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俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、女子貧困家庭
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俺、今、女子突撃中

 和泉珠琴のお母さん——美江子さん——を、モデルにとスカウトした事務所が、アダルトビデオの女優も募集していた。そのことを知って、愕然とした俺たちであった。

 もちろん、そんな心配は杞憂かもしれない。

 事務所のホームページを見れば、雑誌でのモデルやテレビへの出演などが紹介されている。完全にデタラメを言ってるのなら別だが、かなり有名な雑誌やテレビ番組もその中に入っていて、今どきネットで調べたらバレるようなことを堂々と掲載するのも考えにくい。少なくとも、普通のモデルやタレント事務所のようなものをやっていることは間違いないようだ。

 けど、


「なんか胡散臭いよな……」


 俺はエレベーターからおりて、問題の事務所に向かう廊下に立ち、スマホを眺めながら言う。論理的に(ロジカル)に、これだって指摘できるわけじゃないけれど、なんかホームページを見ていて感じるやっつけ感。脱力感。雑誌モデルの実績とか語ってる表(?)のページの力の入ってなさにくらべて、リンクを深くたどって現れるアダルト系募集のページのギラギラした感じが、こっちが本当の表のページなんじゃないかと思わせる。

 高収入や、知人にばれないだとか主張する女優の経験談をのせて、巧みにこれは美味し仕事だと誘導する。

 絶対怪しい。

 少なくとも、こんな会社にあえて関わらないほうが良いよなと思わせるホームページであったが、喜多見美亜(あいつ)と和泉珠琴もそう思ったのか、

「ここやばいよね。社長の顔がなんか気に食わないかな」

「確かにそうだね。社長の会社案内の笑顔気持ち悪いよね」

 まるで、夜中に台所に現れた害虫でも見るような顔をしながら同意しあう二人。

 いや、待て、理由それかよ。

 確かに、この社長、ホムペの写真では、あんまり良い感じしないおじさんだけど、本当は良い人だったりしたらどうすんだよ。

「どしたの?」

 言葉に詰まって、複雑な顔になった俺を見て、不思議そうな表情になる喜多見美亜(あいつ)

「……いや」

 ほんと、世の中、中年のオジサンだってだけでかなり偏見で見られちゃうよね……って思うと、自分もいずれそんな歳(無事自分の体に戻れたならばであるが)になるのかと、心の中で嘆息してしまう俺であった。

 だが、

「ともかく……ここでじっとしていてもどうしようもないよね」

「そうだな」

 和泉珠琴の言葉で、将来への漠然とした不安なんかよりも、目の前の喫緊の問題が重要なことを思い出す。

「……とはいえ……入るのか……」

「「……」」

 問題の事務所の入り口を見ながら無言になる俺たちであった。

 正直、怖い。

 普段の高校生活では触れることのない大人の世界。それも、少々、まともな会社なのかあやしい感じのモデル事務所である。そんなところに女子高生がのほほんと突入したらあっという間に食い物になってしまうのではないか?

 今、俺が入れ替わっている、和泉珠琴だって、その和泉珠琴が入れ替わっているあいつだって——伊達にリア充トップチームをはってるわけじゃない。とびきりの美人JKだ。この真っ昼間に、ただ事務所に入ったからといって、その場でなんかあるとは思えないが——関わりを持つだけでもまずくはないだろうか。

 特に和泉珠琴は、母親の美江子さんを通じで、住所なんかも知られている。後で、何か、されないだろうか? この事務所が、もし裏社会とつながっているような会社であれば、母親だけではなく、娘の和泉珠琴も獲物として認識してしまわないだろうか?

 少なくとも、JK二人で踏み込むというのはかなり危険な感じがするが、

「だから、私が呼ばれたんだよね?」

 あいつの言葉に頷く和泉珠琴。

 確かに、女子二人で猛獣かもしれぬの檻に飛び込むよりはだいぶましだと思う。和泉珠琴はこんな展開も考えて、隠しておきたかった家庭事情がバレるのも構わずに、俺——向ヶ丘勇に入れ替わっている喜多見美亜(あいつ)を呼んだのかもしれないが……

 ——五十歩百歩だよな。

 女子高校生より男子高校生の方が確かにマシだとは思うが、大人からしたら単なるガキでひとくくりではないのか。別に、男子が来たからって態度を変えるっだなんてことは期待できないのではないか?

 とはいえ、

「ともかく行くしかないか……」

 だからといって、このままここでじっとしているわけにもいかない。

 俺は、決心を固めて一歩踏み出す。

 後ろについてくる二人。

 そして、歩き出せば狭いビルの中、あっという間に問題の事務所の前に立ち、

「……親の責任は子供が」

 また、一瞬立ち止まった俺達であったが、和泉珠琴がそう言って先に入ろうとするが、

「なら、俺が入らないとな」

 今、和泉珠琴なのは、その体の中に入っているのは俺なのだ。なら、最初に戦場に踏み出すのは、


「あら……珠琴? なんでここに」


 入った途端、ソファーの置かれた打ち合わせスペース——にいたのは美江子さん。向かいに座ってるのは、高そうで品の良いスーツと、よく整えられた髪、身ぎれいにして、清潔感のある風を装っているが、どうにも人相の悪いというか、その下卑た目の光が台無しにしている中年男性であった。

 って、この人、例の社長じゃないか。

 良い人……ってことはなさそうな感じだな、どうも。

「ん、お子さんですか?」

 ひっ!

