俺、今、女子再会中
ホーリー・ロータス。
その名前には聞き覚えがあった。
というか、聞き覚えというレベルじゃないな。
ほんのこの間、短い間だったが、俺の上司だった人の名前だ。
——聖騎士の長、聖女ロータス。
夏休みの最後に俺がはまった多元異世界ゲーム、|プライマル・マジカル・ワールド《プラマジ》の中の世界のひとつ、ブラッディワールド。
俺が、PCの画面の中のキャラクターとキスして入れ替わってしまい、うっかり入り込んでしまった異(?)世界。
その、ヨーロッパ中世風魔法世界で戦う2つの陣営の片方、聖都ルクスを本拠地とする聖騎士の長がそのロータスさんであった。
もう片方の長は魔法帝国の女王ローゼさんであったが、その本人(と主張する人)と昨日会っているということは……。
「いらっしゃいませ……あれ、勇じゃないですか!」
予感的中である。
目の前にいるのは金髪碧眼の超美人。
ロータスさんであった。
いや、ロータスさんはゲームの中のキャラクターなので、この現実世界にいるわけがないので、良く似た人なんだろと思うが、
「あ、勇だけでなく、セナも一緒ですか」
「こんにちは。ロータスさん」
あ、セナがロータスさんって呼んでいる。
ってことは、少なくともこの人はロータスと呼ばれている人であることは間違いないので、この後、俺もロータスさんと呼ばせて貰うが……。
その、ロータスさん。今、俺は、入れ替わって女子中学生美唯ちゃんの体の中にいるのに、「勇」って呼びかけてたな。
それを知っているとなると——。
目の前の女の人がゲームの中で出会ったロータスさんなのかどうかはおいといて、昨日のローゼさんに引き続き、怪しげな人物がまた現れたのは間違いない。
と思えば、なんとなく、気が進まないで、固まってしまう俺であったが、
「……ともかくそんな店先で止まられても何なので、奥に奥に」
さっと、後にまわって背中をぐいっと押すロータスさん。
「じゃあ、お邪魔します」
そして、セナが先にさっさと入ってしまえば俺もついていくしかない。
「本当に久しぶりですね勇。ついにセリナは成功したんですね」
で、店の中に入るとまた、話し始めるロータスさん。
しかし、成功? セリナが?
なんのことなんだろう?
まあ、謎の転校生セリナが、俺がこの頃巻き込まれているこの超常現象に大きく関わっているというか、その中心的人物、なのはこの頃の状況証拠から間違いないところだと思うが、どうにも何を目的としているのか良くわからないんだよなセリナ。
ただ、今日のロータスさんもそうだけど、セリナのお仲間らしき、この辺の怪しい人たちの言う事を取りまとめると、俺が復活だとか、本物だとか、そういう発言ばかりしていて。
それって……。
実は、なんか、ひとつのありえない結論を示しているような気がするけど、
「ああ、まだ深く考えなくても良いですよ。勇、その時が来ればわかりますから……それにしても、本当に久しぶりです。私、感動してます!」
なんか涙ぐんでるロータスさんであった。
でも、久しぶりって……。
もし目の前のロータスさんが、ゲームの中の本物のロータスさんだったにしても——。
それならば、なおのこと、この間、会ったばかりと思うが、
「あの後、信じられないくらい長い、——幾瀬、|幾星霜『いくせいそう》も時がたったのですよ。あの頃は、私も天駆ける前、何も知らぬ未熟者出会った頃のことでした」
「……?」
なんだか、やっぱりセリナ関係の人達の言うことは、意味不明だ。
いや、俺が、あの夏休みの最後に、ゲームの中に入ったのでなく、そこは過去の(異)世界であったとすれば理屈が通らないでもないけれど。
——まさかね。
と、俺は自分の考えた厨二くさい妄想を打ち消していたら、
「お父さん、ロータスさん。いつまでもごちゃごちゃ話してないで! 今日はセナとお父さんのデートなんだからね」
先に店の奥に行っていたセナから、不満の声が上がる。
ロータスさんと俺は、慌ててセナのところまで歩いて行って、
「あっ、セナちゃんごめんなさいね……ついつい懐かしくて」
ぺこりと頭を下げて謝りながら言う。
「ごめんな。ついつい、ロータスさんが知ってる人と似てたのでびっくりして……」
「知ってる人?」
まあ、知ってる人ってロータスさんそのもののことだけどな。
だって、やっぱり、目の前のロータスさんが「本物」だって俺が思ってしまっていることがおかしい。
ホーリー・ロータスはゲームの中のキャラクターであって、この世界にいるわけがない。
目の前の女の人が、いくらそのものにしか見えないとしても。
「ふふふ。今はそう思ってもらっても構いませんわよ。でも私は、目の前の可愛らしい女児の中身が勇なのを知ってましたし、なんならサクア軍と戦う前夜の酒宴での会話をすべて再現してあげても良いですが」
「……」
「ロータスさん! だから、今日はセナのデートだって言ってるでしょ!」
「はいはい。全くセナは独占欲が強いわね。減るもんじゃなし」
「お父さんとの貴重な時間が減っちゃうの」
「わかりましたよ。じゃあ、一緒に店内見てまわりましょ」
プンスカになっているセナをなだめながら、ロータスさんは店内の雑貨類の説明を始める。
しかしだな、昨日のローゼさんと違って、ゲームの中の聖女の格好をしてるわけでもないロータスさんである。
極々普通というか……、極々普通におしゃれな格好であった。
たぶん名のあるブランドのものであろう、見るからに質の良い生地の青いワンピースに長い金髪をたらしている。シンプルながらに、モードな雰囲気漂うロータスさんであった。
よく見れば、首から下げているペンダントはゲームの中の聖女がしていたものと同じであるが、他には特にコスプレ要素は無く、その見た目は趣味の良い雑貨屋のおしゃれ外国人店員という感じである。
しかし、俺には、そんな普通の格好をしている、この目の前の女の人が、本物のロータスさんにしか思えなかった。
ゲームの中なのか、異世界なのかが判然としない、あの魔法世界の中で、短い間であったが、上司であり、それ以上に信頼できる仲間であった人。
光り輝く聖女。
その身にまとっていたオーラそのものが、今、目の前の人からも感じられるのだった。
気高く、強く、優しく、優雅で、崇高で……、
「——! キャアアアア!」
ひどく強く床に顔面を打ち付ける音。
「あああ、ロータスさん! また椅子に足引っ掛けて転んじゃって」
聖女ロータス、天然のドジっ子なのであった。




