俺、今、鈍感女子?
というわけで、水晶玉の中では、喜多見姉妹の到着にタイミングを合わせて、
『私もたまたま、ここ来てたんですよ』
トイレに隠れていた百合ちゃんが、ちょうど現れたところであった。
たまたま……って、そんな偶然あるのかよと、俺から見れば、百合ちゃんの様子に白々しさを感じないでもないが、
『私もこっち座って良いですか?』
『——! 柿生のお姉さん……いえ、そんなわけでは……』
『え?』
百合ちゃんを見て、思わず、素の会話をしてしまった美唯ちゃんであったというか、
『あ、なんでも……』
白々しさを感じるどころか、知ってる人がいきなり現れて現れて、逆にキョドり気味であった。
そりゃそうかもな。
同級生の姉に、男と一緒のところを見られて、慌てているのだろう。
今、自分は体入れ替わっていて喜多見美亜になっていることが頭から一瞬飛んでしまった模様だ。
だから、
『……迷惑かな』
『……え?』
『よく考えたら、喜多見さんデート中に、一緒に座るなんて厚かましいんじゃないかと思って……』
『ち、違います——デデデ」
百合ちゃんの揺さぶりに焦りまくり。デートじゃないと言えなくてシドロもどの美唯ちゃんである。
『……くす。——って、ごめんなさい』
それを見て、中学生の反応は可愛いなと思ってるの様子がありありの百合ちゃん。
『…………ひぃ』
下を向いて真っ赤になって困ってる様子ありありの美唯ちゃん。
『まあ、デートというか俺らがいつも一緒なのはいつものことだけど……』
それに、なんかちょっと自慢げな表情で、やな感じの会話を被せてくる喜多見美亜である。
しかし、なんか演技上手いな。
そういう設定でお願いしたのだが、ちょっと嬉しそうな感じがよく出ている。
「演技……のう……なのじゃ」
「え?」
ローゼさんが俺の(心の中の)つぶやきにつっこみを入れてくるが、
「なんでもないのじゃ。それより水晶玉の三人に注目するのじゃ……」
「……はい」
その通りなので——今まで脱線を誘てったのはローゼさんの方であるが——本日の作戦の成功を左右する大事な場面に注目であった。
『ともかく、座ってもかまわないというか、一緒に座ろうよ』
『……ありがとう。お邪魔します。お邪魔虫かもしれなけれど……』
『……』
『良いのですか? 喜多見さん微妙な感じですが』
いやパニックで固まってるだけだろ。
『ともかく、そのまま立たれていてもなんなので、——座りなよ』
『はい……では、お言葉に甘えて』
ここまで順調と、向かいの喜多見美亜にアイコンタクトしてから、美唯ちゃんの隣の席に座る百合ちゃん。
『……アキバに来てたんだ』
『ちょうどこっちにくる用事があって、ついでによってかないといけないかなって……』
そして、相変わらず固まってる美唯ちゃんを無視して、予定通りの二人の会話が始まる。
『へえ。寄らずにはいられなかった……ってとこかな』
『ええ』
『百合ちゃんも変わったもんだね。そういうのまるで興味なかったんだけど』
『……勇くんのせいですよ』
百合ちゃんの、ウフって艶っぽい笑み。横目でそれを見ていた美唯ちゃんの方が恥ずかしがって顔を更に真っ赤に。
『いろいろ教えたからね。手取り足取り』
『手……? 足……?』
『あら……そういうふうに言われると恥ずかしいですね』
『あわわわ……』
なんだか良くわからないままにゆろ百合ちゃんの言葉に翻弄される美唯ちゃん。
まあオタク度の少ない百合ちゃんはアキバのオタクコンテンツにそんな興味もないわけだが、この賑やかな街に来るのは好きで、たまに、忙しいお父さんに頼まれて、電化製品とかパソコン周辺機器とか買いに来ることがあるらしい。
そういうのの良い場所は教えたことがあったな。
手取り足取りというか、一緒にアキバに足を運んで、手にとって説明したことがあった。
『恥ずかしくはないだろう……あんなことぐらいで』
まあ、おすすめの家電教えただけだからね。
でも、
『あんなこと……そんなこと……』
美唯ちゃんはもっと過激なこと想像しているのか……。まだ中1。年の割にも初心なので、なあんまり具体的なイメージがわいてないかもしれないが、それゆえに、逆に妄想が止まるところを知らないのかもしれない。
『それよりも、今日はこの後どうするのですか?』
『どうする?』
『喜多見さんと一緒に……アキバ見物?』
『そんなとこだけど……あらかた回ったあとかな』
『じゃあ、もう帰るのですか?』
『いや、まだちょっとさすがに早いかな。もうちょっとアキバか、周りぶらぶらしてから家に戻ろうって思ってるけれど』
『ふふ。じゃあ、この後は一緒に……と言いたいところですけど……』
百合ちゃんは、美唯ちゃんを挑発的な目で見ながら言う。
『今日は喜多見さんに先を越されていたから……無理矢理はヤボというものかもしれませんね。でも……』
『?』
『喜多見さん。今日、チャンスを逃したなら、次は私の番ですよ』
*
で、その後、水晶玉の中、しばらく俺——向ヶ丘勇への好意を散々語って、最後に、不敵な笑みを残しながらメイドカフェから去っていく百合ちゃん。
残された美唯ちゃんには、ちょっと気になるお兄さん向ヶ丘勇(中の人は姉)には、どうも恋のライバルがいると思ってくれただろう。
それも百合ちゃんみたいな外見も中身も天使のような美少女である。
であれば、どうもすでにマジモードに変わった恋心だとしても——諦めないかな?
いや、どうも姉も気があるのではと疑っている相手は他の女とも良い感じになってるらしき浮気者。
ということで嫌いになってもらえないかな?
というのが今回の百合ちゃんパートであったが、
「なんかな……」
「どうしたのじゃ?」
なんか腑に落ちない俺であった。
「いや、今日のOBAKE作戦ですが……」
「OBAKE? お兄ちゃんをBANしてアカ特定して警察にエンター作戦じゃな……」
「違いますよ」
俺は、ネットで迷惑行為して捕まる気はないんだが。
OBAKE——お兄ちゃんの、バカ、アホ、嫌い、縁を切る——作戦である。
俺が俺らしく、俺そのものであることで美唯ちゃんに呆れられてもらう作戦である。
「……はて? なら、良いのではないか? ありのままをみせて嫌いになってもらう。作戦の趣旨どおりであろう。おぬしのいけ好かぬハーレム野郎ぶりを見せつけてドン引きさせるのじゃろう?」
「だから、そのどこが俺が俺らしくあるのですか? 作戦作る時に、うっかり百合ちゃんの提案に乗ってしまいましたが、これ孤高のボッチの俺からかけ離れた虚像じゃないですか?」
「ほう……」
「?」
なんかすごい覚めた目で俺を睨むローゼさん。
なんか悪い子とした? 俺?
「まあ、おぬしがそう思うなら、おぬしの中ではそうなのじゃろうな。ハーレムラノベの鈍感主人公よ……」
「へ?」
「まあ、気にするのではないのじゃ。どっちにしてもじゃ……」
まだローゼさんの言葉は気になるのだが、それよりも、
「あの目は、逆に火をつけてしまったのではないのか? なのじゃ」
水晶玉の中、ぐっとズームしてアップとなった美唯ちゃん(喜多見美亜)の顔。
あきらめるとか、恋が覚めたとかとかは程遠い——闘志に萌えメラメラと炎の揺れる気合に満ちた目がその中心で輝いているのであった。




