俺、今、女子秘密打ち明けられ中
秘密。
和泉珠琴が言い出したその言葉に、俺はどきっとしてしまう。
これ以上、俺は、何か、こいつの弱みを知ることになってしまうのか?
と思うと、ぐっと腹の奥が痛くなってしまう。
——和泉珠琴。
リア充のキラキラ女子、クラスカーストトップグループの中で日本一の無責任女的ポジションを確立している、いかにも軽い感じの女子……と思っていた。ところが、実は、彼女は、貧困家庭女子で、いつものふざけたお気楽な態度の裏にはこんな事情を抱えていた。
今まで、知ってしまった話だけで、結構いっぱいいっぱいの俺であった。
だから——もう、無理だよね。
これ以上なんか知って秘密にしろと言われたら、心の負担が重くて、押しつぶされちゃうよね俺——なので、もうこれ以上は話を聞きたくないというのが、俺の偽らざる本心だった。
でも……。
いやいや、別に良いじゃない? 人の秘密聞かされても、話さなきゃ良いんだし
実感なく言う
とはいえ……。
一般には、こういう時って秘密知ったほうが優位に立つって思われがちだよね。
なんで、知られてはいけない秘密を知った方の俺がドキドキしているのか。
そんなことを不思議がっている人もいるかもしれない。
だって、俺は、和泉珠琴が、絶対に人に知られたくない秘密を知ってしまったのだ。それをつかって彼女を脅すことも可能だ。
いや、俺だって思春期男子なのだ。やっぱり人並みに性欲的なものはある。それに和泉珠琴はやっぱり、なんだかんだで飛び抜けて可愛い女子ではある。ならば、俺は、秘密をばらすことを脅しに、薄い本の登場人物となって、欲望のままの行動を……。
——となるわけはない!
だいたい、今は、女に入れ替わっているのだから、いくら心が男でも、そんなことはありえないだろというのもあるが、そもそもだな、人間ってそんなやりたい放題にはできないもんなんだよね。
もちろん、人間としてのたがが外れてしまっていて、人の弱みにつけ込んで搾取しまくるような連中も、ある程度の割合でまざってはいるものの——やっぱり、普通の人って、なかなか悪者にはなれない。
悪いことをしたら、単純に心が痛むのか、あとで因果応報、自分がひどい目にあうのかとか思っちゃって、功利的な判断をしているのかはわからないが——弱いものを叩くことに罪の意識を感じちゃうもんなんだよね。
これって——この罪の感情って、実は、もしかしたら、人間という生き物の本質とでもいえるようなものかもしれないって話を聞いたことがある。
二十世紀の半ば、文化人類学者が世界中の未開社会を調査する中で、親子の愛さえないような考えられない生活様式を取る部族があるのに、人の恩に報いない社会は一つもなかったという。
つまり、人間というのは、本能的に、恩には報いる——逆に言うと、不恩には祟られるということを生活様式として生き残ってきた動物であるなのかもしれないのだった。
もしかしたら、この、「恩に報いる」という性質は——人間が自らを万物の霊長と定義する理由と一般に思われている——知性なんかよりも重要な性質であるのかもしれないと俺は思う。人間は、頭が良いから生存競争に生き残ったのではなく、恩を受けたら恩を返し、裏切ったらそれを罪と思う性質を持ったことが、他の動物に比べて優れた点であったのかもって。
知性が他の動物に比べての人間の優位点であったとしても、少なくとも、過去にいろんな人間集団がいたなかで、生き残ったのは人でなしばかりの集団ではなかったってことなのではないか?
そんなことを俺は思うわけであった。
これは人間の倫理を動物的本能が理由とするような
それであれば、実は弱者が世の中で最強になってしまうのであった。
逆に、ニーチェとかは、人間のそんな弱者に逆らない、そんな性質を嫌って、そういうことから切り離された人間である超人を理想としたりもしたのだが……
閑話休題。
難しい話はおいといて、俺には、和泉珠琴からこれ以上の秘密なんか教えてもらっても、あきらかにトゥーマッチだったのだった。
これより、弱者の立場に立たれたら、俺は和泉珠琴に言葉を発することさえできなくなってしまいそうであった。
なので、できるならこれ以上秘密とやらを聞かせてもらいたくはなかったのだが、
「私のお母さんホントのお母さんじゃないから」
うぐっ!
「戸籍上はお父さんはいることになってるけど、今どこにいるかわからないから」
ううっ!
いきなり、超弩級戦艦の猛攻を受けて、沈没寸前の俺であった。
他にも、借金が結構あるとか、母親は仕事をしょっちゅうくびになってしまいがちで、今のスーパーのレジの仕事も、何かもう一度失敗したらやめさせられるような状態になってるとか……。
ともかく、現在のぎりぎりの生活と、これまでの和泉家母子の波乱万丈の人生をこれでもかと聞かせられ、俺はもうぐったりと疲れてしまったのだった。
しかし、
「……私もこんなこと話したいわけじゃないし、話していて気持ち良いわけじゃないけど……私に入れ替わったんだから、私がどういう人間なのかしらないとやばいでしょ」
和泉珠琴の言うとおりであった。
このあと、少なくとも今晩は、和泉珠琴としてこの家の中でたち振る舞わねばならないことは確定であった。
その時に家族状況を知らないままではまずい。
とはいえ、そのあともずっと聞かされた和泉家の状況は、俺をげんなりとさせてしまうものなのであった。




