俺、今、女子ジャンクショップ徘徊中
さて次に向かうのは、また同人ショップのつもりであったが……予定を急遽変更であった。
美唯ちゃんが同人に忌避感が無いことが判明したので、だめ押しのつもりで次に予定していた瓜系果物ショップに行くのは中止である。
『了解』
送ったSNSにこっそり返事を返してくる喜多見美亜。
なので、ふたりの向かう先は、同人ショップを飛ばして電子部品店である。
秋葉原の中央通りから離れ、脇の細い道に入って怪しげな回路やデバイスを売っている店の立ち並ぶエリアに入る。
そこでも、——もちろん、普通の、コンピュータの基盤やケース、メモリやCPUなんかも売っている。だが、他にも、動作保証なしの中古品、正体不明の部品や使用用途不明のケーブルなど。素人さんが手を出すと痛い目に合いそうな怪しい物も満載で……俺が良くジャンクを物色している場所であった。
といっても、——物色するだけで何をするわけでもないのだけれどね。
店に並ぶ、いろんな部品を眺めながら、あれができるかな、これならどうかなと妄想を浮かべるのを楽しむ。
——そう、俺はワナビーなのだ。
こんな部品を集めてろくでもないガジェットを作るような人物になりたいと思っているのだが、今は何もしてない、半端者なのであった。将来はやりたいと思っているのだ。今は、体入れ替わり現象のドタバタと、先立つ金の面でやれていない。
でも、高校が終わった後には……。
大学進学か就職かとかいう、進路についてはまだまともに考えてもいないのだが、どっちにしてもそんな歳になって、少し資金と時間に余裕ができたなら、ジャンク品集めたり、3Dプリンタなんかもほしいな……。
そして謎の機械や、プログラムとか作って、余暇を過ごしたいな、なんて思っているのだった。
で、実は、その将来に向けて、俺は、密かに電子回路やコンピュータ、機械の仕組み勉強してみたり、どうでもいいような小さなコンピュータソフト作ってみたりの、将来のガジェットづくりの練習なんかも始めているのだった。去年のお年玉で買ったRaspberry Piという小型コンピュータで点滅する電飾作ったり、部屋の温度の変化を記録するとか、実用的にはあまり意味がないガジェットを手慰みにつくってたりもするのだが……。
体が入れ替わってからのバタバタでアルバイトもそんなするわけにも行かず、両親からの小遣いや誕生日のプレゼントなどを駆使しても実際の機器制作までには至っていないのであった。まあ、同人誌や漫画やラノベに鐘をちょこちょこと投資しまって、他のところまで金が回らないというのもあるけれどね。
ただ、秋葉に来ることあれば電子部品なんかを見て夢を膨らませているということなのだが、
「ああ、おぬしのそれは、もう少し待ったほうかよいかも」なのじゃ」
「え?」
なぜかローゼさんから俺の心の声にツッコミが入る。
いや、心を読まれてももうびっくりしないが、なぜこんな些細な俺の夢にダメ出し?
「些細にならないからじゃの。自らをまだ知らぬ——お主の場合……世界に迷惑かけかねぬ、ろくでもないものを作ってしまうかもしれないからの」
——?
説明されても、余計わからなくなるようなローゼさんの発言であった。
「そうじゃな。例えば、これ……」
ローゼさんは、何もない空中から、映画エイリアンのいろいろデザインした人——そうだギーガーって言う人だ——の作品かと思ってしまうような、随分と有機的でおどろおどろしいフォルムの剣を取り出す。
「これは……おぬし……ではなくておぬしのようなものが作ったものじゃが……」
おぬしのようなもの? 俺みたいな者という意味?
「一振りで、星を切れるため、滅星剣と呼ばれておってな」
星が切れるって……。
イデ◯ンソード?
