俺、今、女子混乱中
しこたま顔面を床に打ち付けたロータスさんは、そのまま床でピクピクと震えていたが、何事もなかったかのように、すくっと立ち上がる。
「だ……」
俺は、あまりにすごい音を立てていたロータスさんの転倒を見て、『大丈夫ですか』と声をかけかけていたのだが、凝視する視線に気づいて振り向くと、ぶんぶんと首を振るセナの姿。
そうだな、ここはスルーしてやるのが人情というものだ。
なので、
「それじゃ、二人に店の紹介をしますね」
とすまし顔で言うロータスさんに何も言わずについて行くのだった。
ロータスさんについて入った狭い店内には、これでもかとばかりに。様々な雑貨が詰め込まれていた。
それも、ただ単に、物が多いだけではない。
多分見る人が見れば、どれも良いものであることは、特に雑貨とかに興味がない俺でもわかる。
この店は、ちゃんと見るなら、結構時間がかかる、宝の山のような場所なんじゃないか?
と、目の前に積み上がる皿やら調度品を目の前に、その量に頭がクラクラしながら俺は思うが、
「これなんか良いね」
そんな、大量の雑貨からめざとくセナが見つけたのは、
「お、セナさすがに目の付け所が良いですね」
「結構な業物だよねこれ」
幼女が手にとったのは、なんかいわく有りげな銀色のブローチ。
「……抜け殻ですけどね。霊力的には」
「そうかもしれないけれど。中身が入ればとんでもないものなんじゃないこれ……店先にぽんと置いといてよいもんなのかなこれ?」
「まあ、この世界では霊力充填なんて簡単にはできませんから」
「といっても、なんかのはずみで中身入っちゃったらやばいんじゃないの」
「この中身がいっぱいになるようなものは、この世界でいったら黙示録クラスだからめったなことでは大丈夫だと思いますが……」
「それくらいじゃうちのお母さんクラスが少し気合い込めたら満杯になっちゃうじゃない。やっぱり店先にひょいと置いて良いもんじゃないよ」
「そうですかねえ……」
……。
相変わらずなにを言ってるんだろう。この人たち。
黙示録だなんだと簡単に……。
セナがお母さんというとセリナのことだよね。
クラスメートが世界の破滅級の力を持ってるっていうのか?
まあ……。
なんだな。
——あれだ。
このやりとり、あんまりおもしろくないが、きっとこの怪しい仲間の中では面白い冗談なんだよな。
そうだとよな?
そうだと言ってくれ。
しかし、セナは、別にふざけている様子もなく、
「あ、これ結構かわいいね」
真剣な目で、続けて、またこれも、ただものではないような雰囲気を漂わせている金属の杯を手に取っている。
見るからに、ヤバそうな一品であった。
「お、セナはさすがにお目が高いですね」
「と、よく見れば……こんなの置いといてよいの?」
やっぱりヤバイやつぽい。
「それも、この世界であれば大過には至らないかと」
「世界破滅とかいうレベルで語るならそうかのしれないけど。こんなの、うっかり手にしした人の人生が大幅にくるっちゃうんじゃない」
「場合によっては世界の王とかになっちゃうかもしれませんが……」
「そりゃよっぽどうまく行った場合でしょう? 大抵の人はこの聖杯の呪いで破滅するわよ」
ん? 今、聖杯って言ったよね?
それもオリジナルのというよりは、FA○Eっぽい、オドロオドロしげな聖杯伝説。
「そうでしょうか? セナだったらじゅうぶんに制御可能ですよこれ」
「私じゃないと扱えないようなもの、気軽に売ってるんじゃないの!」
……。
まあ、この二人が言ってるのは、ぜんぶ「ごっこ」だよね。雑貨屋を舞台に、いわくありげなアンティークを、これが世界を滅ぼす魔器だ! とか言って盛り上がる。
そんな見たて遊びをして盛り上がっているセナにロータスさんがあわせてくれているだけなんだよな?
「え、『世界を滅ぼす魔器』? あれ? 勇はそんなものが欲しいんですか?」
は? そんなもの?
というか、やっぱり俺の心の声を読んで会話してくるロータスさんであるが、
「……世界を滅ぼしたいのならば、このラッパふいてもらえば良いですから。意外ですね。勇にそんな破滅顔貌があるというのは。ハーレムラブコメ主人公にもそんな悩みがあるとは」
誰がハーレムラブコメ主人公じゃ!
