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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、女子貧困家庭
236/332

俺、今、女子事件解決中(であるが)

 今回の体入れ替わりで巻き込まれた事件。和泉珠琴のお母さん——美江子さんの件は、なんとか良い方向で終わることができた……と思う。

 美江子さんは、ろくに内容の説明も受ける前に高額のモデルレッスン料を含む契約書にサインしてしまっていたのだけれど、それは弁護士の足柄さんが来た途端に、あっという間になかったことになった。

 あの悪徳事務所の社長は、モデルになれると騙されたカモが、高額のレッスン料を払えなければ、返済のためにと、アダルトビデオに出演するようにしむける。そんな手口を常用していたらしい。あの時も、もし、俺ら高校生だけで、裏社会にも通じていたかもしれない海千山千の大人が相手にしたら、うまく言いくるめられてしまったかもしれない。

 しかし、俺ら相手に余裕で対応していた社長は、生田緑の連れてきてくれた弁護士の足柄さんを見たとたん、あっという間に血相を変える。なんとかその場をごまかさそうと必死になった。


「美江子さんへの説明はまだ終わってなかった』

「意思確認して、美江子さんの意向に合わなければ契約書は破り捨てるつもりだった』

「美江子さんが、止めるまもなくサインしてしまって、自分もびっくりしてしまっていた』


 ……などなど。


 もちろん、足柄さんは、そんな話は取り合わず、厳しい追求を行うと、たちまちのうちに、社長は、自分から美江子さんの契約は無効とすることを申し出てきたのだった。

 足柄さん的には、今日、美江子さんを助けて終わりでなく、今後予定されている、ある女性からの訴訟でさらに社長を追い詰める気のようだが、そこは、もう大人の世界。俺たちは、その時は、それ以上深入りはせず、足柄さんだけ残って帰ることになる。

 後に、その会社が潰れたことを、生田緑より聞かされたのみであった。


   *


 で、めでたし、めでたしとなるはずの今回の事件であったが、まだいまいち、今回の結果が腑に落ちていない人が一人だけいた。

 ——事件の当の本人、美江子さんであった。

 自分が危機一髪助かったことが、よく分かっておらず、むしろモデルになるせっかくのチャンスをふいにして残念くらいに思っているようだった。

 帰りの電車で、社長が悪いって決まったわけじゃないしとか、あの会社はダメでも、別の会社でモデルになれるかもしれないとか、自分の今回の失敗の理由をまったく理解していないその言動には、さすがにみんな呆れてしまったのだけど……


「向ヶ丘……ちょっと良い?」


「ん?」

 もうちょっとで地元の駅につくであろう電車の中で、和泉珠琴が俺に耳打ちをする。

「……さすがにお母さん、ありえない……」

 途中、席が空いたので、年長者からと座ってもらった美江子さん。その、何も考えて無さそうな、気持ちよさげな寝顔を見ながら和泉珠琴は言う。

「私が、言わなきゃだめだ」

 つまり、入れ替わりたい——自分の体に戻りたいということだ。

 それは、勿論、問題ないが……


 地元駅に着いた俺たちは、トイレに寄りたいと言って美江子さんから離れると、個室に二人で入って扉を閉め、

「じゃあ……お願い」

 と言うと目をつぶって、顔を近づけてくる和泉珠琴というか、喜多見美亜(あいつ)の唇が……


 ——チュッ!


 ああ、これは……入れ替わった。

 と瞬く間に確信できた。

 唇を通して、二人の心と心が深く溶け合った時、強い

意思を感じた。

 自分が、なんとかする。

 運命を受け入れた上で運命それを変える。

 そのために、自分の体に戻った和泉珠琴。

 だけど、


「……ここからは私の役目だから……向ヶ丘ありがとうね」

「え?」


 ——チュッ!


 まてまて! もう一回キスしたら……

 あれ?

 入れ替わらない。


「今のキスは、そうじゃないから、心配しないで」


 と、ちょっと顔を赤くして和泉珠琴が言うのだが、そうじゃないって——それって?


「向ヶ丘がよければ……あなたが元の体にっ戻ったら、またしてあげても良いんっだからね」

 なんだ、そのツンデレキャラみたいな物言いは?

