俺、今、俺予知確認中
さて、時間停止の魔法をとく際に、危うく夕食を床にぶちまけそうになったのを間一髪回避した俺であったが、そういえば食事をあらためて見て腹ぺこなことを思い出した。皿をテーブルに置いた瞬間、お腹が派手に鳴って。じゃあ、まずは、次のことを考える前に、食事を済ませてしまおう——となったのであった。
ちなみに、食べる前には、『破滅の魔女は大食い』の伝説があるから、二人で半分くらいを食べてすまそう——さもでないとその魔女がセリナであると思われてしまうと——思っていたのだけど、腹ペコであった俺は、食べ始めると気がつけば全部食べてしまっていた。
セリナも久々に誰かと一緒に食べる食事が嬉しかったのか、俺がはっとなるまで、同じようにパクパクと食べ続ける。最後のパンの一かけをつかんで、俺は、うわ、しまったと思ったのだけど、
「……大丈夫だと思う。朝食を持ってくる時に、この食器を下げるんだけど……その時までには終わっていると思う」
とセリナはにっこりとした顔で言うのであった。
それは、自信満々の——時の魔女の予知であった。
時間に関連した魔法に適性があり、なぜか俺が修理できた魔法の杖の能力ブーストを受ける前にも、逃げるべき適切なタイミングが直前にわかると言っていたセリナだ。今は伝説級のアーティファクトを手にして、その力は一日くらいの予知ができるくらいにまで引き上げられたようだ。
さっきまで、杖を手に取る前までは、明日くらいまでにチャンスは来ると言っていたのだが、
「次の朝にそれは起きる」
セリナにはもっと正確に未来が見えたようだ。さすがに、実際に起きることの光景が詳細に見えているわけでは無いようだが、ぼんやりとした断片やそのときに感じる感情。それが一日先くらいまでわかるようになったと彼女は言う。
しかし、
「……逃げ出した後の結果は?」
「それはわからない」
どうも、自分の行動が関わると、未来というのは極端に予測しにくくなるものらしいようだった。
今、セリナを助け出そうとフリオさんという騎士が動き回ってくれているらしい。その準備は今晩中に整う。夜明けの頃、フリオさんが俺たちが逃げ出せるような状況を作り出す。
そこまではセリナは確信を持って言い切れるようだが、その後、逃げ出してからの自分たちの未来は見えないらしい。
いや、正確に言うと、
「自分が動くたびに未来がいろいろに別れていって、どれが本当の未来かわからないの」
ということらしい。
セリナの予知能力の性質なのか、未来というのはそういうものなのかはわからないが、自分に関わるものになると途端に予知が不安定になる。そういうもののようだ。
まあ、よく言われるように、自分自身だけは自身で見ることができないから、未来についても自身が関わることで見にくくなってしまうのかもしれない。理由は他にあるのかもしれないが……
今、その理屈を考えている場合では無く、
「ともかく、チャンスは朝方ということだね」
俺は、まずはそれを確認する。
「うん。間違いない」
セリナは、魔法の杖を握りしめながら首肯する。
「なるほど……」
俺も首肯しながら言う。
「フリオおじさんたちが、チャンスを作ってくれる。見張りが城の反対側に集中して、私達が逃げれるようにしてくれる……」
すると、セリナは遠くを見るような目で未来を見ながら語る。
「……でも」
俺は少し疑わしげな口調で言う。
「でも?」
「なんで作ってくれるんだろ?」
「何を?」
「チャンスを……」
俺は、不思議に思っていた。
セリナが逃げ出せるように、フリオさんが朝方なんらかの方法で見張りをひきつけてくれる。セリナの見た、そんな未来を俺はひとまず信じることにする。
でも、それを信じるとしたら、
「フリオさんは……セリナと俺が逃げ出せることを知っていることになる」
この牢屋に設置されていた異世界転移の先輩——佐藤さんの残した避難器具。日本語で残された指示どおりにすれば壁が崩れ、その後にチューブを垂らして俺たちは地上まで逃げることができる。
それをフリオさんは知っているのか?
食事に隠して入れてきたメモには、『ニホンより至る幼子』がセリナを助けると書いてあったので、俺が絡んで何事か起こすことまでは確実に知っているのだろうが……
それなら、なんで、知っているのだろう?
と思うと……どうにも嫌な感じがするのだった。避難器具の上に置かれた佐藤さんのメッセージも『向ヶ丘くん』と書いてあった。明確に俺宛てであった。俺がここに来ること、そしてセリナを連れて逃げ出すことが何者かにより仕組まれているのに間違いないのだった。
誰が何のために仕組んで、俺に何をさせようとしている?
どうにも——良い気分とは言えない。
そんな昔から俺に向けてメッセージを残せるくらいなら、セリナをこんな状況に追い込まないような別の仕掛けを準備できないのだろうか?
佐藤さんの残した文書には悪意は感じないのだが、完全に信用する気にもなれない。
全貌がわからない計画の駒として俺は何を求められているのか。それがわからないままでは、どうにも胸の奥のモヤモヤした感情が消しきれない俺であった。
だが、
「……贅沢も言ってられないけどね。まずは逃げ出すことが肝心」
セリナの命がかかってるんだからね。他のやり方も思いつかないし、ひとまず自分の疑念は押さえつけて、この後にやってくる俺の役割を果たすしか無いと思うのだった。
それに、もし、その朝方のチャンスが何か仕組まれたもの——罠であったとしても、
「いざという時は、私が時間止めてしまうから大丈夫だよ」
実は、そんなことなど物ともしない力をセリナはすでに得ていたのだった。
ズタズタに魔法回路が焼き切れていて修理が不能と思われていたせいか、ゴミ同然に放置されていた魔法の杖。それを、なぜか俺は、復活させるどころか能力をアップさせることができて……セリナは時間を止めてしまえるなんていうもの凄い能力を手に入れたのだった。
その力を使うなら、朝までフリオさんたちが作るチャンスを待つなんてまどろっこしいことをしなくても今すぐに脱出をはかっても良いくらいだ。
このまま時間を止めて、避難用のチューブを地面に向かって垂らして、脱出すれば良い。 下に見張りがいてもピクリとも動かないだろうから、その横を堂々と通り過ぎれば良い。
しかし、
「私……あんまり使わない方が良いんだよね。時間を止める魔法」
その通りと首肯する俺。
「そんな魔法が使えるのはなるべく……知られない方が良いと思う」
なぜなら、あまりにも強力すぎる力で、それが周りに知られたら、この後、ろくな事が起きないとしか思えないのだった。
例えば……その力があれば、今起きているイストとの戦争をワドムの勝利で終えることも簡単だ。時間を止めている間にイスト軍を無力化してしまえば良いのだから。
敵が静止している内に縛り上げることも、喉笛をナイフで掻き切ることもできる。
時間が動き出した瞬間、敵の軍勢は驚愕に包まれることだろう。
だが、そんな強力な力を持った者がいること——味方であることさえ——が許容できるだろうか。俺は、気分次第で自国も滅ぼしかねない力を得たセリナをまわりはどう扱うようになるかと思うと不安になる。
もちろん、セリナは自分の欲のため他人を傷つけるような人ではない。俺は、そう確信しているのだが、全ての人がそう思うのか?
なので、
「フリオさんの計画に乗ってみよう」
俺は、今、自分が思う感情さえあらかじめ、そうなるよう仕組まれていたのではと言う疑念を抱きながらも、このまま流れに乗るしか無いかと思うのであった。




