俺、今、女子疑義あり中
モデルだ……?
俺は、朝の台所で。和泉珠琴のお母さん——美江子さん——の残していった書き置きを見て茫然となっていた。
——なんじゃそりゃ。
思わず、俺は声をもらした。
だって……
和泉珠琴の——お母さんだぞ。
美枝子さんは、二十代半ばで結婚、和泉珠琴を出産。
で、その子が高校生なので、そろそろもうアラフォーというにも口ごもるような年齢のはずだ。
いや、若くは見えるよ。年齢より。
意味不明に、上昇志向で、ポジティブ、前向き思考で明るい……というか深く物事を考えない性格のせいで、美枝子さんは人が刻むべき年輪ができてない風なとこがあるのかもしれない? とか思う。
それに、さすが、クラスカーストトップ3の一角、和泉珠琴の母親だ。娘の見た目は、母親から遺伝したんだろうなと思わせるような美人ではある。
——美魔女というのか?
とてもそんな年齢には見えない熟女。
なんか良くわからないが流行ってたよね。
でも……魔女ってのとちょっと違うよね、美枝子さん。
だって——魔女って言ったら、ローゼさんみたいな妖艶イメージだろ?
世の深淵を知って、奥深く、ドロドロしたものも抱えたことで出る凄みを持っている女性。
そういうのとは違うな。
——まったく違うな。
美枝子さん、子供っぽくて、軽くて……
まあ、若いとは普通褒め言葉であるのだろうけど——あんまり褒められるような若さじゃない。
大人として、あるべき深みがない。
そのせいで若く見える。
——そんな風に思えてしまうのだった。
つまり、悪い意味での若さ。それが容姿にも出ている。若く見えるには見えるが、それが良い方に転がっているとはどうも思えない美枝子さんなのだった。
それに、若いと言っても……あくまで一般に比較しての話だ。
いくら歳の割に若く見えて、美人であるといっても——モデル?
ううむ——。
やっぱ、かなり違和感があるな。
綺麗か、綺麗じゃないかというと、綺麗だし、ふわふわした性格のせいか、おばさん化もあまりしてないが……
結局、特別なオーラの無い普通人の域を出ない。同年代から『お綺麗ですね』とかくらいなら言われるかもしれないが、モデルみたいですね、とか女優みたいですねとか言われるような感じじゃないぞ、美枝子さん。
わかるかな? この感覚。
一般人の中では上の方でも、それ以上にはいけてない感じ。
そんな、突き抜け感のないお母さんが……モデルにスカウトされたとか聞くと、なんだかとても不穏な感じがしてしまう。
——騙されているんじゃないかって。
もちろん、モデルって言ったっていろんな種類があるだろうから、専門家が美枝子さんがニッチな需要にはまるのに気づいてスカウトしたのかもしれないが……
でも、これは、放っておけないな。
やっぱ、キラキラしたうまい話には裏があると考えないといけないだろう。
だから、
「え、モデル?」
和泉珠琴に電話した俺であった。
やっぱ、親の話は子供に相談すべきだと思うし、和泉家の事情は他の人に秘密のようだから——ちょっと頼りない感じはするが、相談相手は一択であった。
ただ、
「……うらやましい」
さすが親子であった。
「……うらやましいじゃないだろ。おかしいと思わないか?」
「おかしい?」
何が? といった口調の和泉珠琴である。
おいおい、
「スカウトされると思うか?」
「お母さんが?」
「そうだ」
あやしいと思わないか?
だって、
「お母さんは、モデルって柄じゃないってこと?」
「……あ、まあ……」
そうなんだが、
「まあ、そうだよね。お母さんが、モデルにスカウトされる? そんなの、おかしいかもね……」
「……そう……だな」
あんまり強く、『そうだ』と言うと、なんか女性の容姿を貶めているような気がして、微妙に口ごもる俺。
だが、
「……確かに、怪しいね……」
流石に、モデルという言葉で浮ついていた、和泉珠琴も、正気に——というか現実に返る。さすがに、それはおかしいだろと思ったようだ。
ならば、この機に、一瞬、黙り込んでしまった和泉珠琴に俺は話を続ける。
「まったく可能性も無いだろって言いたいわけでないけど……やっぱり、変だと思わないか」
「そうかもね。そんなうまい話、簡単に転がっているとは思えないかど……」
「心配じゃ無いか? なんか騙されているんじゃないかって思わないか?」
「……そうだね。私も良く怪しいスカウトに声をかけられるけど……まずは無視するからね……怪しいから大抵……」
「俺も、慌てて、調べたけど、モデルになれるとか言われて登録料やレッスン料なんかをだまし取られるとかあるらしいぞ」
「そういうのも聞くよね……でも……」
「でも……?」
「うらやましい!」
いや、落ち着け——和泉珠琴。
これ、絶対違うから。
*
——さて、さて。
和泉珠琴との電話の後、和泉家から出て、地元駅に向かって歩く俺であった。
よく晴れた秋の日曜の朝。
散歩日和である。
街なかも、気持ち良さげな顔で歩いている人多数。
犬を連れたおじさん。仲よさげに歩く老夫婦。元気よく小走りの子供を早足で追いかける母親。
のんびりとして、穏やかな休日の風景であった。
このまま、多摩川べりまで散歩してダラダラしたいな。
公園からそのまま里山の探訪に遠出するのも良いな。
なにしろ……
そんな風に思わせる心地よく怠惰な午前のベットタウンであった。
だが、俺が向かうのは真逆の方向。
東京都のど真ん中に向かっている。
——とはいえ、別に都内向かうこと、その事自体が嫌なわけじゃない。
前は、秋葉以外の都内なんて、近寄るのも怖かったが、あいつと入れ替わってから、いろんな場所にいくことになって、変わった。むしろ楽しいくらいだな。
おしゃれで近寄りがたいとか思ってた青山や代官山とか、マンガやドラマでイメージすり込まれて治安悪くて怖い魔都だとか思っていた渋谷とか新宿とかも、普通に表通り歩くだけでは何事もなく、それぞれの街の個性を楽しめる。
だが、今日は、楽しいだけではいかない可能性が高い。
普通に、歩くだけでは無い、街の深みに俺は向かわねばならず、その事を思うと、どうにも緊張してしまうのだが、
「あ、向ヶ丘」
「ん……?」
振り返れば——喜多見美亜の体に入った——和泉珠琴。
駅で集合するはずのキョロ充さんに道でばったりということであるが、
「……? どうかした?」
「いや、その格好……」
明らかに、自分もモデルにスカウトされたがっているかのような、決め決めのファッションであった。
まてまて、今いくら着飾っても、スカウトされるのは喜多見美亜なんだけど……




