俺、今、女子作戦変更中
メイドカフェでの百合ちゃんの活躍も、逆に美唯ちゃんを焚き付ける結果となってしまった。
どうにもうまくいかない OBAKE作戦である。
作戦の序盤、美唯ちゃんがオタクに忌避感がないのがわかってから、このへんまででは決着がつかないことは実は十分にありえると思っていたが、俺——向ヶ丘勇を女子から見たらいけ好かないハーレム野郎に仕立て上げるというのもだめであった。
むしろ美唯ちゃんの気持ちを奮い立たせることになってしまったようだった。
これは……、あれだな。
モテるやつがよく見えるということなのかな?
女の子が、素敵な彼氏を持ちたいと思ってたら、一般論としてモテなさそうな奴より持てそうな奴が良いよね。
それがイケメンでとか、性格がよさそうでとか、スポーツが得意でとか普通にモテるのが納得いく場合もあるが、人より秀でたなにかがあるわけではないがモテてるからモテてるみたいな奴たまにいるよね。
あの人がモテてるからかっこいいだろう、ならば自分はあの人が好きなのかもしれない的な女子を惹きつけるというか……。
まあ、進化論にも言及しなきゃいけなさそうな、この不思議な人間心理の細かい分析は今は止めとして、結果として、メイドカフェでの作戦は失敗ということであった。
まったく……。
『喜多見さん。今日、チャンスを逃したなら、次は私の番ですよ』
百合ちゃんに、演技でここまで言ってもらったのに、うまくいかなかたっとは、たいへん申し訳無い気持ちでいっぱいである。いくら見知った相手に、申し合わせてのこと——だったとはいえ、俺のことを好きみたいな演技をしてもらうなんて、乙女に何言わせてんだ俺。
「はて、おぬしあの言葉が美唯とやらに言った言葉だと思ってるののか? なのじゃ」
また突然、俺の心の声に反応するローゼさん。
「え、それ以外どう聞こえるというか……今、喜多見美亜の中にいるのは妹の美唯ちゃんなこと忘れてないでよね」
「当たり前じゃ」
「なら、言った相手は美唯ちゃんに決まってるじゃないですか」
「おぬしはそうしか思えないのか? なのじゃ」
「ええ……」
他にどういう解釈があると?
「まあ、良いのじゃ。苦労するの女子どもも。セリナも難儀な男を好きになったもんじゃて……」
セリナ? まあ、たしかにあの子は会ってそうそう、俺に、思わず引いちゃうほどの好意を投げかけてきているが、その話と今の話が、
「ダーリン、わからなければ、百合さんの気持ちはわからないままにしておいてくれるとうれしいな……」
「え?」
振り返ると、そこにいたのは戦場カメラマンとして現地に言っていたはずの片瀬セリナであった。
「セリナ。お帰りなのじゃ」
「ローゼさん、ただいま! カメラマンはセナにかわってもらったわ。あの子の出番も直ぐなので近場に控えていたし」
そういや、片瀬セナと下北沢花奈がいない。
「さっき出ていったの気づかなかったのか? なのじゃ」
水晶玉の中での作戦を見るのに夢中になっていて気づかなかったが、百合ちゃんのメイドカフェでの奮闘中に俺達にアイコンタクトしてから、二人が出ていったらしい。
そんなのに全然気づかなかったが、ともかく、出番となる神田明神での作戦に備えて、すでに現地近くまで移動したところ、そこにちょうどとおりかかったセリナと、交代したということのようだった。
ということで、ローゼさんと俺だけになっていたOBAKE作戦司令部——ローゼさんのレストラン——に片瀬セリナの帰還である。
「しかしな……」
「何? 勇タン?」
「セリナ、お前、どうやってあの映像送り込んできたんだ?」
「何で? カメラに決まってるじゃない」
「いや、メイドカフェの中じゃ目立つだろ」
「……目立たないようにカメラ隠してたから」
「目立つのカメラじゃなくてお前だよ」
「え?」
「隣のクラスとはいえ、同じ学校の生徒が狭いカフェ店内にいたら気づくんじゃないか? 数日とは言え、校内ですれ違ったことくらいはあるだろ」
「学校で会った時は挨拶してたよ。中の人は美唯ちゃんでも、知り合いなのに喜多見さんw無視して通り過ぎるのも不自然だと思って」
「なら、美唯ちゃんはお前のこと認識してるよな。でも、メイドカフェで気づいた様子は微塵もないのだが?」
「そこは……そう……気配を消してたから……」
気配? お前は忍者か! いや忍者でも十席ほどしかない狭いカフェの中で見つからないようにするのは無理だろ。
「それは……」
「まあ、そんなセリナにあたりまえのことを聞いている場合じゃなくて、こっちのほうはよいのか? なのじゃ」
「あ……」
なんか、今日、このパターン多いような気がするが——ローゼさんに言われて水晶玉の中の映像を注視する俺。
「最後の店も不発だったようじゃな」
「……想定の範囲内ですよ」
メイドカフェのあと、もういちどアキバの街なかを散策。またしつこく同人ショップやアニメグッズショップなどを回る喜多見姉妹であったが、そもそもオタク文化に忌避感のない美唯ちゃんであることが作戦序盤でわかってしまった以上、後は同じようなことを繰り返しても効果ない。
「期待はしてたんですけどね」
OBAKE作戦序盤、最初のオタクスポットめぐりで美唯ちゃんがそういうのに拒否感示して貰えれば、そのままグイグイその方向で押し込んだのだが、素直でまっさらな心の中学生である美唯ちゃんは、単に、憧れのお兄ちゃんのする行動としてアキバ巡りも先入観なく楽しんでしまったようだった。
ならば、その後のアキバのオタクポット巡りは、ダメージの通らない攻撃の繰り返しのようなもので、メイド喫茶の後もそれは同じなのであった。
「なら、この後はどうするのじゃ」
「ああ、それは心配しないでくださいよ」
「花奈さんの出番ね」
首肯する俺。
「美唯ちゃんがモテ野郎を軽薄と思って嫌ってくれないのは誤算でしたが、よく考えれば女子の心理としてモテてる奴がモテるということもあるのかなって……」
「私は勇タンがモテててもモテててなくても好きだよ」
「バカップルは馬に蹴られて死ぬが良いのじゃ」
「……話を続けてよいですが」
「「はい(なのじゃや)」」
「……モテ野郎が嫌われないというのは、たぶんある前提があるのです」
「「それは、何ですか(なのじゃ)」」
「モテている男が自分のものになるかも知れないという可能性です」
「まあ、そうじゃろうな。でもメガネ娘には元カノ設定で作戦を伝えなのじゃろ? 元カノだったら、今でも美唯にチャンスはでるだろ?」
「ふふ……それは……」
俺は不敵な笑みを浮かべる。
「さすが勇タンすべてお見通しね!」
片瀬セリナが俺のキメ顔を見てうっとりとした表情になりながら言う。
「こういうのに備えて、なにか準備をしてたのか? なのじゃ」
「ええ、こんなこともあろうかと……それは」
俺はポケットからスマホを取り出すと下北沢花奈の電番をタッチしながら、
「……作戦変更です」
「「…………」」
下北沢花奈には元カノでなく、今カノになってもらうことにする。彼女がいたら美唯ちゃんもあきらめるだろうと。でも、そうすると下北沢花奈には、彼女は不本意だろうが、俺——向ヶ丘勇の恋人という役をやってもらうことになるが……。
『ひゃっほーい!』
スマホの向こうの声はそんなふうに叫び声をあげるのであった。




