俺、今、女子中目黒に到着中
そして、地元の駅から、和泉珠琴と一緒に電車に揺られること数十分。
俺たちが降り立ったのは中目黒の駅であった。
なぜ、目黒川の有名な桜の季節でもないのにここに俺たちがやってきのか?
それは……
——あ、ところで。
全然、本筋に関係ないことで今思ったのだけれど、今、俺、電車で揺られるって言ったけど、そんな電車って揺れるかな?
なんか気になった。
だって電車ってそんな揺れるか?
もちろん揺れてるか揺れてないかって言ったら揺れているし、時々ガタンガタンとなる線路の状態わるいところもある。
あと、ブレーキかけられた時やカーブなんかでグッと体が引っ張られたりはするけれど、あえて慣用的な表現で「揺られて」って主張しなきゃいけないほど、電車って揺れているかな?
だって、自動車とかの方がずっと揺れてるよね。線路に比べて凸凹が大きな道路を走る自んだから。でも、自動車に揺られてってあまり言わないような気がするな。
飛行機だって乱気流に入ったらガタガタと揺れるし、安定しているときだって、ゆらゆら揺れてると思うけど、でも飛行機に揺られてって表現あんまりないよな。
船なんか、更に揺られるけど——そういや、波に揺られてとはいうけど、船に揺られては……?
言わないわけじゃないあろうけどなんか少し使い方違うような気はするな。
電車に揺られてって、揺らしてる主体が電車って感じがするけど、船に揺られていても、揺らしている主体は波だから。船に揺られてというのは、電車での使い方と違う気がするね。
でも、電車以外でも、馬車に揺られてってのは違和感ないな。
自動車に揺られて——は違和感あるのに何だでろ?
他、駕篭に揺られてってのも違和感ないな。
もっとも、両方とも、自分が、西部劇や時代劇の世界にでも生まれ変わっらないと使うことはないだろうけどね。そんな言葉。
まあ、揺られてに違和感あるとか無いとか……こんなの個人的感覚かもしれないけど、それでも、もうちょっと考えてみたら……
自動車も——凸凹道に揺られてって言うなら、あんまり違和感ないな。
波に揺られてってのと同じ感覚。レールに揺られてって絶対いわないからな。実際は揺らしているのは、電車でなくレールなんだけどね。
電車に乗ったときは揺らしている主体が電車だって思えちゃうのかな?
自動車は、運転する人はあまり酔わないというから……揺られている感覚も弱いのでは?
あるいは、今の電車はあんまり揺れないけど、昔はもっと揺れたので、電車に揺られてみたいな慣用句ができたまま使われてる?
なんとも……
俺は、別に、今考えなくても良い、どうでも良いを話を、つらつらと思い浮かべるのだけど、
「向ヶ丘? 何ぼんやりしてんの?」
「あ……」
と、和泉珠琴に指摘されてはっとなる俺。
いや、本当にぼうっとしていた。
というか、自主的に呆けていた。
逃避していた。
それは、
「何? 向ヶ丘? もしかして……?」
「……む」
中目黒駅に降り立っては見たものの、
「このあと、ノープラン?」
見事、和泉珠琴に正解を当てられて、
「……うむ」
苦々しげに頷く俺なのであった。
*
さて、気を取り直して、なぜ俺たちが今、中目黒の駅に来ているかだが——花も咲いてないし、紅葉にももう少しの桜の並木の緑を見に来たわけではない。
となれば、正直、この中目黒、リア充女子高生に入れ替わった俺にとっても、あんまり縁のない場所であった。高校生が来るには、敷居が高いというわけでないが……なんか来る用事ない場所なんだよね。
大学生になったら違うのかもしれないけど、ここいらは大人が来る場所的なイージがある。合コンも、俺が喜多見美亜に入れ替わっている間、中目黒で開かれたことは無かったな。あんまり、高校生が用事がない街のイメージ。
あ、あの大物男性ダンスグループの本拠地が中目黒らしく、彼らが好きな同級生の女子はここに行きたがっている風なことを言ってるのを聞いたことがあるが、興味のない俺にとっては本当に縁がない場所だ。
