表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、今、女子リア充  作者: 時野マモ
俺、今、女子中学生
184/332

俺、今、女子回想中(迷子の記憶)

 ポイント・オブ・ノーリターン……。


 越えると帰れなくなる場所。帰還不能点。

 今しがたローゼさんと話していたルビコン川と似たような言葉だが、今の喜多見美亜(あいつ)の状況は、こちらの方が意味がふさわしく思える。

 というのも……。うっかり、美唯ちゃんとの会話に夢中になっているうちに道に迷ってしまったようなのだった。知らない角を何度か曲がり、気付けば何処が何処だかわからなくなってしまっている様子であった。俺からも、道を間違った最初のあたりでSNSで指示でも出せていたら良かったのだが、ローゼさんとの会話に気を取られているうちに、事前に打ち合わせた経路を大幅に外れてしまったようだ。

 このままでは上野の方向に向かってしまいそうな喜多見美亜(あいつ)であった。

 なので、俺は、あわてて喜多見美亜(あいつ)のスマホにSNSのメッセを打つが、テンパているのか着信のバイブに気づかない。

 こりゃ、しばらくこのままだな。彷徨っちゃうな。

 スマホを出して地図を見りゃ良いと思うのだが、秋葉のプロである俺——向ヶ丘勇がマップを見てよたよたと歩いていくのもおかしいし。平静なふりをして秋葉の裏道を歩いている。そんな喜多見美亜(あいつ)の様子を見て、何か心にひっかかるものがあるのだが……。

 

 ああ、そういえば——。

 俺は、思い出していた。

 子供の頃……、というかまだ幼稚園か、小学校低学年の、俺が、やっと赤ちゃんから脱却したばかりの頃であったが、——俺も同じように迷子になったことがあった。

 その頃、わけもわからず両親の後をついて行くだけの赤ちゃんから、街角で遊ぶお兄ちゃんたちの仲間に自分がもうなっていると思うようになっていた俺は、共働きの両親が両方いない時に、こっそりと鍵を開けて外に出て、家の周りを勝手に散策する事があったのだった。

 とはいえ、昔から、慎重というか、怖がりな俺。

 その日も、いつものように、通い慣れた公園に向かっていっただけではあった。

 距離にして何百メートルもない近くの遊び場。何十回となく、いやもしかしたら何百回と親と一緒に向かった場所であった。

 近道の、林の中の小道を通ったりして、母親に手をひかれながらよたよたと歩いている赤ん坊を優越感をもって眺めながら、十分もかからずにたどり着いた公園だったが……。子供にとっては大冒険だった。

 俺は勝利者の笑みを浮かべながら、そこで遊ぶお兄ちゃんたちに近づくと、鬼ごっこにいれてもらい(みそっ子扱いで走り回っていただけとはいえ)、良い気分のまま夕方まで遊んだ。

 俺は得意満々だった。なんでもできるような全能感に包まれていた。まさしく、体が軽い、もう何も怖くないといったマ◯さん気分で、——そういうときにはもちろんひどい(シャ◯ロッテ)が待ち構えている。

 みんなが帰り始めたのを見てもまだまだあそび足りない俺は、もうほんのちょっと冒険して見たくなった。

 もう少し歩いても良いじゃないか。

 先に行ってみたいんだけど……。

 多分だいじょうぶだろ?

 この公園まで戻ってくれば家に帰れるんだ。

 分からなくなりそうなら進むのをやめれば良い。

 何、まっすぐ歩いて戻るだけ……。

 しかし、公園の裏の古い住宅地の道は、気づかないうちにゆるやかなカーブを描き、方向感覚を狂わす。三叉路でどっちに進んだか覚えていない。賑やかな笑い声がするので、うっかり角をまがってしまう。

 気づけば、俺はどこをどう歩いているのかさっぱりわからなくなってしまっていた。

 日もくれて……。

 家にたどり着けない心配よりも、そろそろ戻ってくる母親に勝手に家を抜け出したことを怒られるのを恐れていたのは、いかにもまだ子供な俺であったが、——ともかく、焦りまくった俺は、早足に住宅地の狭い道を、交差点でも止まらずに駆け続けて、


「あ!」


 聞こえるブレーキの音。

 目の前に迫る車の姿。


「……だいじょうぶじゃ。間一髪じゃったがの。どうしても世界は、お主を同じ運命に持っていこうとしよる。歴史の復元力とは、まっこと恐ろしいものじゃな」


 俺は、その時ちょうど居合わせた誰か女の人に抱っこされて車から轢かれるのを免れたのだった。確か、外国の女の人で、この頃は日本にも外国から来てる人が随分と多いのだが、あのころはまだ珍しくて、俺はその人の顔をしっかりと覚えていて……。


「ん? 妾の顔がどうかしたのかの?」

「妾の顔がどうかしたかの?」

「あ……いえ」

 気づけば目の前にあるローゼさんの顔を眺めているのに気づいてはっとなる俺。水晶玉に映る映像を見ながら、子供の頃の迷子担った時の思い出していたのだが、交通事故になりかけた俺を助けてくれた女の人は……ローゼさん?