 というか、それって、

「……ほら、ほら、ぼうっとしてないでさっさとここからでるわよ。女二人でトイレの個室入って変なことしてるって疑われちゃうわよ」

 いや、個室で女二人でキスをしていたので変なことそのものだが、ともかく……自分の体に戻った和泉珠琴は、帰ったら母親をこってりしぼりあげようと、闘志満満の炎を燃え上がらせた瞳で、トイレから出るのだった。

 ああ、こりゃ、美江子さん、今日はまだまだ災厄続くなと思いながら、俺は、日本一軽い無責任女子高生のか抱えていた虚無に、豊穣な宇宙が誕生する瞬間を目撃するのだった。

 そして、本気で感情をぶつけるようになった母子は、この後、二人ともに人生を良い方に変えていくのだがそれは、また後の話、この時の俺は……


「じゃあ、このまま良い?」

 喜多見美亜(あいつ)の声に俺は振り向く。

「このまま?」

 トイレから俺が出てくるのを待っていたのか? そんな急になんかあったっけ?

「……珠琴のから私の体に戻ったんでしょ?」

 首肯する俺、

「じゃあ、できるじゃん」

「何が?」

「あれよ……」

「あれ?」

 何?

「今してたんでしょ?」

 何を……キスか。

「するでしょ?」

「あれを」

「そうよ。言ったでしょ?」

「言った……?」

 ああ、そういや、今度キスしたら入れ替わる——元に戻れる自信があるようなことを言ってたな。

「……わかった? じゃあ」

 といいつつ、目をつぶり、唇を近づけてくる喜多見美亜(あいつ)

「——まて! まて! 何考えている」

 慌てて、バックスっぷして逃げる俺。

「なんで? いつもしてることじゃない?」

 そうだけど。キスして入れ替わったのだから、キスしてみればもとに戻るんじゃないかと、今までも毎日のように続けているキスだけど、

「場所を考えろ、場所を」

「なんで?」

「なんでって、ここは駅ナカだぞ。それも地元の」

「それで?」

「……まずいだろ」

「なんで?」

「なんでって……誰が見てるかわからないだろ、こんなところで」

「クラスメートが見てるかもしれないってこと?」

「そうだけど……他にも、知り合いとか」

「知り合い? あんたの知り合いって……クラスメートの他いるの? クラスメートも知り合ってほどの距離感じゃないけれど……一応顔は知られてるけど」

「……いや、知り合い他にもいるだろ……百合ちゃんはクラスメートだけど……下北沢花奈とか……他にも……もしかして、萌夏さんとか通りかかったりとか……」

「うん——だったら、むしろ好都合だね」

「好都合……?」

 何を言ってるんだこいつ。

「どうも、珠琴もそう(・・)なっちゃったようだし、そのへんの人たちに見せつけたいって思うんだよね……キスを……ライバルたちに」

「まて、まて……」

 なんだか、相変わらず言ってることが良くわからないけど、喜多見美亜(こいつ)が本気でここでキスをしたがっていることは間違いなくて、

「さあ、世界に見せつけましょう……私達がもとに戻った瞬間の、本当の私達のキ……」



「ん?」


 喜多見美亜(あいつ)の迫力に、また慌てて、体を引いた瞬間、

「……止まっている?」

 周りの風景がピクリとも動かなくなった。

 好奇の目で、俺と喜多見美亜(あいつ)を見ていた駅構内の通行者の皆様も、目がカッと見開かれたまま立ち止まっている。

 いや、これって、

「うん。そうだよお父さん。時間止めたんだよ。あの泥棒猫がハレンチなことをやらかす前に」

「時間を止めたって……」

 横にいつのまにか立っていたのはセナ。

 俺を、お父さんと呼ぶ、美唯ちゃんの同級生の中学生……とはとても見えない幼女であるが、

「……あの女の言う通り、次のキスでお父さんは元の体に戻ることになる。そしたら、お父さんは、ついに決断(・・)をしなきゃならなくなるから、その前に見ておいてもらいたいのあるんだ……」

 そう言うと、に向かってピョンとジャンブしながら抱きついて来て、


 ——チュッ!


 次の瞬間、俺は、魔法幼女になっていたのだった。


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