「星が切れるだけならまだ良いのじゃが、因果や、世界法則まで斬ってしまうからの。その後、その近辺の宇宙全体が何億年も乱れてしまうので、使い所の難しい武器なのじゃ。その分、とても強力なのじゃがな……見てみるかの」
見てみる? そう言うなり、ローゼさんは水晶玉の上をそっとなぞった。
すると、その中には宇宙に、今俺の横にある滅星剣(?)を持った浮かんでいる姿が映し出された。
男の見つめる漆黒の空間がゆらぎ、無数の光点が現れた。光点は次第に近づいてきてその大きさを増す。
それは、近づくに連れて、正体が判明する。まるでSF映画の宇宙船のようであった。
宇宙を埋め尽くさんばかりの大艦隊。
すぐ先に浮かぶ、地球の月のような星よりも大きな船で構成された船団が、男の元へ迫りつつあった。
しかし、男は顔に薄笑いを浮かべていた。
大きく振りかぶった剣には禍々しいオーラがまとわりつき、それは大きく長く男の頭の上に伸びる。
雄叫びが聞こえた。
音の伝わらないはずの宇宙雨空間に男の声が満ちた。
そして——。
宇宙を埋め尽くした艦隊から一斉に放射されたビームを男の振り下ろした剣が切り裂いた。
空間ごと。
光は二つに裂け、男の後ろに消え、その先の船は無数に枝分かれして長く伸びた剣によって切り裂かれ爆発……。
何もない漆黒の闇があった。
そこには無があった。
原初の世界のように。
理の未だ無い世界。
その場にいたものは因果を切られ、虚の歴史に飲み込まれた。
つまり……。
完膚なきまでに——消えた。
男は振り下ろした剣の残心を解くと、振り返り、水晶玉を見つめる俺を見て、笑いかけた……ような気がした。
「これって……」
「そりゃ、決まっておろう」
なぜか、その瞬間、ひどくもやもやとした気持ち俺を見つめながらローゼさんが言った。
「おぬしらの世界で言う……よくできたSF映画というものじゃて」
「それは……」
俺は、なぜかそれは違うことをしっていたのだが、
「それはよりもじゃな、こっちの方が大事なのではないか?」
「あっ」
その通り。
水晶玉の中の映像はかわり、ジャンク品の棚の前をつまらなさそうに歩く喜多見姉妹。
今は、俺の、俺達の作戦の真っ最中。
ローセさんが見せたSF映画?——で感じたもやもやがおさまらないものの、まずはそれよりもこっちが大事だ。
しかし、
「……妹の方はつまらなさそうなのは、おぬしの作戦どおりなおじゃろうが、姉の方もつまらなさそうじゃな」
「……喜多見美亜」
だめだろ。あんな、つまらなさそうな顔じゃ。
こんな電子部品に全然興味ないのは分かるが、でも、おまえまでつまらなそうなら、
【女の子が全く興味持てない場所に自分の趣味を優先させて連れてくる男】
というマイナスポイントの演出が弱くなってしまうだろ。
なんか、二人して苦行に耐えている姉妹と言った感じで、そこに連帯感さえ生まれてもおかしくないような感じだ。
一緒につまらないジャンクなんか眺めながら退屈な時間を過ごしたけど、二人で一緒だったから耐えられたみたいな……。
「どうするのじゃ? ここもさっさと飛ばして次の場所に行くのか? なのじゃ」
「いや……まだ……」
あきらめる時間じゃない。
というか本番はこれからなのだ。
今いる店の、喜多見美亜が興味を持てないジャンク品のコーナーを姉妹は通り過ぎ、見えてくるショップオリジナルのPCケースコーナー。
そこにあるのは……。
「な、なにこれ!」
あいつの目の前に鎮座するデスクトップPCケース。
その側面に描かれるのは、
「きゃああああああ! 可愛い。可愛い。KAWAII! カワ・イ・イ! すごい。すてき。イ◯アだ。イ◯アじゃない。イ◯アかもじゃなっくて、イ◯アだよ。イ◯ア! イ◯ア! うおおおおお! 燃える! 燃える! 萌・え・る! すごい。ほしい。イ◯ア! イ◯ア! あるのね、あるのよ。イ◯ア! イ◯ア! イ◯ア! イ◯アぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!! イ◯アイ◯アイ◯アぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー! いい匂いだなぁ…くんくん……」
以後数分描写を省略。
喜多見美亜狂ったな。
お気に入りのアニメキャラのPCケースを見て、熱狂というよりは、阿鼻叫喚の地獄絵図と言った感じである。
狙い通り……というには少しやりすぎである。
割り箸割るのにまさかり持ってきたというか、立て篭もり犯人を制圧するために核弾頭を打ち込んでしまったような感じである。
今日の作戦の下見の時はまだ開いていなかったこの店であるので、喜多見美亜はこのサプライズがあることを知らない。
なので、これは、演技などではなく、まごうかたなきあいつの素であって、——その素がきっと妹をドン引きさせるような反応を引き起こすだろうと、あえて何も言わずにこの場に向かわせたのだが。
反応し過ぎである。
毎年ノーベル賞取れると言われて、取れないのが10月の風物詩になっている、日本の人気小説家風に言うとケミストリー——が起き過ぎである。
「……イ◯ア! イ◯ア! イ◯ア! イ◯アぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!」
とどまることを知らない感情の爆発である。
重要な作戦で緊張しているのと、一緒にいるのが(中の人は)実の妹というある意味の気楽さもあり、一気にタガが外れてしまった喜多見美亜のようなのであった。
少々、オーバーキルというか、さすがの俺もこんなやばい奴じゃないよ。本物は。というふうに言いたい気分で満杯である。
しかし、まあ……結果オーライとしよう。
きっと、これなら美唯ちゃんもドン引きして俺——向ヶ丘勇のことを大嫌いに鳴ってくれるに違いない。
と思いきや……。
「クスッ……向ヶ丘さん……じゃなくて勇くんって面白いですね」
ドン引きというよりも、なんか好意を感じられる笑顔を浮かべる美唯ちゃん。
「……あ……え?」
自分がしでかした醜態に今気づいてハッとなりながらも、妹の肯定的な反応に戸惑う喜多見美亜。
「……なんか思い出します」
何を?
「そっくりなんです……姉……じゃなくて知っている人が小さい時に、大好きなものに出会った時の、心から喜ぶ純真な反応と。私が大好きな……姉……じゃなくてその人をつい思い出してしまいました」
姉が素を出す。すると姉が大好きな美唯ちゃんは、その姉の素も大好き?
「作戦失敗じゃな。余計な策をろうするからじゃ」
そう、俺——向ヶ丘勇が嫌われるための作戦で、俺以外のものの力を借りようというのがそもそも、間違いであったことに、ローゼさんに言われるまでもなく、その時、俺は思い知らされていたのであった。




