俺、今、空腹女子
なんでなのか……?
体がまた入れ替わったことを報告したら、機嫌の悪くなった美唯ちゃんであった。
で、電話を終えた後、俺が、それを不思議に思っていると、
「……ああ、向ケ丘、妹の方も仕留めたんだ。この男、オタクボッチの、ウザイけど、まあ基本的には無害なやつかと思ってたら、意外と獰猛な肉食獣だったんだ」
人聞きの悪いことを言う和泉珠琴であった。
確かに、美唯ちゃんとは、この間の入れ替わりでだいぶ親しくなった。俺が、最愛の姉の、中の人になっているという事実も、なんとか許容してもらえるくらいには打ち解けた感じだ。
しかし、そのへんの話をつたえたとたん、美唯ちゃんが俺のことを好きになった風な理解をする。まったく、脳みその中身がいつもピンクに染まっているとしか思えないような、リア充の思考である。
俺は、そんな浮ついた人間関係に惑わされるのが嫌で孤高の聖人としてクラスで生きることを選択したのだが、喜多見美亜と入れ替わって以来、様々な女子と関わりができて……。
今の、俺の状況を鑑みるに、美唯ちゃんがちょっと親しみの情を持ってくれたくらいで愛だ恋だ言ってたら、なんだかんだで随分と親しくなってる女子たちもそういうことになってしまうのだが、
「向ケ丘……恐ろしい子」
白目になってガーンとした表情になってる和泉珠琴には余計なことは言わないでおこう。
それよりも、
「今日この後どうするんだ」
俺は、まだまだ長い昼間をどう過ごせばよいかを悩んでいた。
まあ、俺は和泉珠琴の家に、和泉珠琴は喜多見美亜の家に行って、そのまま怠惰にダラダラ過ごすでもよいが……。
この家には何ももないもんな。
あ、いや、貧乏だからものがないとか揶揄してるんでなく、俺が必要とする、オタクコンテンツがなにもないってことだ。
マンガもなければ円盤もない。ラノベなんてあるわけないし——読むものは数冊が部屋のすみに転がってるファッション雑誌だけっぽいな。
他には……。
どうやら、PCもないし、スマホのwifi何も出てこないとこ見ると固定のインターネット回線などもなさそう。
これでは、俺は、どうやって俺は時間を潰せば良いのか?
ただぼんやり天井でも見つめながらぼんやりしてるしかないような状態だが……。
「……なんか私の部屋が気に入らないみたいね」
俺が、不満そうに見えたのか、自分の部屋が馬鹿にされたと、むっとした感じで言う和泉珠琴だが、
「いや……」
そういう意味じゃないんだ。
お前の家が貧乏で、面白いものが無いって言ってるわけじゃなく、
「……まあ、でもそりゃそうか。オタクの向ヶ丘が私の家にいても面白いものはないかもね」
そういうことだから。
他意はないんだから。
「なら、美亜の家に行って時間潰す? 向ヶ丘もついでに必要なものとってきたいでしょ? パソコンとかとってきたらどう? そしたら、とりあえずオタクって生きていけるんじゃないの?」
おい、ちょっと待て。
確かに現代のオタクにとってパソコンが必須のギアなのは事実だが、それだけだと思われたら心外だ。
いくらネットでマンガもラノベも読めるようになって、アニメも見えるようになっても、実物の良さは捨てれないんだからな。
ページをめくる快感、DVDをプレーヤーに差し込む時のワクワク感。
読んでる間、見ている間の、体の動きが違えば、心のリズムも変わる。
これからどうなるかはわからないが、長い間を駈けて、俺の好きなコンテンツたちは、そんな身体的感覚にあわせて発展したのだ。
最適化されているのだ。
単純にPCさえあればいい的な戯言を言わないで欲しい。
と、俺は顔をしかめてむっとするのであるが、
「……別にPCとってこなくてよいのならそうするけど」
「——いやちょっと待て」
それだけではオタクの生活は完成しないって言っているのであって……、無くて良いとは言ってない。
「じゃあ、まあ、美亜の家にいこうか。わたしんちなんかにいるよりも、あっちの方が向ヶ丘もすごしやすいかもだけど……」
まあ、喜多見家には随分慣れたしな。
「それにしても、まだちょっと時間早いかな」
「時間?」
「せっかくの日曜の昼から部屋に閉じこもりっぱなしもないよね」
まあ、確かに。俺は、オタク欲を満足させてくれるコンテンツやガジェット渡してくれるなら、別に百年でも二百年でも部屋に閉じこもっていられる自信あるが、和泉珠琴には結構つらいかもな。
喜多見美亜の部屋とは言え、もう半年も俺がいるうちに、この女には全く興味なさそうなものばかりの部屋になったからな。かわいいファッションの本も、小洒落たカフェの本も、意識高そうなタレントの啓蒙本もない。
いや、その3つとも、この和泉珠琴の部屋に転がっているものだけどな。逆に、俺にしてみれば、そんな物がっても邪魔なだけだけどな。
今、俺の——というか喜多見美亜あいつの部屋にあるのは、真に可愛い二次元めがみたちの本やら、品揃えの良い同人ショップの本やら、本当の意味で意識が高まる作品アニメマンガ評論の本……。
ともかく、俺ら二人共、相互の部屋の中に昼からいても、たいして楽しくないと言うことだ。
ならば、
「とりあえず外に行きましょうか」
その和泉珠琴の言葉に、俺はなんの異論もないのであった。
*
そして、外に出た俺達であったが、さてどこに行ったら良いものか。
何か食べるかとか、お茶するかとか、カラオケするかとか、映画見るかとか……。
和泉珠琴の家庭事情知る前だったら、このリア充がしたいことといえばそんなことかなって思ってたろうが、金かかるようなものは嫌がるのではないか。
あと、そもそも、俺が和泉珠琴と二人っきりになって、話すこともなくて気まずくならないか? いや、絶対なる。自信ある。俺は、確信があるね。
だって話すことないよね。俺。和泉珠琴と。
おしゃれなカフェで何も話さずにうつろな目で向き合っている姿とか、カラオケボックスでアニソンを歌う俺のことをまったく見ないでスマホ眺めている和泉珠琴の姿とか容易に思い浮かぶ。
ともかく、街に出てきたのは良いものの、何をすれば良いのかまったく思い浮かばない状態であったのだった。
ただ、
「向ヶ丘……というかさ、私の体、めちゃ腹減ってない?」
「あ……」
言われて気づく、腹がグーッとなる和泉珠琴の体であった。
そうだった。
その後のドタバタで、すっかり気が張って、忘れていたが、和泉珠琴は朝飯抜いてふらふらになってよろけてしまうくらいの状態であったのだった。
ということを思い出せば不思議。またたく間に、俺は、胃液の逆流してくるような耐えきれない空腹に苛まられる。
こりゃ早くなんか食べないと……。
俺は、ともかく食事をさせて欲しいと、多分懇願するような目で、和泉珠琴が中にいる喜多見美亜の顔を眺めると、
「何か食べようか。今日は合コン潰れたから軍資金もあることだし。私も自分が空腹で苦しんでるの見たくないし」
とのことであった。
で、これで——ああ、助かった。
と俺はその時は思ったのだったが、実はこれこそが、さらなる混乱への序章であったとは……。
俺は、そのことに、この時、まだ、まるで気づきもしなかったのだった。