 なんか、今、背中に悪寒が走った。

 明らかに、嫌らしい目でこっち見たよな。性的な意味で。

 こりゃ真っ黒だな。

 お母さん、だめだよここ。

 きっと騙されてる。

 でも、それなら、

「お子さんを呼んでたんですか?」

「いいえ。珠琴、どうして?」

 そりゃ美江子さんをみんなで探してたからな。

 もうちょっとのところで間に合わなかったけど。

「たまたま、通りかかったら見つけて……」

「お母さんを? それで追いかけて来てしまったと? 美江子さんは随分とお子さんに好かれているんですね」

 ギロリといった目つきで睨む事務所社長。

 明らかに、こっちの意図に気づいているよね。

 美江子さんを止めに来たんだということを。

「……もしかして今日のことはもう、お子様にお話に?」

「いえ……名前も、場所も……中目黒に行くってことくらいははなしましたけど……」

 モデルスカウトの話はしたってことだよね。

「……ともかく、お子様がお母さんを見かけたならついてくるのもしょうがないですかね……でも心配しないでください」

 なにを?

 俺の、顔は、次の言葉を予想して、途端に険しくなるが、社長は、俺に向かって薄笑いを浮かべながら言う。

「もう契約は済みましたから。安心してください。お母さんは正式に我社でモデル業やることになりましたよ」

「……そう。珠琴、心配かけたけど、お母さんちゃんと稼げるようになりそうよ!」

 へ?

 ちょと待て。

 エレベータに乗る美江子さんを追いかけて、すぐ降りてきたエレベータに乗ってこの会社のある階へ。そこで、ビビって数分はロスしたが、それでも美江子さんがこの社長と話しした時間なんて10分もないんじゃないか?

 でも、美江子さんと社長、二人の間にあるテーブルには、なにやら契約書らしき冊子が置かれ、その横にはボールペンが転がっていて、

「もう、サインいただきました」

 その表紙を俺たちに向けて掲げてみせる社長。

 確かに、美江子さんのものらしき、署名がそこに書かれている。

 待って、待って、あの厚さの契約書を俺たちが追いつくまでの短い時間で全部確認したというのか?

 ——ありえない!

「ちょっと、それ見せてもらって良いですか」

 同じことを思った喜多見美亜(あいつ)が、さっと前に出て美江子さんに言う。

「……? ああ、契約書ですね」

 一瞬渋い顔になった社長であったが、ここで契約書を見せなかったら変に疑われるとでも思ったのか、美江子さんにでなく、直接、喜多見美亜(あいつ)に渡す。

「何? 君、美江子さんのお子さんの彼氏かなんか?」

「……」

 もちろん、そんな言葉なんて無視して、黙々と契約書を見るあいつ。

 俺もすぐに横に立って一緒に契約書を確認する。

「大丈夫よ、珠琴。社長は信頼できるから」

 いや、いや、信頼できる人の顔じゃないよ、そのオジサン。

 明らかに、俺たちも獲物と認定して、舌なめずりして眺めている。

 そんな視線は無視をして、必死に契約書をチャックする俺たちであるが、

「……ん?」

「ああ……」

 まずは、予想通りの文言がひとつ。

「どうかしましたかね?」

 俺たちが見ているページで、何に気づいたのか分かっているだろうに——余裕の表情の社長。

「モデルのレッスン代がずっとかかることになってますが?」

 俺は、当該の条文に目を向けながら言う。

「ああ、それは……」

「珠琴、大丈夫よ。そんなレッスン代はすぐ取り返せるから」

「そうそう、美江子さんなら大丈夫ですよ」

 なわけないだろ。

 四十代の女性に、途切れなくモデル業を紹介できる。そんな保証は、契約書のどこにも書かれていないだろう。でも、高額のレッスン代は絶対払わないとならないようにきっちり縛っている。 

 よくある手口って、ネットで検索すれば一番先に出てくるだろそれ。で、たぶん、レッスン代が払えないとなると、この事務所がやってるアダルトビデオ女優の……

「なんなら、君たちもどうですか? 驚くほど、美男美女そろいだ……きっと大人気に……」

「……ふざ」

 なんだか、この社長、俺たちのことも狙い始めていて、俺は思わず、叫んでしまいかけるが、


「やめてもらえますか? 友達を嫌らしい目で見るのは」


「ん?」


 なんか聞いたことのある、女性の声に振り返れば、


「「緑!」」


 事務所入口にたっているのは、クラスの女帝——生田緑と知らないおじさん。

 すると、

「……なんだね、君たちは? いきなり、挨拶もなしに人の会社に入ってきて、失礼じゃないのかね」

 明らかに、今までと口調が変わる社長。フワフワした美江子さんと、高校生を相手に余裕の表情であったのが、なんかやたらと迫力がある知らないおじさんの登場に少しビビり気味。

 なんというか、人間力が、社長よりもこのオジサンの方が高そうだなと俺にもピンときたのだが、それもそのはず、その後すぐに、あかされたそのおじさんの正体は、


「衆議院議員渋沢の顧問をやっております弁護士の足柄と申します……」


 ということなのであった。


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