俺、今、女子散策中(自由が丘)
自由が丘駅から降り立って街を見てはじめに思うこと……。
——谷じゃん!
まあ、谷と呼ぶほど急峻な地形に囲まれてるわけじゃないけど、少なくとも丘じゃないよね。
街の中心から離れるにしたがって、少しずつ標高はあがって高台になっていくが、駅前とかそのまわりは、周囲の土地に比べて低地となっている。
どうひいき目に言っても丘とはいえない。
ま、確かに、自由が丘でなく、自由が谷——なんて名乗ったら、あんまりイメージが良くないだろとも思うので、あえて名乗ることも無いだろうが、逆になんで丘とあえて名乗らなければならないのか?
それって、何かを隠すために名乗ってしまっているのでは?
と、ついつい俺は穿った考えを持ってしまうのだが……。
どうやら——、この街が「丘」と名付けられたのは、別に、街の名前つけた人が錯乱してここが丘だと思い込んでいたわけでもないし、新興住宅地開発に際して過去の地名を隠してキラキラネーム的に街の名前をつけたわけでもないらしい。
自由が丘っていうのは、近くにある自由ヶ丘学園にちなんでできた名前のようだ。
昔、今の自由ヶ丘駅の場所に、東急東横線の駅ができたとき、最初は九品仏前駅を名乗っていたのだけれど、すぐに、地名の由来になった九品仏浄真寺にもっと近い駅ができたので、名前をそちらに譲って、その当時にできた自由ヶ丘学園にちなんで「自由ヶ丘」となったらしい。
……という経緯なら、納得だ。
学校にちなんだ駅の名前というのは別に珍しくないと言うか、むしろ駅の利用者で学生が占める比率考えると自然な命名だ。
自由ヶ丘の近くの駅にも都立大前とか学芸大前——両方とも大学自体はもう移転しているが——という駅があること考えると、自由が丘駅という駅名はむしろスタンダードな命名ルールにしたがったなと思える。
自由ヶ丘学園自体は、確かに丘の上にあって、当時は竹やぶだったという駅前あたりの低地を見下ろすロケーションだったのだろうから、こちらの命名もごくごく自然。
で、駅の名前が自由ヶ丘になると、街の名前も通称で自由ヶ丘と呼ばれるようになり、それならとこの辺の街の行政地区の名前も「自由が丘」と変更された。
と俺は、後で、戻ってからググってこの街の名前の由来を知ることになるのだが、このときはただ、なんで低地が「丘」と呼ばれているんだろう? と不思議に思いながら、駅前の広場を眺めるばかり。
すると、そんな俺に、
「さて、お父さんどこに行こうか?」
セナが話しかけてくる。
「あ、そうだな……」
この時の俺は、街が低地でなぜ丘なのかの疑問で頭が一杯で、反応がちょっと遅れるが、
「へへ。と言ってもお父さんが、ここでどっかあてがあるとも思っていないけど……セナがもう調べてきてるから、じゃあ、こっち行こうか」
すでにセナは数歩先まで歩きだしている。
「え……かまわないけど。というか、この街、さっぱり要を得なくて」
俺はあわててついていくが、
「うん。そりゃしょうが無いよね。お父さんはどんな体に入れ替わってもお父さんなんだから、こういうおしゃれな街に要を得れないのは、しょうがないから、せめて……」
何を?
「……お父さんは、今、女子中学生なんだからね。そこ忘れないでね。私達は、今、純朴な中学生が背伸びして自由が丘に遊びに来ているところなんだからね。」
「……」
と言われてもだ。
いくら気をつけても、何が中学生、それも女子中学生としてふさわしい行動なのかさっぱり検討つかない。
特に、こういう街で、果たしてJCとして正しい行動とはなにか?
