俺、今、女子朝風呂中
というわけで、なんとなく喜多見美亜の浅慮っぽい様子が気になりながらも喜多見家へと帰宅した俺であった。で、それをを出迎えたのは、ちょうど玄関を掃除していたあいつのお母さんであった。
「あら、美唯、朝早くでかけてたの? 珍しいわね。お姉ちゃんの真似?」
「……あ、今日は早く起きちゃったから」
そう姉に似ずに、美唯ちゃんは朝は苦手なようだ。いつも遅刻ギリギリまで寝てしまっている。なので、入れ替わった俺が、あいつに強制された朝ジョギングの習慣のせいで、早くから出かけていたのは妙に思われてしまっているのだろう。
「比べて……いつも早い美亜の方はまだ、眠っているわね。こっちも珍しい、なんかこれって……」
あいつのお母さんは、俺の目をじっと見つめながら言う。
「まるで二人が入れ替わったみたいね」
「え……」
ドキッとした。
実は見破られているんじゃないか。
そんな気がしてならなかった。
昨日の朝、姉妹で食事をしている時、運んできたサラダを食卓に置きながら、不思議そうな目で俺ら二人を眺めた。夜にうっかり、喜多見美亜の歯ブラシをとってしまったのを見られた時。
お母さんの目は「わかってる」といった感じであった。
とはいえ、
「まあ、そんな馬鹿な話は無いと思うけど……。美唯も早起きになってくれたほうが嬉しいから、この後も続けてね」
「う、うん」
流石に、何を自分で「わかっている」のかという、その意味まではしっかり変わっていないようだ。身体入れ替りなんていう超常現象が自らの娘の身に起きてるなんてこと、普通思い浮かばないのよね。常識的に。
なんとなくおかしいな(確信)? ではあるけれど、おかしい内容が何かまでははっきりとはわからない——というところか。
しかし、その曖昧な状態でも、
「美亜が起きたらこれ食べなさいって言っておいてね」
「うん……え」
「今日なら食べるだろうって思って」
そこにはしっかりと、栄養のバランスが考えられた煮物、半熟卵、生野菜、焼き魚……。朝には少し重い感じもするが、鶏の照り焼きたっぷりとある。
いつも、スムージー小さなコップ一杯か、パン一枚くらいにお茶だけの食事が多い、過剰にダイエットばかりしている喜多見美亜であった。正直、やり過ぎで、身体に毒なばかりでなく、飢餓状態に慣れた身体が効率よくエネルギーを使うようになって「痩せにくい』体になってしまうぞ俺は忠告しているのだが……。結局、習慣となったダイエットはやめさせてもらえないで、そんなダイエットバカと入れ替わった俺は毎日腹をすかせながら学校で午前中を過ごす羽目になっているのだった。
だが、今日なら喜多見美亜はちゃんと朝ごはんを食べるだろう。
親は、肉親のカンでそれに感づいていた。
中の人が美唯ちゃんだからな。
食べ盛り、育ち盛りの中学生である。
お姉ちゃんがダイエットに凝っているのは知っていても、それを慮って食事を制限するなんて不可能だ。
でも、それは朗報。
俺は、喜多見美亜に、コピーされたハードディスクをたてにダイエットを共用されているが、美唯ちゃんはそんな弱みはない。というか、姉そのものは俺——向ヶ丘勇に入れ替わっているのだから、その事情をしらない美唯ちゃんに余計な口出しができない。
いや、あいつはもっとちゃんと食べないといけないと思うんだよね。
今は、いいかも知れいけどさ。スタイル良くて綺麗。アイドルみたいだねって言われて気分良いかもしれない。
でも、ちゃんと栄養取って身体を作っていかなければならない十代に、それを怠ったら、あとできっとしっぺ返しを食らうと思うんだよね。なんか病気したり、虚弱体質になってしまったり。
だから、今日美唯ちゃんにはしっかり朝食取ってもらおうと思いつつ……。
*
とりあえず、美唯ちゃんが起きるまでの間と思って、やってきたのは風呂であった。
秋になったとは言え、結構暑い地球温暖化の中の関東である。
ちょっとした山の上にある神社まで行って帰ってきて、結構汗をかいてしまっている。
