俺、今、女子宅訪問中
和泉珠琴の自宅に着いて、その家の、彼女のいつものキャラクターとの落差に驚いて絶句してしまう俺であった。
クラスのリア充女子三人組のなかでも、一番キラキラ女子的な行動を好む彼女。
みえ張りで、上昇志向で、なんでもかんでもよく見られよう、イケてる人のおこぼれに与ろう……って、あからさまにこすっからい行動が多い。その、少し人生をなめてるのでは的な振る舞いに、俺はいつもちょっと、ムッとするのだけれど……。
なんかいつもうまくいなされて、なんとなくまあしょうがないかという気持ちなってしまう。
ほんと、どうやったら、こんなお調子者——日本一の無責任系女子が生まれ育つのかと呆れながらも、ちょっと感心しながら思ったことがないでもなかったが……。
そこで思ってた彼女の生まれ育った場所は、少なくとも、コレじゃないよね。
——というのが目の前の家だ。
流石に、最初第一印象で思った、ゴミ屋敷は言い過ぎだった。
軒先に、うず高く積み上げられた、良くわからない箱やらプラスチックやらを見てそう思ったが……。
——いや、これはゴミじゃない。
和泉珠琴の視線から、俺はそれに気づいた。
むしろゴミであったほうが、気が楽だったかもしれない。
これはゴミじゃなく……。
この家の人たちはこのガラクタを欲している。
これらを取っておいてある。
なんに使うのかよくわからないような粗大ごみにしかみえないようなものがこの家の財産なのであった。
と考えると、
「驚いた?」
「……」
和泉珠琴の言葉に、俺は、無言で応えるしか無い。
「なにぼうっとしてるの? さっさと入るわよ……私のポーチ貸して」
俺は、自分の持っていた和泉珠琴の小さなかばんを、その当の本人が中の人となっている喜多見美亜に渡すと、首肯しながらあとに続く。
しかし、
「どうしたのよ?」
玄関前で一瞬立ち止まった俺を怪訝に思ったらしい、和泉珠琴が少し剣呑な口調で言う。
だって、
「ああ、これ? ずっと傾いているんだから心配ないわよ。大震災の時はちょっと壁とかヒビ入ったけどその後は何もないから……」
家全体が、どうにも斜めっているように見えたのだった。
気のせいのレベルを越えて、明らかに左側に傾いている。
それは、家の土台のあたりが少し沈み込んで、そこで微妙なバランスがとれて安定しているようだが、
「いつまでも、このままにしておいて良いとも思ってないけど……しょうがないじゃない……お金無いんだから」
といっても不安じゃないんだろうか。家がバランスを崩して崩壊してしまったりはしないんだろうか。
と、思うが、
「このへん昔、川が流れていたらしくて、軟弱地盤なようなのよね。このまま放っておいたらいつか危ないのかもしれないけど……でも、少なくとも、今、玄関先で悩んでどうなることでも無いでしょ。ともかくさっさと入るわよ」
「あ、そうだな……」
俺は、正直、ちょうど吹いた風で揺れて、明らかにヤバそうな軋み音が聞こえてきたこの家に入るのが怖かったのだが、先に入った和泉玉琴を追いかけるように、続いて家の中に入る。
「おじゃまします……」
恐る恐る、怖いもの見たさ……というか別にそんなもの見たくはないんだが。少なくとも今日はこの家で過ごさねばならなくなりそうだから、このままいつまでも外に突っ立ってるわけにもいかない。
ならば……。
ええい、どうにでもなれ!
俺は、地獄の釜の蓋でも開けるような気持ちで、目をつむりながら和泉家の中に入り、
「うわっ!」
玄関先に置いてあった、ズタ袋に足を取られて、危うく転びそうになる。
「何やってるのよ。もし転んで私の体に傷なんかつけたらただじゃおかないわよ」
「ご、ごめん……」
手をついて転ばずにすむが、確かに危うく目の前に置いてあったヤカンの注ぎ口に頭をぶつけそうになった。
確かに、正直すまんかった。
乙女の顔に取り返しのつかない傷をつけてしまうとこだった
ごめんなさい。
……と思うのだが。
「……なんでヤカンがこんなとこに」
「は? なにか言った?」
「いえ、なんにも……」
「……ともかく、上がって」
俺は、ともかく、一礼をしながら玄関から中に入る。
「美亜の家と違って、なんにもないだろうけど」
「……いや」
反応にこまるな。お世辞にも、洒落た家とも、豊かな家ともいえないからなここ。下手なお世辞や、ごまかしはかなり失礼だ。
とはいえ、あんたの家は貧乏に見えると言うのもありえんだろ。
ならば、俺は無言になるしかないわけで、
「…………」
「その辺に座って」
言われるがままに、俺は、だいぶ日に焼けてところどころほつれが見える畳敷きの上に直接腰掛けた。
「座椅子使って良いよ」
「あ……うん」
俺は、自分の横にあった、パイプに人工皮革が張られた安っぽい感じの座椅子を引っ張って座る。
「お茶でも出したいとこだけど……水で良い?」
「え、あ、はい」
冷蔵庫を開けて中から、2リットルのペットボトルを取り出すと中に入れていた(たぶん)水道水を、一緒に持ってきたコップに注ぐ和泉玉琴。
「……さすがに、いつもは麦茶くらいは作ってるんだけど……切らしてしまって、いざ買おうとすると結構高い感じしちゃうじゃない?」
「あ……そうだね」
いったいどんな高級麦茶を使ってるんだ! と一瞬思いかけるが、
「麦茶も安売りの日に狙いたいので、少し我慢してるんだ。水だって冷やせば美味しいし……」
「……」
別に高い麦茶を買おうって訳じゃないんだろうな。
「何? さっさと飲まないとぬるくなって塩素臭くなるよ。喜多見家ではもっと良い物飲んでるのかもしれないけど」
「——あ、いただきます」
ぬるくなくても結構塩素臭い冷水を一気に喉に流し込む俺。
確かに喜多見家は飲む水は高い浄水器通すからな。
俺の家ではそんな物使わないけど、さすが生水冷やして飲むとかはやらないから、飲んだ瞬間コップから塩素臭さが立ち上るなんて、久々の体験であるが、
「……少しは落ち着いた?」
「ああ……」
よく考えてみれば、まだまだ暑い関東の十月の太陽に照らされて午前中から歩き回って、随分と喉が渇いていた。
冷たい水を飲んでやっと一息つけたというところであった。
でも、
「ところでさ……どう思う?」
「……?」
「私がさ……こんな……貧乏な家のくせしてリア充なんかなろうとしてること」
いきなり、やっぱり落ち着けないような質問が投げかけられてくる。
「……って答えられないよね。向ヶ丘でもそのくらいのデリカシーはあるよね。しかしだなあ……」
俺が固まって何も言葉を出せない状態になっているのを見ながら、
「どうしようかな? こんなこと私知られてしまって……こんな琴知ってしまった責任、向ヶ丘はどうとってくれるのかな?」
和泉玉琴は、入れ替わった喜多見美亜の顔を、冷たく、まるで蛙を睨むつける蛇のような表情にせながら、ぽつりと、そんなことを言うのであった。