そう思うと、なんか、何もかもが自信がなくなって、妙におどおどとしてしまう俺なのであった。
「でも、お父さんが女子中学生として行動しろと言われて戸惑うのもわかるよ。だから、このセナちゃんにまかせなさい! 女子中学生としての正しいふるまい方を見せてあげるね」
首肯する俺。
この半年、いろんな女子と入れ替わって、様々な女子力をつけてきた俺であるが、さすがに、今日は対応不可能だ。
女子中学生が何を考えていて、何をしたがっているかなんて、正直、異星人の心理を慮るのと変わらない。
ここはセナの言うように、彼女に頼り切るしかないだろう。
ただ、その見本のセナは、どうみも中学生には見えないけどな。
教室では怪しげな認識阻害系の力を用いてみんなを騙していたようだが、こんな街なかではさすがに……。
「あれ、お父さん。セナを見くびってもらっちゃ困るなあ」
あいかわらず、俺の心の声にこたえてくるセナ。
「だいじょうぶだから。今、周りの人は、どう見ても中学生二人が大人の道に背伸びして遊びに来たとしか見えないから。そうしたから……」
いや、そうしたからといわれてもな。
それに、別に女子中学生になったからといって、背伸びして大人ぶる気もないのだけれど。
「まあ、良いから、良いから。お父さん。ともかく、こういう、女子中学生の二人連れと行ったらこれでしょ……」
「え」
いつの間にか、俺の横にぴったりと体を寄せ、腕を組むセナ。
「仲の良い女子たちってこうやって腕組むでしょ。この方が自然よ。うん。そのとおり」
まあ、確かに女子中学生っぽいのが腕くんで歩いてるのはよく見るよな。これが高校生とか大学生あたりになると、ちょっとそっちの人っぽい雰囲気ただよいはじめちゃうけど、中学生とかだと微笑ましい感じ。
「そうでしょ。街の人もみんなニッコリしてくれるよ」
と言うと、もっとグリグリと体をすりつけてくるセナ。
いやちょっと、それは、微笑ましいの範囲を越えそうな激しさであったが、まあ、セナは見た目幼女だから、子供がお姉さんに甘えているようにしか俺には見えないのでギリギリセーフというところか。
それに、セナは本当に嬉しそうで、思わず、といった様子で言う。
「ああ、幸せだなあ」
ん、なんかセナの目には薄っすらと涙が滲んでいるような……。
「こんな風にできることをずっと待っていたよ」
俺と?
「そう。お父さんと」
いや、何か超自然的な、時間線の捻じくれた、複雑な因果があって、俺が本当にセナのお父さんと呼べる存在だたっとして、泣くほどの……。
「そういうもんなんだって」
と言われた俺は無言で、セナに引きづられるように自由が丘の街のなかに引きずっていかれるのだった。
そして、俺たちは瀟洒な自由が丘の街の中をしばらくぶらぶらとする。
こういう表現が正しいのかわkらないけど、俺の独断と偏見の混じった感覚だけで言わせてもらえれば。
ここは大人の乙女のための街。そんな風に思える。
微妙に、がさつな男などお呼びじゃないよといった様子の街路の様子。
男性向けの店がないわけではないし、東京中の何処にでもあるような食べ物やファッションのチェーン店も普通にある。
しかし、この街の全体の雰囲気を支配するのは、高級そうなスイーツの店とか、女性向けアパレルストアとか、男一人では入れないだろうなというおしゃれなレストランとかカフェとか。
他、インテリアショップとか雑貨屋とか。どれもオシャレな感じ。すると来る人達もみんなおしゃれで落ち着いている感じで、たとえばカメラ屋なんか他の街ではおっさんが集ってるイメージしか無いが、この街だと若い扇子良さそうなカップルでいっぱいになっている。
とはいえ、俺とセナは、今、女子中学生だ。
そんな大人の女性が行くような場所とは縁がなく、クレープを食べたり、たこ焼き食べたり……。別にこれなら、自由が丘までこなくても地元の駅前でぶらぶらしていてもよかったのではないかとおもわないでもないが、食べるだけでなく、ぶらりと店に入って、買うわけもないインテリアを見たり、店頭の香水かいでみたり、キラキラしたアクセサリーをみたり。
正直、これが、男の俺にとって心底楽しいのかと言われれば口をつぐむしか無いが、すごくうれしそうなセナの姿を見ていると、いつの間にか口元がにやけてしまう。
そんな、こんなで、あっというまに過ぎていく時間。
気がつけば、もう午後もだいぶ時間が過ぎ、そろそろ今日の喜多見美亜の方の成果を確認したくなる頃である。
しかし、
「お父さん、セナ、もう一つだけ行きたい店があるのだけど?」
ああ、もちろんかまわないが、
「いいかな? ちょっと歩くけど、良い店なんだよ。ホーリー・ロータスっていう雑貨屋さんなんだ」
なんか店名を聞いて、少し嫌な予感のする俺なのであった。




