俺、今、女子目黒川到着中
——これってデートかな?
和泉珠琴の、そんな言葉にドキッとなる俺であった。
いや、言ったのは、喜多見美亜の体に、入れ替わって入っている和泉珠琴である。
まあ、和泉珠琴であろうが、誰であろうが『デート』などと言われるとドギマギしてしまう、そっち系の人間力はカス同然の俺である。
が、今、俺がドキッとしてしまったのは……
「どうしたのよ? 向ヶ丘?」
「あ……いや……」
俺は、一瞬頭に浮かんだその考えを、さっと心の奥底に隠す。
「ん? 何? もしかして?」
だが、和泉珠琴には感づかれたようだ。
「デートとか言われてドキッとしちゃった?」
図星だ。
でも、
「ち……」
俺はそれを否定しようと口を開きかけるが、
「あ、そうだよね」
わかっちゃったってな表情になる和泉珠琴。
「?」
「あれだよね」
なんだ?
「外見だけでも——美亜に言われたんでドキッとしたんだよね?」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まる俺。
そうでない……という言葉を言うことができずに開きかけた口を閉じる。
そんな、俺の様子を見て、にやりとなった和泉珠琴は、
「良いって、良いって。言わずともよろしい。お姉さんに全て任せなさいって……悪いようにはしないから」
「……だから、ち……」
「ふふ、しかし美亜がねえ……まさか向ヶ丘とね……」
「……」
もう、人の話なんかまるで聞いてなさそうな、桃色脳の和泉珠琴であった。
俺は、どういう風に説明したら納得してもらえるのか、少し考えようと思ったのだが、
「でもさあ、考えてみれば今更感あるよね」
「?」
さらに和泉珠琴の話は飛躍する。
「美亜とデートなんて散々してるでしょ?」
「は?」
なんのこっちゃ。
確かに喜多見美亜とは、体入れ替わりが起きて以来、散々二人で一緒に出かけている。でも、それは、体入れ替わりという特異事象にとらわれたのでどうしようもなくやったことだ。
それを、デートだなんて言われたら、喜多見美亜から苦情くるんじゃないか?
——とはいえ、喜多見美亜からも、茶化してデートだなんて言われたことはあったような気がするな。
百合ちゃんと入れ替わっていた時に二子玉で、北沢花奈との時、清澄白河だったかな、女帝に入れ替わってコミケに行ったとき寄り道でお台場で……いや、そういや昨日もバラ園でデートと言われたが——ともかく全部俺と喜多見美亜同士でなく、他の女子に入れ替わっている時に言われたことばかりだ。
喜多見美亜と一緒に歩くのは、デートというより……
もっと違う何か、例えば、
「……まあ、すでにデートと言うよりすでに夫婦の散歩的なものかもしれないけど」
「はあ?」
和泉珠琴の思考の飛躍にはついて行けない。
「まあ、まあ……恥ずかしがるでない。向ヶ丘、顔が真っ赤だよ」
「え……?」
確かに頬がポカポカに熱くなっていることに俺は気づく。けど、それは、きっとそうでなくて、デートだなんて言葉を言われるとオタクは無意味に恥ずかしくなるだけだからで、違うのだが、
「……しかしなあ、体入れ替わりなんて困難に陥った美亜と向ヶ丘がそうなっちゃうのは、わからんでもないけど……美亜は一時の感情に流されて、自分を安売りしちゃってないかなと心配になるものの……」
もう、和泉珠琴にとっては、それは完全に決定事項のようだ。
喜多見美亜とは、確かに、体入れ替わりを通じてこれ以上無い仲間になれたとは思っているが、そんな関係ではない。
オタクでぼっちの俺は、そんな色恋沙汰よりも、心の安寧を重視した高校生活を望んでいるのだが、
「……向ヶ丘って意外と悪い奴?」
「え?」
なんでだよ。善良とは言わないが、人に迷惑かけないどころか、人と関わりを持たないように行動している俺が、なんでそうなるんだよ。
——やっぱりこの女の思考の飛躍について行けない。
と俺は思うのだが、
「だって、なんか入れ替わった女子と軒並み良い感じになってない? そういや、学校で、百合さんや、花奈さんの美亜を見る目がなんか色っぽいなって思ってたら、あれ向ヶ丘を観ていたってことでしょ。流石に萌夏さんや緑、稲田先生とかはそんなことはないと思うけど、美唯ちゃんも、美亜の中身が向ヶ丘でなくなったの残念がっていたし……もしかしてロリコン?」
おっと、そっちもそんな風に思われてる?
