俺、今、謎空間ダイブ中
ここはどこなのだろう。
ベットに横たわった、セリナの手を握った瞬間から、俺は、なにもない真っ白な空間にいた。
白。
ただ白い空間だった。
本気でまわりにはなにもなかった。
見渡す限りの範囲は、薄明るい光るモヤのようなものに満たされているだけで、形あるものが見当たらない。
という意味では……
——俺が踏みしめる床もない。
なら、俺は、浮かんでいるのだろうか。
この不思議な白の中に?
いや、浮かんでいるというのにもなんか違和感がある。
今、右も左も、上も下も良くわからない状態だ。
そもそも、浮かぶというのならば、そのための空間がいるのだろうが——ここはそんな場所なのだろうか。
空間さえも無い。
それがどういう意味で、どういう場所なのかも思いつかないが……
とにかく、どうにも捉えどころがない場所だった。
ただ、ここは、何も無いイコール虚無なわけでもないように思えた。
俺は、自分を包む何物かの存在を感じ取っていた。
それゆえ、不安はない
なんというか、とても暖かい気持ち……
言うならば——愛に包まれているのを感じていた。
深く、強い愛。
ただし、それは今にも消え入りそう。
脆弱で今にも壊れてしまいそう。
そんな——白の中を、俺は、ただ、漂った。
それが、いったい、どのくらいの時間なのかはわからない。
いや、もしかして、ここが空間で無いならなば——時間は無いのかもしれない。
そんなものなのかもしれない。
無限と一瞬が同じ意味を持つのかもしれない。
ここでは、何も進まないし、何も起きていなかったのかもしれない。
瞬間だけがある中に、俺は無限に漂う。
しかし——違う……
俺は気づいていた。
時は俺の中にだけには流れていた。
俺には過去が——記憶があり……
未来は——俺の、求める希求だけにあった。
……と気づけば。
俺は、それを得た。
「え……」
気づけば、俺はセリナの前に立っていた。
「あ、勇タン」
セリナは、空中に浮かぶソファーの上に座っていた。
「……ここ座る?」
セリナは自分の横の席をパンパンと叩いた。
「ああ……」
そこに座りたい——そう思った瞬間に、俺は彼女の横にいた。
そして、ソファーに腰掛けると、
「こんなところまで来てくれてありがとう」
セリナは嬉しそうに、だけどどこか諦めたような顔で言った。
そんな彼女の様子は気になるが、その前に、
「……ここは」
そもそもどこなんだろう?
「そうだね。分かりやすく言うならば……夢の中かな」
それは、セリナの? 俺の?
「うん。誰のとか言い出すと、どうしても正解から遠ざかってしまうかな。ここは勇タンの夢の中でもあるし、私の夢の中でもある。みんなの夢の中というか……世界が世界になる前の状態……ってわかるかな?」
正直、良くわからないが……
つまり、少なくとも、ここは現実ではないと?
「そういうことだよ。それ以上は、言葉で言おうと思っても定義できないのがここだよ。……少なくとも現実では無いとこに来たことがわかっていれば、今は問題ないよ。それより……」
それより?
「隠さないんだね」
なにを?
「……心の声隠せるようになったんでしょ」
ああ。
さっき、なぜか突然できるようになった心の声を、心の奥に仕舞う方法。
ローゼさんも、もう俺の心が読めなくなったって言っていた。
……って、心が読まれてるのが当然という風に思ってしまっていた俺もどうかと思うが、
「……今更だよね」
その通り。
今更、俺が、普通の常識を持ち出して心を読まれるなんてことが起きるわけがない的な事を言っても……
「いろいろあったでしょ。今まで」
首肯する俺。
確かに、春に喜多見美亜と入れ替わってから、いろんなことがあったな。
様々な女子と入れ替わった——それだけでも明らかに日常の常識などどこかにふっ飛んで行ってしまっているが、他にもゲームの中なのか異世界なのかわからない場所に行ったり、その後のセリナやセナとの絡みで、数々の怪しげな力を見せつけられて、
「私たちって何者かって思ってるでしょ」
また首肯する俺。
ただし、
「……ちょっとは思い出してるよね勇タン」
今度は、微かに首を傾ける俺。
何度か、俺は、セリナやローゼさんたちと一緒にいた時のことが、頭の片隅に思い浮かぶことがあった。他にも俺がまだ会ったことの無い男や女たち——仲間に囲まれて、漆黒の宇宙を駆けて、様々な異世界の神々と戦う。
でも、
「そんな記憶なんか馬鹿らしい。ラノベやアニメであるまいし、そんなことが自分の身に起きていたはずがないと——思ってる?」
そのとおりだった。
この頃ふと心に浮かぶ、そんな記憶たちは、高校になってもいまだ抜けきらぬ、俺の中二病的な感性のなせるものと思っていた。
「でも、違うかもって言ったら?」
違う?
「勇タンの思っていることが全て本当だったら? もしかして、別の、あり得た世界で、別の勇タンが経験したことだったとしたら?」
それってつまり、俺は……
「……ううん。どうかな。今、ここで私の口から正解を言ってあげても良いけど……それだと未来がちょっとうまくない方向に動く可能性もあるのね。ここで私が、本当の事を全部言ったら、勇タンは逃れられなくなる……」
何から?
「私からよ。愛しき人……」
なぜか、俺への親愛の言葉を言う時に、とても悲しそうな顔のセリナだった。