——でも、じゃあなぜ、俺らが、その用がない中目黒に来ているのかというと……
和泉珠琴のお母さん——美江子さん——が、今日、代官山から中目黒の一角に向かっていることだけは分かっていたからだった。
昨日、散々、この頃の意識高い就職活動の話を聞かされ続けた時に、
『今週、代官山……中目黒のほうが近いかしら——素敵な会社に行ってね……』
と聞いたのだった。
でも、一方的に話し続ける美江子さんの勢いに、もう疲れて話半分で聞き流していて、
『そこって、モデルのプロデュースもしていて……』
続けて話していたのは確かに覚えていたが、
「名前は話してなかったの? その会社の?」
「いや」
首を横にふる俺。
その様子を見て、
「……まあ、しょうがないね」
そりゃそうだよねって言う口調の和泉珠琴であった。
もともと、期待しないというか、
「もし、私が聞いてたって、お母さんの就職の話なんて真面目に取り合ってなかっただろうし……」
そもそも、自分でも——ましてや自分なら、母親の話はもっといい加減に聞いていただろうとのことであった。
「というか、お母さんと会話なんてこの頃しばらくしてないけど……和泉珠琴初級の向ヶ丘は、うっかり相手をしちゃったと……」
「ああ……」
「でも、そのおかげで、今日、お母さんの行った場所の、駅レベルだけはわかったけだけど……大変だったでしょ?」
なんか、本気で同情してる様子の和泉珠琴に向かって首肯する俺。
確かに——大変だった。
昨日、俺が、美江子さんの話に、うっかり反応してしまったら、その後に、怒涛のごとく、誰かに話しかったらしい美江子さん近況を伝えられた——だけなら良いのだが、
「……いちいち自分のことを承認して欲しがってくるでしょ。あれ、こまるのよね」
「……」
その通りだった。
昨日、うっかり美江子さんと話初めて、一応、全く無視も失礼かと思って、自慢ともぐちともつかない就職活動報告を、ちょっとは真面目に聞こうかとは思ったのだが……
いちいち、称賛やら同情を求めるもんだから、こっちのほうが段々と疲れて、鬱々した気持ちになってしまったのだった。
それが、素直に同感できる話ならば良いのだが、どうにも自分に甘く、人に厳しく、でも理想だけは高い。全くの悪党で、倫理的にどうかというような話をしてきたのなら、そのまま全否定すればよいのだが、微妙jにイラッとするのだが、まあこのくらいのグチはしょうがないかっていうギリギリのラインを攻めてくる。
なので、四十代の就職活動で疲れているお母さんの話を聞いてあげても……と思っているといつの間に、ジリジリとHPを削られて俺のライフはもうゼロよ。
で、そんな、母親といつも対応していた和泉珠琴は、
「お母さん……言っても何も聞かないしね。私、諦めちゃった」
「……」
ううむ。
と、母親はもう見捨てたとの話を淡々とした口調でいう和泉珠琴であるが……
なんて言って良いのか、迷うな。
和泉珠琴が母親と話さなくなった気持ちは、とても良くわかるのだが、だからといって、それをまるまる肯定するのも違うような……
俺は、どういう反応をすれば良いのか思い浮かばないで、黙り込んでしまうが、
「あ、向ヶ丘それよりさ……」
「ん?」
なんか言いたげな表情の、和泉珠琴の視線の方を振り向くと、
「……ともかく、お母さんの行方がわからないのは分かったけど、こうやって駅前に突っ立って、人の流れ邪魔していのも迷惑だよね」
「あ……?」
駅から出てくる人たちが、迷惑そうな目で俺らを睨みながら通り過ぎて、
「……どこでも良いから、ますは進もうか?」
「あ、はい」
和泉珠琴の言葉に首肯しながらあるき出す俺なのであった。
ちょうど信号がかわり、そのまま山手通りを渡る。
「……お母さんどこにいるのかわからないなら、探すついでに、この辺ブラブラするしかないけど」
和泉珠琴は、今、入れ替わっている喜多見美亜の顔を、悪戯っぽく笑わせながら言った。
「ねえ? これってデートかな?」




