俺、今、女子観劇開始中
妖精(?)のフェムと一緒に入ったのは紀伊◯屋演劇場。
もちろん、そこは演劇が行われる場所だ。
もしかしたら、詩や舞と並んで最古の芸術かもしれない演劇。
現代の映画やテレビのドラマの主流となる西洋演劇が、古代ギリシャの時代に祖を持つのは有名な話であるが、その他の文明文化にもたいてい演劇はもっとも古い芸術の一つとして存在する。
中国やインドなどの文明はもちろん、アフリカにもアメリカの古代文明にだって、もちろん日本にだって古くから演劇は存在する。
まさしく、人間がいる所に演劇ありといっても過言ではないと思うのだが、その起源には諸説ある。人間の本能として劇をするものだとか、呪術の儀式の中で超自然の出来事の模倣をするうちに演劇がうまれたとか……
ただし、あまりに古く、文字が生まれ、歴史が残るようになるより前に始まった演劇が、どうやって始まったのかなど、たぶん永遠にわかることはないだろう。
しかし、そんな、文化以前の太古をひきついでいるかもしれぬ演劇は——だからこそ、この時の俺にとっては絶好の媒介となった。
本質的には、この世の理を越え、魔法を作り出すものであろう演劇は、この時に、俺の別の物語への入り口となったのだった。
とはいえ、この時、俺はそんなことをsるよしもない。
時間が止まってしまって、誰もピクリとも動かない劇場を、いったいここに入っておどうするのかと呆然とした気持ちで見つめていたのだった。
観客席の人たちの観客の満足げな顔つきからすると、今日は、この劇場でなかなか良い演劇をやっているのではないかと思われる。緊張感溢れた真剣な表情で静止する、舞台の上の俳優たち。緊張感のあふれるポーズで、時間が止まっているのに、なぜかとてつもない躍動感を感じさせる構図を作り出している。
こんな緊張感をもった一瞬一瞬で構成されているものが悪いはずは無い。
俺は、なんとなく、このまま時間が動いて、この劇をそのまま観ることができないかなと思うのだったが、
「お父さん。これから見るのは、もっとすごい劇だよ」
とセナに言われる。
「……すごい激?」
「そうだよ」
「?」
俺は、たしかに、この人達の劇みたいと確かに思ったが……
でも、舞台の上の人たち、みんな止まってしまっているじゃないか?
「ああ、この世界は止まってるけど……この世界じゃなきゃ良いんだ」
「?」
なんだか意味がよくわからんのだが、
「……それは気にすることはないかしら。勇はただ観ていれば良いよ」
「え?」
というと、フェムは俺の後ろから前に、そのまま舞台に向かってフワフワと宙を飛ぶ。
「まって、どういう意味……」
「良いから……お父さん、座るよ」
セナも、そう言うと、最前列まで歩き、空いている席に座る。
当然、今、体を共有する俺も席にちょこんと腰掛けることになると、
「あれ?」
舞台の幕が閉まる。
世界が動き出したのか?
「違うよ、お父さん。この世界の劇の幕が閉まっただけだよ」
といわれても、やっぱり意味がわからないと混乱している俺のことなど構わずに、
——ブー。
開演のブザーが鳴り、すぐに幕が開くが、
「止まったまま?」
舞台の俳優の人たちは相変わらず静止したままで人形のように固まっている。
やはり、世界は静止したまま。
動いているのは——。
「さて皆様、ようこそいらっしゃいました…」
舞台の真ん中で、挨拶を始めるフェムだけだ。
「本日はあたしたちの公演にお集まりいただき、まことにありがとうございます」
しかし、静止した場内に巻き起こる拍手。
え?
俺は、あわてて、まわりをみわたすが、観客は相変わらずピクリとも動いていない。
それが、なんとも不気味で、俺は背筋がゾッとしてしまうのだが、
「拍手しているのは別の世界のこの人たちよ」
セナが小声で言う。
「ここは境界なの……劇という別世界とこの世界の……」
「……?」
「すぐにわかるよ。説明するより観ている方が早いよ」
といわれても、場内に鳴り響く拍手が気になってしかたないのだが、セナに聞いてもそれ以上答えてくれなさそうなので、もあらためて舞台に注目した。
劇場が割れんばかりの拍手にこたえて礼をするフェム。
「……皆様、ありがとうございます。これほどの拍手に迎えられて、身の引き締まる思いです。必ずしや、皆様のご期待にこたえられますよう、最高の舞台をお届けすることをやくそくいたします」
というと、もう一度礼をするフェム。
再び場内に鳴り響く拍手。
「それでは、始めましょう。ある男の半生。その愛と冒険の物語……つまり……」
フェムは、俺を見つめながら言った。
「勇、君の物語だよ」




