俺、今、女子最終決戦中
で、神田明神の祀る恵比寿様に少し不安を覚えつつも、衆目を引く女子たちが集まって目立ちまくりの境内から、とりあえず本殿の裏に隠れた、俺を含めたOBAKE作戦のメンバーたちであった。
セナだけが境内のすみにさり気なく残って、カメラ(?)からの映像をローゼさんの水晶玉に向かって送ってくるが……。
これだと、ほんとにローゼさんのレストランにいた方が良かったな。境内にいるより目立たないとはいえ、女子が集まって大きな水晶玉を覗いている光景。
いかにも怪しげである。
今日は初詣の時期でもなければ、何かお祭りのあるような日でもないので、そんな人通りも多くないのだが、時折『?』といった目で俺らを見る人もいる。
今しがたなど『コスプレですか?』と見知らぬお姉さんに声をかけられ『実は私もやるんですが、本殿裏も良いかもしれないですね』と言うと去っていった——とかいう事件……というかちょっと恥ずかしい出来事もあったのだが、
「妾はコスプレじゃないと、この世界の者たちはなぜわからぬのじゃ」
自らの設定は絶対に揺らがないローゼさんなのだった。
「だからコスプレではないと……まあ良い……」
というか、ローゼさんのこのゆらぎない主張。
まさか、本当に本物じゃないよね?
いやそんなのありえないだろう。
ブラッディ・ローゼはゲームの中のキャラクターなのであるが……。よく考えたら、俺、祖のゲームの中の世界に一度紛れ込んでるよな。
あそこが本当の異世界で、そこにいる本当のローゼがこの世界にやってきていたとするならば?
「あ、喜多見さんたちやってきましたよ」
「おっと……」
そんなことを考えている場合ではなかった。
作戦もついに終盤。この後は一瞬たりとも気の抜けぬ状態である。
どうにも、ローゼさんと絡んでいると、妙にボケとツッコミが噛み合っtて、ついつい作線遂行中であることを忘れてしまうのだが、
「……昔からおぬしとはウマがあうからなの」
昔から?
「今は考えなく良い。それよりも……」
水晶玉の中の喜多見姉妹に注目——だね。
——二人はちょうど門をくぐったところで、
『わあ、初めてきました’! 立派な神社ですね』
境内に入るなり美唯ちゃんが言う。
普段は地元の神社に初詣で行くくらいだから、神田明神の大きさにびっくりしているようだが、
『あれ、そうだっけ……たしか美唯が幼稚園入る前の時……」
来たことがあるのか? たぶん物心付く前?
というのは、たぶん本当のことなのだろうが、
『え、美唯?』
妹の名前言っちゃダメだろ。
今、美唯ちゃんは喜多見美亜だ。
入れ替わりを知っていないと出てこないはずの自分の名前を呼ばれて、明らかに不審な顔つきになる実の妹に対して、
『——ああ、ミーだよ、me。ミーが幼稚園の時、ここに来たなあってこと』
苦しい言い訳をする喜多見美亜であった。
でも、
『ああ、そうなんですね。自分も初めて来たのかどうか思い出してたんですね』
素直な美唯ちゃんは信じてくれたようなので、
『そ、そうだよ。初めてなんだ』
それにのっかるあいつ。
——いや、のっかちゃダメなやつだそれ。
『へえ、アキバにはよく来るのにこの神社は初めてなんですね」
『……え』
ほら。おまえはアキバのプロのはずだろ。
さて、更なる言い訳はどうすんだ? と思うが、
『……あ、アキバ好きでも神社が好きだとは限らないですよね」
妹が勝手に意を組んでくれて助かった喜多見美亜。
『そ、そうなんだ……前にも言っただろ」
お、その返しは良いぞ。
美唯ちゃんは、前に姉が何を言われたかなんてわかないから、入れ替わりがバレないかと焦るはずだ。
なので、
