ながら語りだす。
「そのとおりです。よく勉強しておりますね。嬉しいですよ、才能に溺れて基礎を学ばない者が成長して凡人以下になってしまうのを私は何人も見てきましたからね。破滅の魔女とて、向学心がなければただの化け物です。私はそんな下賤なものと私の破滅を創りたくはありません。破滅は……エレガントでくてはいけません。破滅は、崇高で、美学に満ちていなければなりません。ああ……考えてもみてくださいよ。破滅の魔女。想像できませんか? 何千、何万の、いや何千万、いやもっと多いかもしれないこの世界の人々が、断末魔の叫びを上げる姿を! 苦しみのなか、微かな希望もつまれ、絶望の中暗闇に落ちていく人々。それは……究極の美です。世界をキャンバスに、恐怖で描かれた天上の芸術です。人は、世界は、そのためにあったのだといえるのです。その最後に、嘆きの作り出すハーモーニーを虚空に響かせるため、この世界は生まれてきたのです。すばらしい。すばらしい。すばらしい。すばらしい。素晴らしい。……ああ、ああああ、ああああああ……待ちきれませんよ。破滅の魔女。わかりますか? 破滅の魔女。この素晴らしさが? 焦がれていたのです。あなたを。理解してくれますか? 破滅の魔女。ともに最高の破滅を作ろうではありませんか! 破滅の魔女。待ちきれませんよ。破滅の魔女。その時を! その時を! その時を! ああ……」
——狂ってる。
おぞましく顔を歪めながら、愉悦の感情に打ち震える目の前の男の姿を見ながら、俺は背筋が凍るような感覚に囚われていた。
やばいよこいつ。
自分の正義で世界のためなら何をしても構わないと思ってるタイプの奴だ。
こういう連中のって、話通じないんだよね。
実生活では幸運にも、この手の人との関わりはないが——ネットとかで絡まれたら、説得は無駄なので無視するしかないタイプ。自分が正しさの根拠なので、いくらでも正義を自分に作れる、いわゆる無敵の人。議論しても無駄。
ただ、ネットだと華麗にスルーする対象の人でも、実際に目の前にいるので、まだまだ続きそうな長口上を無視して立ち去る……というわけにはいかなさそうだな。それに、隣国の宮廷魔術団を束ねている実力者だけあって、魔法の杖で魔法能力がチート級にアップされたらしいセリナでもまるで敵わないかもしれないということだし……
となると、こちらも力の出し惜しみをしている場合じゃないな。
俺は、今こそ、その力がバレたら——強力すぎて——面倒なことになりそうな時間停止の能力を使う時だと思うが。
「まだ……その時じゃない……今使うと不味いと思う……悪い予感がする」
俺の心を読んだかのようにセリナは、杖を握りしめながらも、今の自分の持つ最大の魔法を使うことを禁じている。ならば、予知の能力もあるセリナの予感を信じるべきであるが、
「……破滅の魔女。どうもまだ納得いかないようですね……ああ、そうですね。話の途中でした。なぜ私があなたをこんなにも求めているかの説明を続けましょう、このエスト宮廷魔術団長ギラの半生を……」
どうにも、魔術団長のおっさんのろくでもない話が続きそうなのに、また背筋がゾクッとする俺なのであった。