ではなくて……。
吹くと世界が破滅するラッパって……。
「あ、それ、前に、あんたたちの世界で保育園の園児に吹かせて大問題になったやつ!」
「ギクッ……、良いじゃないですか。あの時は、なんとかなったので……」
「そりゃ、ローゼさんにも手伝ってもらったのでなんとかなったんでしょうが。それに、黙示録なんか始まったらさっきのブローチにエネルギー充填されて、もっと大変なことになってしまうじゃないの!」
「その時はこっちの聖杯にお願いしてなんとかしてもらえば……」
「そしたら聖杯に、代償だって、ろくでもないこと求められしまうでしょ」
「その時はセリナにひょいと浄化してもらえれば……」
「また、そうやって、ドジ踏んだときはお母さんに頼れば良いと思ってる」
「確かに、セリナにはずいぶん助けてもらいましたが……」
「だからあなたは……」
……。
二人のやり取りはどう考えても本当の話ではなく、セナの子供っぽい空想にロータスさんが付き合っているんだろうと思うのだが、どうにも真剣でリアリティのある二人のやり取りなのである。
どうにも、そんなわけがあるかと思いながらも、心からは否定できないでいる俺であったが、さらにエスカレートしそうなセナとロータスさんの会話であった。
「……まあ、ともかく、もういいよ。こういう小物の話は」
小物? 雑貨類ってことだよな? まさか、聖杯が取るに足らないものだって意味じゃないよな? と俺は、祈るように、自分の解釈で正解であって欲しいと思うが、
「こういう取るに足らないものよりも」
答えは、まさかの方……。
では、その小物でない——大物? とは、
「あれは用意できたんだよね」
「はい……」
と言うと、横の棚に乗っている指輪をケースごと持ち上げるロータスさん。
「これをつかってもらえれば大丈夫です。歴史の矯正力からも、これであれば逃れられるでしょう」
「うん。ありがと」
あれ? 意外と普通そうに見える指輪であるが、
「これにセリナの力をそそぎこめば、きっと歴史を変えることができます。しかし……」
「わかってるよ。お母さんにだって相当危険が来ることは」
「歴史はその流れを元に戻すのを邪魔する者を排除しようとします」
「覚悟の上だよ。だって……」
ん?
「そうですね」
二人は、じっと俺のことを見つめて、
「そのためにここまで生を繰り返して来たのですから……」
決意に満ちた表情でうなずくのであった。
*
そして、結局、よくわからない骨董無形な会話——なのに、どうにも心の奥では否定できないやりとりをずっと聞かされて、どうにもモヤモヤした気持ちのまま、ロータスさんの店から出ることになった俺であった。
ただ聞いてるだけで随分と疲れてしまった俺であったが……。
——まだ時間は午後3時。
午後をだいぶまわったが、初秋とはいえ、太陽はまだまだ宙高く輝き、このまま、まだ自由が丘の散策を続けていても構わないのであるが、
「帰るか?」
「あ、うん……」
放心したような様子から、一瞬、はっとしたような表情になって、慌てて返事をするセナであった。俺だけでなく、いつも元気な幼女も、珍しく随分と疲れている。
——大事をやり遂げた感の漂うセナであった。
ほんと、セナが、こんな疲れた表情をしているのは見たこともない。やったことといえば、ロータスさんの雑貨屋で指輪を買ったことくらいなのだが?
ともかく、疲労困憊といった感じのセナ——と俺は、そのままさっさと家に帰ることになる。会話も少なめに、自由が丘駅から電車に乗って、南武線に乗り継いで。地元駅前のロータリーで別れると、そのまま家路に急ぐ。
で、
「さて、なんか連絡入ってるかな?」
喜多見家に戻ってきて早々に、あいつから何か連絡が来てないかと、パソコンを開く俺であった。
今日の自由が丘でも、姉妹デートがどうなってるのか、正直、気になってしょうがなかったのだが、スマホを美唯ちゃんに渡していたので、途中連絡の取りようがない。
だから、パソコンの方に何か連絡でも来てはいないかと、メールのチェックをするのであったが、
「なん……だ……と」
俺は、パソコンの前で固まり、絶句してしまうのだった。
なぜなら、
『てへ、美唯にばれちゃった。正体が』
と今までの努力が台無しとなる、衝撃的な一言が画面に映し出されれていたのだから。