そんなわけがない。
そりゃ、体入れ替わったみんなとは、ひとかたならぬ関係とは言えるが、恋愛てきなものなど俺が向けられているわけが無い。
美唯ちゃんは、姉の喜多見美亜が好き過ぎだから、中が俺でも許容してるに違いないし、ロリコンは完全に濡れ衣であるが、
「そういやセナちゃんだっけ、あんな幼女にもお父さんだなんて呼ばせてなんのつもりだろ?」
いやいや、それは、勝手にセナが呼んでるだけだ。
「それに、セリナさん。あの人がなんで、あそこまで向ヶ丘に執着しているのか……」
それも、俺が教えてほしいよ。
どうして、あんな、こっちが引くほどの愛情をセリナは俺に伝えてくるのか。
それこそ、命がけの。俺は、セリナを始めとした、今の状況が、なんでこうなっているのか、わけがわからないんだけど、
「……そこで私が出した結論は」
なんだ? 和泉珠琴は、俺の、この混乱した状況を総括して解説してくれるのか? と思いきや、
「向ヶ丘——あんたもげなさい」
ジト目で言う、クラスのリア充トップチームでありながら、実は合コン連敗で、モテ野郎にルサンチマンがたまりまくりの、意識高い女子——和泉珠琴なのであった。
*
まあ、中目黒駅前の周囲の男子をゾクッとさせた、女子高生の『もげろ』の発言であったが、今は女子に入れ替わっている俺に。もげるものはないからしょうがないと、和泉珠琴が一人で納得して、話はそこまでとなり——であれば、やっと中目黒の街に歩き出す俺たちであった。
といっても、実は和泉珠琴も初めてのこの街なので、どこをどう行けばよいのかさっぱりなので、良くわからないまま、駅を出てから横断歩道を渡る。で、そのまま、どっちに向かえば良いかわからないので、少し左に曲がってから、線路の高架沿いに真っすぐに進むと、目の前には、桜らしき並木道が現れる。
ん? これが、有名な目黒川沿いの並木道なんだろうか? 目の前の木が、桜なのかなんなのか、正直、植物に特に興味が在るわけでもない俺からしたら、その種類なんてさっぱりわからない。でも、なんとなく、そんな気がするな。近づいたら、それっぽい木の皮の模様が見える。
いや、実は梅っだって言われたらそのまま俺は信じてしまうが、
「ううん、さすが中目黒ね。おしゃれな桜ね」
「……」
桜と断言する、植物にも意識高い系の女子らしい和泉珠琴が、その都会的な(?)枝ぶりに品評を加える。
「どうしたのよ向ヶ丘。なんか不思議そうな顔してない? なんか文句あるの?」
「……いや何でもない」
俺も、どう見たらこの桜がおしゃれだと思えるか、少し考えてみたのだが、リア充脳でない俺にはわからないようだ。
それに比べて、和泉珠琴の方は、
「おお、目黒川だ」
「川?」
桜の木の下の柵の向こうを覗き込む和泉珠琴。
俺も、それに続いて下を見る。
確かに川だな。ちょろちょろと水が流れている。
「おしゃれねえ——」
はあ?
待て、確かに綺麗に整備されてるが、ただの川だろ。
多摩川とは違うが、地元にもこんな感じでコンクリートで囲まれた川なんて一杯あるだろ。
でも、そんなこと言っても、勝手に盛り上がってる和泉珠琴の説得はできそうもない——面倒くさいので、俺は言うがままにさせておくが、
「あ、川底には石が転がっている。川に降りないでって看板がある。あ、道路がある。アスファルトで舗装されている。あ、空気がある。何かがある。あるきっとある。他には、何か、おしゃれな何か……」
なんか、だんだん、危ない方向に話がシフトしてないか? 大丈夫か、和泉珠琴。
と、俺は、やたらと浮かれる、その様子をハラハラしながら見ていたが、
「ああ……やっぱり……」
「……!」
「おしゃれよねえ!」
欄干にとまるカラスの姿を見ながら感極まった和泉珠琴であった。
そんなわけあるかい!