 記憶の中の女性と、目の前の女性が、そっくりなのに気づいた俺は、もしかして二人は同じ人なのではとハッとなったのだった。

 でもな……。

 違うよな。

 あの時からもう十数年以上たっている。

 助けてくれた女性がローゼさんだったら、目の前のローゼさんはもっと歳を取って、


「なんか女性相手に失礼なことを考えている不届き者が目の前にいるようじゃが」


「——! ち、違いますよ」


 さすがに同じ人のはずはない。

「ふむ。それはどうかな——なのじゃが、まあ、今はそんなことを話している場合じゃないじゃろうな。道に迷い、確かに、帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターンを越えたあの姉妹じゃが、それはルビコン川でもあったようじゃて」

「ええ……」

 俺も、水晶玉の中の美唯ちゃんを見た時に、そのことに気づいていた。

 彼女が渡ったルビコン川とは、

「あれは、恋する乙女の目じゃな」

 俺はローゼさんの言葉に首肯した。

 ——なぜ、そうなったのか明確な理由はわからない。

 二人とも慣れない秋葉原で迷った喜多見姉妹であった。

 喜多見美亜(あいつ)は、俺達と一緒に事前に下見していたのだが、秋葉の裏道のディープなあたりを無意識に何度か角を曲がり、気づけばどこをどう歩いているかわからなくなったのだろう。俺が子供の時迷子になったのと同じ状況だな。

 ただまあ、一人でなく二人なだけ不安もないというか、美唯ちゃんは喜多見美亜(あいつ)に頼り切った表情で、


『ごめんね。この辺あんまり歩いたことなくて。迷ってしまったみたい……』

『……大丈夫です……じゃなくて——よ。行ったことない場所うろうろするもの楽しいです……じゃなくて、楽しいよ!』


 なんか楽しそうだな。

 ——でも、それもそうか。

 どこか楽しみにしている目的地があって、それに向かっているのなら、道に迷ってなかなかつかないといらいらしてしまうかもしれないけど……。

 今回は、そもそも美唯ちゃんがあまり興味ない秋葉なので、そもそも目的は喜多見美亜(あいつ)=俺と一緒に歩くこと言える。

 その上、


『……本当にごめん』


 あいつの真摯な対応。吊り橋効果というほどでもないが苦難を一緒に乗り越えんているという状況、そもそもの好意などがかさなり、この迷い路の途中でポイント・オブ・ノーリターン——ルビコン川を越えた。好意から、恋に変わった美唯ちゃんの気持ち。

 完全な失敗、失策であった。もしかして、この作戦(OBAKE)そのものがだめだったのかもしれない。

 美唯ちゃんを、中に実の姉が入れ替わっている俺——向ヶ丘勇から引き離そうと思って始めた企みであった。今は美唯ちゃんと入れ替わっているが、喜多見美亜(あいつ)の中にいるのが、キスして入れ替わったのがイケてないオタク男子高校生であると気づかれないように。

 へたに比べられないように、俺のことを嫌いになってもらって、姉の方を引き離しておこうというのが作戦の目的なのであった。それには本当の姿、中身がボッチヒッキーの俺ならやっているだろう週末の日常を見せれば良いのだろうと思ったのだった。

 だが、そのための策略がちょっとずれたのならば、より美唯ちゃんに好かれる方向に動いてしまった……。

 もしかしてこんな残念秋葉デートなど企画しないでおいたら、美唯ちゃんは、実の姉が中の人の男子高校生を、素敵な憧れの男子と思うがなんとなくそれ以上にならないまま、もう数日もしたらあきらめて自分の体に戻ってくれたのではないか。その後も、今まで気づかれなかったのだから、この後も大丈夫立っだのでは? 

「でも、もうどうにもならんのじゃな。道の方はやっと元に戻ったようじゃがな……」

「ええ」

 俺も、水晶玉の中の、やっと自分が何処を歩いているのか合点(がてん)がいったらしき喜多見美亜(あいつ)の様子に気づく。後で聞いたことには、ぐるぐると歩いているうちに、偶然、遠くに、下見で知っている店の看板が見えて、そこまで歩いていって、やっと自分の場所がわかったようだ。

 しかし、ローゼさんの言うように、道は元に戻っても、川を越えてしまった——美唯ちゃんが恋してしまった——事実は覆らない。

「じゃあ、どうするのじゃ?」

「いえ、大丈夫ですよ」

 俺は、次の目的地、俺行きつけのメイドカフェに入る喜多見姉妹の姿が水晶玉に映るのを眺めながら、言うのであった。

「最も信頼できる百合ちゃん(バディ)が、今、戦場(アキバ)に降り立ちましたからね」

 そう百合ちゃんは、すでにその(カフェ)の中にいて、彼女の作戦の開始を準備万端で待つ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