俺、今、女子……じゃない継続中
喜多見美亜の言葉、
『無駄になるものの中に自分が入っていない』
を聞いた瞬間、ぎょっとしたような表情になって固まってしまったセリナだった。
しかし、あいつは、そのまま叩きつけるように言葉を続ける。
「……良くわからないんだけど、セリナさんはこいつのためにずっとなにかしてたんだよね」
俺をチラリと見るあいつ。
かすかに頷くセリナ。
「なのに諦めてしまうわけ?」
「諦めてるわけでは……」
「嘘でしょ」
「……」
「ねえ」
「……」
あいつにぴしゃりと言われて、黙り込んでしまったセリナ。
けど、これは、
「おい、ちょっと……」
「なによ?」
俺は疑問に思ったことがある。
「……おまえわかってるの?」
「わかってるって、なにが?」
「なにがって……、こんなわけのわからない場所に、なぜセリナがいて、俺たちがなんでここにやってきたのか……」
「は? 何言ってるの?」
「……え? もしかしてわかってないの俺だけ?」
「……なに言ってるのあんたバカなの?」
「え?」
やっぱ俺だけ理解してないの。
正直、さっぱりわからないのだが、喜多見美亜は……
「……わかってるわけないじゃない」
「へ?」
わかってない?
「逆に、あんた理解してるの? 少しでも。それなら凄いと思うけど」
「いや……」
実のところさっぱりだが……
でも、なに? こいつは何か知っててセリナに難癖つけたわけじゃないのか?
「でも……わかってるとか、わからないとか、そんなことどうでも良いのよ」
「どうでもよい……」
わけはないだろ。
人に文句言うならその理由くらいは、
「ああ、面倒くさい」
「……」
「あんたは、いつもそんな風に理屈ばっか考えて大事なとこで身動きできなくなるのよ」
そう言われればそうかもしれないが、
「あんたが、迷ってる間にセリナさんはいなくなってしまう……」
俺が、勢いに戸惑って黙り込んでしまったうちに、
「そうよねセリナさん?」
セリナに向かってまた話し始める喜多見美亜。
「ええ……」
頷くセリナ。
「あなたの思った通りよ。美亜さん」
「……このままじゃいなくなってしまうってこと?」
「そう。今は、なんとか、この曖昧な境界に留まっているけれど……」
セリナは俺たちを取り囲む薄明るい真っ白なもやを見渡しながら言った。
「いつ、ここからも消え去ってしまうかわからないわ」
「言ってること、やっぱり、さっぱり意味わからないけど……つまりセリナさんはいなくなってしまうってことだよね」
「ええ」
「そしたらどうなるのよ?」
「どうなる?」
「セリナさんがどうなるかってことよ」
「どうなるかと言われても……私は、どうにもなりようがないものになるというか……存在そのものがなくなってしまうかも。私にも、正直、こんな経験初めてなので、わからないのだけれど……」
「? なんか、やっぱり、どうにかなってしまう話に聞こえるけど。セリナさんが」
「……しょうがないのよ」
「なぜ?」
「失敗したのは、私だから」
「へえ?」
「……なに?」
「やっぱり、よくわからないけど、失敗したのはセリナさんだから、その責任もセリナさんがとるみたいなことをいってるのかな?」
「……それは当然でしょ。今起きてる事態は、全て、私のエゴでやったことで、それが失敗したら、責任も私にある」
「今起きてる事態って……もしかして体入れ替わりのこと」
「ええ」
「へえ。セリナさんのせいだったんだ……こいつと体が入れ替わったのは」
「そうよ。全て、私がやったことよ。美亜さんは恨みに思うかもしれないけど、私にとって必要なことだったの」
「私にとって?」
「そうよ」
「そうかな?」
「そうよ、全部……」
「違うでしょ。こいつのためでしょ?」
喜多見美亜は俺を横目で見ながら言った。
「それは……でも……」
「こいつのためなんだよね」
「それは……」
「そうなんだよね?」
「……でも、勇タンのためにと言うのも、私のエゴで、勇タンが望んだことでは……」
喜多見美亜のとがめるような眼差しに、黙ってしまい、下を向くセリナ。
そんな様子を見て、あいつは少し困ったような顔をしながら言う。
「ところで……エゴ云々の話は置いといて、セリナさん、何か勘違いしてないかな?」
「勘違い?」
「私が恨んでるって話……そんな風には思ってないわ。そりゃ、最初は、男子に、それもクラスでも、図抜けた奇人と思ってたオタクぼっち大王に入れ替わって、びっくりしたけど……むしろ感謝してる」
「感謝してる……?」
「そのおかげで……わかるでしょ?」
「……そうね。身体入れ替わりなんてなければ、美亜さんと勇タンはこのまま一生関わりがなかったと思うわ」
「ねえ。それなら……あえて聞くのも野暮だけど、セリナさんは向ヶ丘勇のことが好きなのよね?」
「……そうよ。私の全てよりも、いえ、全宇宙よりも大事よ」
「じゃあ……なんで、そんなことしたの? あなたは、あなたのライバルを自分で作り出したのよ」
へ?
ライバル? 何の?
……ってこの流れだと、そういう意味に聞こえるが、
「そうする必要があったの。勇タンが勇タンとしてよみがえるためには、今回の世界で、様々な人に広まった魂を入れ替わりで……」
「……?」
「……けど蘇った勇タンを歴史は無に帰そうとして……」
「……? ああ、もう、やっぱ、セリナさん言ってることよくわからないけど……つまり、セリナさんはこいつのために、なにかとんでもない努力を今までしてきて、その結果、今、大変なことになっているってことなんだよね」
「ええ……でも、しょうがない、勇タンが勇タンとして生きられるならば……」
「自分は犠牲になってもってこと?」
無言で頷くセリナ。
その様子を見て、
「……嘘でしょ?」
喜多見美亜は言う。
「嘘って……私は……」
「嘘は言いすぎでも……なんか隠してるよねセリナさん」
「そんなことは……」
喜多見美亜に問い詰められて、なんか、ずいぶんと焦った様子のセリナ。
ああ、これは……
セリナは何か隠している。
何か重要なことを、おれたちに話していない。
そして、
「……さっきも言ったけど、セリナさんは、自分が失っちゃいけないものの中に入ってないんだ」
「だって、大事なのは、私ではなくて……」
「向ヶ丘勇ってことだよね」
「ええ」
「でもさ、そのため自分が犠牲になっても良いってのはおかしいと思うし……そんな人の言うことは信じられない……」
「信じられないっていわれても……」
「端的にいうね。セリナさん、本当は自分が助かる方法あるんでしょ?」
喜多見美亜は確信を持って言うのであった。