『すみません……そういえば言われたかも……』
「いや、俺もちゃんと言ったかな……』
なんか普段の姉妹の会話が想像できる収まり方だ。
喜多見姉妹。妹のヤンデレぶりが少し怖いとはいえ、基本、仲の良い姉妹だもんな。
子供の頃から一緒に住んできて、こうやって、相手とうまく譲り合って、喧嘩にならないようにしてきたのかもしれないな。
その阿吽の呼吸がここでも無意識に出たのだろう。
で、この会話の流れだと、
『じゃあ、神社に興味ないのなら今日は……私のためにここに?』
となるよな。
『……あ、そういう……じゃなくて……まあ、そうかな』
しかし、その流れに乗れない喜多見美亜。
『ごめんなさい……あんまり興味ないところに』
美唯ちゃんを恐縮させてしまい、
『いや……気にしないで、なんだ、あれだ……あれだね』
『?』
『……まあ、気にしないでということだよ』
『は……はい?』
なんか、前から思ってたたけど、あいつアドリブ弱いな。
だが、
『ところで……』
『はい』
『せっかくきたんだから、何はともあれ参拝をしないかい』
『あ、そうですね……』
なんとか、話題を変えてごまかして、——二人は歩きだす。
あまり人のいない、広い境内をまっすぐに進みながら、おみくじ引きたいなとかお守り買うかなとか話をして、本殿にのぼり、お賽銭を投げて、二礼に拍手一礼。
しっかりと目をつむり。深い思いに、きゅっと引き締まった顔。果たして——乙女は何を思う。
神に願い、その思いを向けられるのは誰?
なぜか俺は、喜多見美亜の顔——まあ俺の顔なのだけれど——を見ていると、それがたまらなく気になってきて……。
「よい、雰囲気じゃの」
「——え、あ、ローゼさん」
俺が水晶玉の中の画像に夢中になっていると、後ろからローゼさんが話しかけてくる。
「確かに二人良い感じですね」
「はたから見れば、おぬしと喜多見美亜がアツアツの光景に見えるのじゃ」
「……そうですね」
「どうじゃなセリナよ。これもおぬしの計画通りかの」
「ぐぐぐ……でもあれは本当のダーリンじゃなくて中身はあの子ですから」
「ふむ、でもそのあの子にだいぶ先を越されてるのではないかの? なのじゃ」
「だって、私が最初から出てきた時間線は失敗になるのがはっきりしてるので」
「でも、後から出ても間に合わないで失敗ばかりじゃないのか」
「今回は違います。今回は……それに……」
「それに?」
「セナがいるのですから……」
「幾世を繰り返すかわからぬが、少なくともセナが生まれたのは確かじゃからな」
「はい。私は、それが今回なような気がしてます」
「そうだとよいのじゃがの。時の魔女の未来は妾にも見えぬからの。さてさて、とはいえ、そろろ、再びあの男と宇宙を駆けたいと妾も思うのじゃ……」
——?
何言ってるの、セリナとローゼさん。
文脈から言って、俺のことを言ってるようなきがするのだけれど、どうにも意味不明であった。
いや、そのままの意味で取ると、セリナが時間をループさせて何かを企んでいる。で、その企みは、あの男とやらが宇宙に飛び出してなにやらやらかせるように復活することである。
——その男が俺?
待って、待って、なんだその中二病。
でも……。
なんか、どうしてもそれが荒唐無稽と斬って捨てることができず……。
「おい、おぬし」
「はい?」
考え込んでいた所に、ローゼさんにまた声をかけられる。
「考え込んでる場合じゃないのじゃ。見るのじゃ」
「あ」
水晶玉の中、本殿からおりた喜多見姉妹に向かってメガネっ娘がすたすたと境内を歩いて近づいて行く。
そして、
「この泥棒猫!」
広い境内に鳴り響く下北沢花奈の声であった。
ええ? こんな作戦だっけ?