昨日の夕方、疲れて帰ってきて、夜に風呂に入らずに寝てしまったのもあり、朝食後風呂に入ってさっぱりしたいなって思ってしまったのだった。なので、美唯ちゃんが起きてくるまでの間にと思って俺は喜多見家のバスルームに向かう。
しかしだな。さっぱりするとが言っても、風呂に入ってる間の記憶はすっぱりと抜けるんだよな。この謎の体入れ替わり現象に課せられた倫理規定なのか。風呂や、着替え……、入れ替わった女子の乙女の秘密が暴かれるような状況になると、俺の意識は消えてしまうのだった。
だから、この半年、俺は風呂に使ってゆっくり、ほっこりしたという経験が
皆無になってしまっているのだった。
夏に経堂萌夏さんに入れ替わって行った、野外パーティのの途中で温泉に行った時、なぜか、この倫理規定がゆるんで湯船に入る直前まで女子たちのはだか祭の中意識があったことがあったが、あの時も最後に意識とんだからな。結局、風呂の気持ちよさは味わってない。
もちろん、あがったあとに身体がほてり、さっぱりした感覚というのは気持ち良い——何ものにも代えがたいし、10代女子が風呂に入らないというのもありえないので、毎日風呂に入っているが、あの風呂に方までつかって身体がぬくぬくする快感っていうのがこの半年絶えているんだよね。
「風呂にゆっくりとつかりたいな……」
だから、こんな一言がついつい漏れてしまう俺。
一度バスルームを覗いて、お湯がちゃんと湯船に溜まっているのを確認。そのなかでゆったりする快感を思い出しながらも、それが叶わぬ——正確には覚えていられないことを嘆きつつ、
「ともかく、さっさと入るか」
洗面所兼脱衣所で、部屋着のジャージ地の上着を脱ぎ、かごにいれてそのあと着古した綿のスカートを脱いで……。
「あれ?」
ちょっと待って。意識が飛ばないぞ。
俺は洗面所の鏡にチラッと映った美唯ちゃんの姿から慌てて目をそらす。
いや前もあったよな、こういうこと。
萌夏さんに入れ替わった時の温泉以外でも、なんか本当にやばい直前まで意識飛ばないことが。なんでそうなったのかよくわからないが、身体入れ替わりに伴う倫理規定が緩くなるような事態がふと起きてしまうことがあるのだった。
下着姿になったのにまだ俺の意識があって、そのさらに先に行こうとした瞬間に目の前が真っ暗になる。
今日の美唯ちゃんもそのパターンかも知れない。
昨日は、脱衣所に入った瞬間に意識がなくなったのに、今日の違いはなんなのか? それがよくわからないが、……そりゃOBAKE作戦を実行したので、一日前から変わったことなんていくらでもあるが、それを考えてもどうせ解がでないだろうし、
「ええい!」
意を決して下着を脱ぎ、すっぽんぽんになる俺であったが、
「え!」
意識が飛ばない。
まずい。まずいそ。
慌てて、直立不動で上を向く俺。
見ちゃいけないよな。美唯ちゃんのそんな姿。
この年代の一糸まとわぬ姿は、妙齢の方のそういう姿に比べ世界的に厳しく取り締まられている。単純所持で逮捕されるくらいだ。
たとえ、俺の脳内とはいえ、これは許されないのではないか。
そう思って、その格好の意識が無くなるのを待つのだが、
「……飛ばない」
俺の目はしっかりと天井を見てらんらんと輝き、意識はしっかりとしながら焦りまくっている。
——どうする?
パニック状態の俺は、このあとどうすればよいのかの判断がつかない。
後で考えてみたら、そのままもう一度服を着て元に戻そうというのが様子見したら良かったのではと思うが、そのときは混乱してどうしたらよいか思いつかずに、ただ洗面所に突っ立って、
「クシュん!」
寒い。
裸で、動かず立ってると流石に体が冷えてしまって。
——風呂。
甘美な湯気が立ち俺を誘うその場所が目の前にある。
いや、もうどうせ、退くも地獄、進むも地獄なら……。
ドブン!
「ふああああああ!」
もう、このまま入っちゃうぞと、湯船に入り、半年ぶりのその快感に心がうっとりとなっていった俺は、——その瞬間意識をなくしていたのだった。




